きっと幸せにしてやるぜッ!!
石の城壁で囲まれたその街の門の前、数人の男がミラルダと健太郎の前に立ちふさがっている。
えっと、ここはまさに世紀末じゃないよね? 街に着いた健太郎はミラルダが話している門衛を見てすぐにそう思った。
ニヤニヤと笑い、ミラルダに厭らしい視線を送っているモヒカンやスキンヘッドの門衛達を、健太郎は伝説の暗殺拳の使い手よろしく殴り倒したくなったが、事前に何を言われても手を出すなと釘を刺されていたので拳を握るだけにとどめた。
「よう、ミラルダ。暫く見なかったが生きてたのかぁ?」
「そう簡単にくたばりゃしないよ」
「へへっ、流石に獣人の血が半分流れているだけあってしぶとい奴だ。とっととくたばりゃ、この町も少しは綺麗になったのによぉ」
門衛の一人がヘラヘラ笑いながら言った言葉で健太郎の中に怒りがこみ上げる。
ミラルダは獣人とのハーフだから嫌われていると言っていた。
だが生まれは誰にも選べない筈だ。そんなミラルダに何の責任も無い事で……。
「ブシューッ!!」
健太郎の拳がブルブルと震えると同時に、背中の放熱板が展開し勢いよく蒸気を吐き出した。
「何だぁ!? やろうってのかッ!?」
「ミシマッ!! ……手ぇ出しちゃ駄目だよ」
「コホーッ!?」
クッ、何故だ!? 悪いのはミラルダを侮辱したこの門衛達だろ!?
「あんたの気持ちは嬉しいけど、ここで暴れちゃ街に入れなくなるからね」
「ケッ、んな心配しなくても、そんな怪しいゴーレム連れた女、誰が中に入れるかよッ!」
皮肉げな笑みを浮かべ顔でそう言った門衛にミラルダはニヤリと笑う。
「いいのかい? 山ほど竜の素材を持ち帰ったんだけど……街に入れて貰えないんじゃ、売りようが無いねぇ」
「竜素材だと!? ふかしてんじゃねぇぞ!! テメェに竜なんて狩れる訳ねぇだろッ!?」
「狩ったのは私じゃない、このゴーレム、ミシマだよ」
「そいつが……?」
「ああ、ミシマはゴーレムだけど、あたしを助けてくれたんだ。人に危害を加える事はしないよ。そうだろ?」
「コホーッ」
チラリと健太郎を振り返り言ったミラルダを見て、彼はギュッと親指を立てた左手を突き出した。
「チッ……素材を見せろ」
門衛は忌々し気にミラルダに顎をしゃくった。
それを見たミラルダは鞄から鱗を一枚取り出す。
その青い鱗は小ぶりの盾ぐらいの大きさで、陽光を反射しキラキラと車のパールペイントの様な光沢を見せた。
門衛は鱗に顔を近づけ、ミラルダが翳した鱗を丹念に確認している。
「……本物みてぇだな」
「当たり前さ、獲りたてホヤホヤだよ」
「……そのゴーレムが倒したんだよな?」
「ああ、そうさ。だからこれはミシマの物だよ」
そう言ってミラルダは右手の親指で健太郎を指し示した。
「……もしこいつが暴れたらテメェの責任だ。それでもいいなら通してやるよぉ」
「それでいい。もしミシマが暴れたら、あたしを煮るなり焼くなり好きにすりゃいいさ」
鱗を鞄に仕舞いながら言ったミラルダの言葉に、門衛はニタリとした笑みを浮かべた。
「確かに聞いたぜ。お前らも聞いたな!?」
「おう、聞いた聞いた。ミラルダ、せいぜいそのゴーレムが暴れない様に首に縄でも付けとくんだな!」
門の横の城壁にもたれていた門衛が皮肉げな笑みを見せる。
「縄なんか付けなくてもミシマは暴れないよ。それじゃあ通して貰うよ。行くよミシマ」
「コホーッ」
「せいぜい絡まれないように気をつけなッ!! ヒヒヒッ」
厭らしく笑った門衛達に見送られて、健太郎とミラルダは街の門をくぐった。
門をくぐり中に入っても、ミラルダを見る街の人々の視線は冷たかった。
その視線は一緒に歩いている健太郎にも向けられる。
「悪いねぇ、私の所為で……街には私の事、気にしない人もいるけど、ああいう兵士とかは実際に獣人とやり合ってるからね……」
「コホーッ?」
それってさっきも思ったけど、ミラルダ関係なくね?
ジャスチャーを使いなんとか思いを伝えると、ミラルダは肩を竦め答えを返す。
「しょうがないさ……戦えば犠牲者が出る。誰かを恨みたくもなるってもんだろ?」
「コホー」
じゃあ獣人の国に行けば?
獣人を表す為、頭の上で片手をピョコピョコさせながら、ジェスチャーを続ける。
「獣人の国かい? 獣人は獣人で似たような理由で人間を嫌ってるよ。……あたしは半分人間だから、あっちにも居場所は無いんだよ」
そう言ってアハハッと笑ったミラルダの右手を、健太郎は思わず握る。
「コホーッ!!」
ミラルダが何処に行こうとも、俺は必ず一緒にいる!! 俺が必ずあんたの居場所を作ってやるよッ!!
健太郎は脳裏にアパートを追い出され、行く場所の無かった自分を受け入れてくれたホームレス仲間の顔が浮かぶ。
社会から弾かれ何処にも居場所が無いような連中だったが、皆、働いている人々と変わらず普通の人間だった。
ただ、ほんの少し人生の歯車が狂っただけなのだ。
日本では一度沈めば浮き上がる事は難しかった。だがこの夢の世界であれば自分の力でどうにか出来る気がする。なんせ俺の見る夢だもん。
そんな事を思いつつ、健太郎はミラルダの居場所を作ろうと心に決めた。
「なっ、何だい急に!?」
いきなり手を握られ、ミラルダは驚き頬を染める。
そんなミラルダに健太郎は必死で思いを伝えた。
「何? 地面? 違うの? えっとじゃあ場所? うん、正解だね……次は無いだね……次は……大工? 違う? ああ、作るね……場所が無い作る……場所が無いなら作るかい?」
健太郎はミラルダに指で丸を作った。
「フフッ、そうだねぇ……そんな事が出来りゃ、楽しいだろうねぇ」
「コホーッ!」
任せろッ! 俺がきっと幸せにしてやるぜッ!! そう心の中で唱え、健太郎は拳でドンッと胸を叩いた。
その拍子にパカッと胸部装甲が開き、何やらスピーカーの様な物が顔を覗かせた。
『任せろッ!!! 俺がきっと幸せにしてやるぜぇッ!!!!』
ぜぇッ!!! ぜぇッ!! ぜぇッ! ぜぇッ……。
コンピューターで作った合成音声の様な声が、残響音を残しつつ大音量で街中に響き渡る。
「ミミミッ、ミシマ!? とととっ、突然喋ったと思ったら、なななッ、なんて事を言い出すんだいッ!? しっ、幸せにするって……そっ、それじゃあ、まるで……その……プッ、プロポーズじゃないかッ!?」
両手をワタワタと動かし顔を真っ赤にしているミラルダの説明で、健太郎もはたと気付く。
『えっ? ……あ……ああぁぁぁ!!!!』
その日、街では嫌われ者の半獣人に青いゴーレムが求婚したとにわかに話題となったと言う。
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