ロープと漫画と素材屋と
胸の装甲を開けば喋れる事は分かった。しかし現在はその胸部装甲はしっかりと閉じられていた。
開ければ確かに喋れるのだが余りに音が大きすぎる。それに考えた事が全て音声として出力されるらしく、思考が駄々洩れになる事も問題だった。
健太郎自身、頭の中を全てさらけ出したい訳では無い、誰だって知られたくない事はあるだろう。
過去の事とか、ほら、その……エッチな事とかさ。
そういう訳で、現在は簡単に開かない様に、ミラルダが胸部装甲の上からロープを巻いて固定していた。
ついでにそのロープの余りを使い大剣も背中に背負う形にした。
それはいいのだが、縛り方が何だかカメの甲羅の模様の様になっていて、特殊な趣味の人みたくなっている事が健太郎としては気になっていた。
「コホーッ」
「何だい? 縛り方が気に入らないのかい? ……しょうがないじゃないか、あんたの体、ツルツル滑ってガチガチにしないとロープがずり落ちちまうんだから……それにさ……あっ、あんな恥ずかしい事、おっ、大声で喚かれたら、こっ、こっちとしても堪ったもんじゃないからねッ!」
そう言ってミラルダは顔を赤らめたが、変態チックなゴーレムを連れている事は恥ずかしくないのだろうか。
「そんな事より、素材を売って一度家に帰ろう」
「コホー」
ミラルダはそう言って露店が立ち並ぶ通りを歩いた。その間も町の住人達はミラルダを指差しひそひそと何やら囁き合っている。
どうせ悪口でも言っているのだろう。そう考え、苛立ちを募らせた健太郎に生意気そうな少年達が口の横を手で覆って叫ぶ。
「「「変態ゴーレム!!」」」
「コッ、コホーッ!!」
へッ、変態ちゃうわッ!!
「「「わーッ!! 変態が怒った!!」」」
そう言って走り去った少年達に健太郎はギリリッと奥歯を噛みしめながら憤る。
クソッ、悪ガキどもめ!! 全ては言う事を聞かないこの体の所為なのに……あっ!? もしかしてさっきの住民達もミラルダでは無く俺の姿を見て話しをしてたのでは!?
ううッ、ミラルダには早急に別のやり方に変えてもらわねば……。
そんな事を考えてミラルダの後を追い通りを歩いていると、健太郎の目に店先に本を並べた建物が飛び込んで来た。
へぇ、本屋なんてあるのか。という事は印刷技術とかも確立してるって事だな。
大学時代、漫画や小説で仕入れた知識を思い出しながら、チラリと並んだ本の表紙に目をやる。
そこに並んでいたのはミラルダも言っていたドラ○もんに間違い無かった。
表紙にはおなじみの青い猫型ロボットが描かれていたが、この夢を見せている無意識の仕業か若干アレンジされており、ポケットから取り出しているのはタケ○プターでは無く、何故か竹ぼうきだった。
タッチは作者のF先生そのままであり、表紙に書かれた名前も現地の文字と併記する形で日本語で藤○・F・不○雄と記されている。
なんだか凝ってるなぁ……。
思わず足を止めた健太郎にミラルダが気付き声を掛ける。
「何だい、ミシマ? ……ああ、ドラ○もんかぁ。あんたは知らないだろうけど、いい漫画だよ。未来から来た猫型ゴーレムが未来の魔道具を使って、優しいけど色々駄目な子供を助ける話さ」
歩み寄ったミラルダは店先に並べられた本を見て、微笑みながら健太郎に説明してくれた。
「コホー」
俺も知ってるよ。設定はちょっと違うけど、殆どの日本人が知ってる作品だからね。
「そういえばあんた、転生者の文字で名前を書いてたねぇ……確かこの漫画の作者も転生者の筈だよ。もし会えたら色々聞いてみてもいいかもね」
「コホーッ」
ふむ、転生したF先生ということか……いやいや、ミラルダよ、そこまでは多分、俺の無意識も作り込んでいないと思うぞ。
「読みたいなら家にも何冊かあるから、後で見せてあげるよ。それより今は素材屋に行こうじゃないか」
「コホー」
分かった。
本屋の前から離れミラルダに着いて行くと、やがて怪しげな雰囲気の漂う一軒の店に辿り着いた。
入り口の横には四本の腕を持つ白い熊のはく製が木の板、恐らく看板だろうを翳す形で立っていた。
その牙を剥いた熊の目が若干、狂気を感じさせて何か不気味だし、その横の入り口から見える店内も薄暗く奥を見通せない。
自分の目は真っ暗な洞窟も見通せた筈なのだが……明るい場所にいるからだろうか……。
「ここだよ。店主の親父は偏屈だけど物を見る目は確かだから、きっと高く買ってくれる筈さ」
「コホーッ?」
本当にここに入るのか? 入り口から中を覗き首を捻った健太郎に、ミラルダは意地悪な笑みを浮かべる。
「なんだいミシマ、もしかして怖いのかい?」
「コッ、コホーッ!」
こっ、怖くなんてないさッ! たっ、ただ、その看板持ってる熊が動きそうだなぁ……なんて……ハハハッ。
そう言ってチラリと看板を見た健太郎を熊の目がジロリと睨む。
「コッ、コホーッ!?」
ヒッ!? 目ッ、目が!? ミッ、ミラルダ!! 目が動いたんだよッ!!
「何、慌ててるんだい? さっ、行くよ」
「コッ、コッ、コホーッ!!」
まままッ、待って、お願いだから話を聞いて!! 目がね、熊の目が俺を見たんだ!! 信じてくれよぉ!!
健太郎も見通せない闇が広がる店内に、ミラルダは嫌がる彼の手を引きながら躊躇なく足を踏み入れた。
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