魔人族と少女と子竜
魔法使いレベッカの家、その書庫で魔人族の女グリゼルダは、レベッカが書き残した魔法についての記述を読み漁っていた。
英雄トラス……寅三郎と呼んで欲しいとか言っていた随分はた迷惑な人物だと判明したが……それはともかくとして、彼と共に世界を巡り戦ったレベッカは魔法の研究及び開発者としても知られていた。
知られてはいたが、レベッカは開発した魔法を特に公表してはいなかった。
例えばミラルダが使っていた血流魔法、あれも世間一般には知られていない。
その理由は何となくグリゼルダには予想出来た。
血流を操れるという事は、血を巡らせ生きている生物を簡単に死に至らしめる事も可能だろう。
そんな物騒な物が広く知れ渡れば、悪用する輩も絶対出て来る筈だ。レベッカはそれを危惧したのではないだろうか。
ただそんな危険な魔法であっても冒険者として組織に頼らず生きていくなら、選択肢は多い方がいい筈だ。
そんな訳でグリゼルダは世の中には知られていないレベッカが作り出した魔法を求め、彼女の書庫にその手掛かりを求めたのだ。
そのグリゼルダのズボンの裾をチョイチョイと何者かが引っ張る。
視線を巡らせると幼い少女と赤い子竜が彼女を見上げていた。
「なんだ?」
「あのね、もうお昼だよ」
「キュエー(お腹すいた)」
「むっ、もうそんな時間か……ミラルダは?」
「ミラ姉はまだ帰ってないよ」
現在、この家にはグリゼルダ、ミミ、そしてキューの二人と一匹しかいない。
健太郎達は鍛冶屋に出かけ、トーマス達は教会へ勉強に行っている。
集中が切れた事でグリゼルダ自身も空腹を覚えていた。
手にした手記を本棚に戻し、ミミに視線を向ける。
「そうだな、食事にするか」
「うんッ!」
「キュエーッ!!(ご飯ッ!!)」
ミミは嬉しそうに頷き、キューは両手を振り上げその場で跳ねた。
「キュー、お前、食いすぎるとギャガンにまたしごかれるぞ」
「キュエーッ(黒豹、嫌いッ)」
「フフッ、気が合うな」
「わぁ……本当にキューとお話が出来るんだね」
「まあな」
「ねぇねぇ、キューは何て言ってるの?」
ミミはグリゼルダの手を取って瞳をキラキラと輝かせた。
「無理矢理運動させるギャガンは嫌いだそうだ」
「キューは黒猫さん嫌いなんだ……ねぇねぇ、じゃあミミは?」
「キュエーッ!!(ミミはおやつをくれるから好きーッ!!)
「ミミの事は好きらしいぞ」
「本当ッ!? えへへ、ミミもキュー大好きだよッ!!」
ミミは目を真ん丸にした後、嬉しそうに笑ってキューの首に抱き着いた。
キューは抱きついたミミの顔を舌を伸ばしてペロリと舐める。
「キャッ、くすぐったいよ」
「キュエー(ミミ、ご飯)」
「ふむ、ミミ、キューは早く昼食を食べたいようだ」
「あっ、そうだった! こっちだよ!」
キューから離れたミミはグリゼルダとキューの手を引いて、書庫の出口へと向かう。
「あっ、そんなに引っ張るな」
「えへへ、ミミね、ミラ姉とトーマス兄達が出掛けている間、いつも一人でお留守番だったの。だからドラ○もんがキューやグリ姉を連れて来てくれて本当に嬉しいんだよッ!」
「グリ姉……」
「あっ、グリ姉って呼んじゃ駄目?」
立ち止まり上目遣いで見上げるミミを見て、グリゼルダはぎこちなく笑う。
「いや、かまわんさ」
「ホントッ!? やったーッ!!」
えへへッと嬉しそうに笑ったミミを見て、グリゼルダの笑みからもぎこちなさが消えた。
そんな笑い合う二人に抗議する様にキューが鳴く。
「キュエー!!(ご飯!!)」
「……お前は食い物の事ばかりだな」
「キューはホントに食べるのが好きだから」
ほぼ九割、食べ物ことしか言わないキューに苦笑を浮かべつつ、ミミに手を引かれグリゼルダは台所へと向かった。
■◇■◇■◇■
台所のテーブルの上には籠の中にパンとチーズ、ハム等が入れられていた。
それに加えミミが冷気魔法が掛けられた箱から取り出したミルクを人数分のコップに注いでいる。
「ミミ、昼はこれだけなのか?」
「えっとねぇ。あとは冷気箱の中にサラダと鍋の中にはスープがあるよ。冷えてるけど」
「……温かい物は無いのか?」
「火は危ないから、ミラ姉かトーマス兄がいないと使っちゃ駄目なの」
ミミはそう言うと竈を指差し、健太郎の様に両腕でバツ印を作った。
「なるほどな……しかし冷たい物ばかりでは少々味気ないな。よし、手を加えよう」
「グリ姉、お料理出来るのッ!?」
「島に送られてくる保存食は塩が利き過ぎていてな、手を加えないと食えたものじゃなかったんだ」
「そうなんだ……大変だったね」
「ああ、だが料理の腕は上がったぞ」
そう言って笑ったグリゼルダにそっかぁとミミも笑う。
そんな二人にキューが急かす様に鳴いた。
「キュエーッ(キューは冷たくていいからすぐ食べたいッ)」
ギュッと両手を握り鳴いたキューに、まぁ少し待てと言ってグリゼルダは竈に火を入れた。
耐火レンガで組まれた竈に薪を投げ入れ、火矢の魔法を放ち、威力を弱めた暴風で風を流し込む。
「わっ、凄いねッ!! あっという間だッ!!」
「フフッ、さぁスープを温めて、パンを焼こう。後はその上に焼いたハムと炙ったチーズを乗せれば……」
「うんッ、凄く美味しそうっ!!」
「ではミミ、お前はサラダをテーブルに並べてくれ」
「うん分かったッ!!」
ミミは冷気箱からサラダを取り出し、小ぶりの木皿を並べそれにトングでサラダをよそっていく。
「キュエー?(キューは?)」
「うん? お前は……この干し肉をやるから、テーブルに着いてしがんでろ」
グリゼルダはつまみ食いしそうなキューに、薄切りの干し肉を一枚与えると台所のテーブルを指差した。
「キュエーッ……(キューもお手伝いできるのに)」
口ではそう言っていたが、キューの視線は丸太のハムとチーズに注がれていた。
「いいから座っていろ。つまみ食いしたら、その分、量を減らすぞ」
「キュッ、キュエーッ(わッ、分かったのッ)」
そんなやり取りをしている間にも、グリゼルダは手際よくフライパンで切り分けたパンを焼き、それを木皿に乗せると、パンの上に厚切りにして焼いたハムと炙られ柔らかく艶の出たチーズを乗せた。
玉ねぎとジャガイモのスープを器によそい、それとパンを手際よくテーブルへと運ぶ。
「ふわぁ……美味しそうだねぇ」
「では頂こうか?」
「うん、いただきますッ!!」
「キュエーッ!!(美味しいッ!!)」
「ふむ、やはり街の食べ物は新鮮で旨いな」
ハムとチーズのトーストを頬張り、合間にサラダとスープを口に運びながらグリゼルダはボソリと呟く。
「えへへ、グリ姉とキューと一緒だから、余計に美味しいよ」
「そうか……そうかもな」
「キュエーッ!!(美味しかったから、もっと食べたいのッ!!)」
「ふぅ……砂竜はここまで食い意地は張っていなかったがなぁ……」
物欲しそうにグリゼルダの食べるパンを見つめるキューの姿に、彼女は妙な家に厄介になる事になったものだと苦笑を浮かべた。
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