新たな計画
健太郎達がロガエストの都、ペズンでブラドバーンの事で話をしてから二週間程過ぎた頃、エルダガンドの首都クーリエにある王国議員会館の一室で、褐色の肌で白髪の青年が眼鏡を掛けた同じく褐色の肌の男から報告を受けていた。
男が言うにはロガエストに派遣していた工作部隊が忽然と姿を消したという。
その青年、王国議員の一人、ブルームフェルト子爵はデスクに肘を突き両手を組むと、おもむろに眼鏡の男、秘書官のオズワルトに問い掛ける。
「消えたとはどういう事だ?」
「ハッ、補給の為、輸送隊が基地に向かったのですが、工作部隊の姿は無く、島の外縁部一部が消滅していたそうです」
「あの島は確かカルデラの様な形をしていたな、一部が消えたといったが規模は?」
「上空から確認した所では外縁部の二割程、半円形に抉られておりそこには川が流れていたという事です」
「川……地殻変動でも起きたか……」
「輸送隊は接近を試みるも、砂竜に襲われそうになった為、やむなく撤退を」
ブルームフェルトはフーとため息を吐くと、オズワルトに視線を移した。
「お前も知っているだろうが、これは公娼であるキュベル様の策だ。失敗したとなればご不興を買い私は……」
「分かっております。私もあの方には嫌われたくありません」
しばしの沈黙が部屋を支配した。
やがて口を開いたのは部屋の主であるブルームフェルトだった。
「気は進まんが、この事は遅かれ早かれあの方の耳にも入るだろう。それならば自身で報告した方が傷も浅かろう、オズワルト、詫びの品を用意してくれ」
「畏まりました。最近は東の国のお茶を好んでおられるとの事ですので、最高級品をご用意したします」
「頼んだ」
地方領主の娘だったキュベル・コーエン。
当初、クーリエに彼女がやって来た時、殆どの貴族は田舎者だとキュベルを相手にしなかった。
それがいつの間にか彼女の周りには有力貴族が集まり、現在は王までもが彼女の虜となっている。
ブルームフェルト自身、彼女に会うたび、まるで思春期に戻ったかの様に胸が熱く締め付けられる感覚を味わっていた。
■◇■◇■◇■
王宮の庭の東屋にピンクのドレスを着た金髪の少女が、向かいに座った白髪の青年に唇を尖らせている。
「えー、失敗したのぉ?」
「申し訳ございません。部下の報告では、工作隊が潜伏していた島の一部が崩れていたそうですので、地震等の災害が起きたのやもしれません」
手渡した高級茶葉で煎れたお茶のカップを口に運ぶキュベルに、ブルームフェルトは頭を下げ詫び、推測を語った。
「地震かぁ……じゃあしょうがないか……せっかくゴーレム軍団を作れるって思ったけど……」
「すみません。せっかくの策が」
「いいの、いいの。ちょっと面白いかなって思っただけだから……でもそうなると別の手を考えないといけないね」
ちょっと面白いかなで一国滅ぼそうとしたのだからキュベルの異常さも分かりそうなものだが、彼女の向かいに座ったブルームフェルトは顔色一つ変えなかった。
「別の手でございますか?」
「うん、私、魔人族ってこの世界で一番優秀な種族だと思うの。だってみんな強い弱いはあっても魔法が使えるんだよ。そんな優秀な種族が世界を導くべき、そう思わないルドラ君?」
そう言ってキュベルはスッとルビーの様な赤い目をブルームフェルトに向けた。
途端に彼の心臓はドクドクと早鐘の様に鼓動を打つ。
「キュ、キュベル様の仰る通りだと……」
「だよねー。次は、そうだなぁ……竜騎士団とかどうかな?」
「竜騎士団でございますか?」
「うん、本で読んだけどラーグ王国って一杯ダンジョンがあって、そのダンジョンにはドラゴンがいるんでしょ? そのダンジョンのドラゴンを使役して連れ帰って竜騎士を量産するの。素敵だと思わない?」
「キュベル様、竜は比較的高い知能を持つモンスターです。砂竜の使役が成功したのは互いの利害が一致したからと聞いています。利害関係無く使役するのは難しいと……」
無謀な計画にブルームフェルトが難色を示したのを見て取ったキュベルは、彼に向けてニッコリと微笑む。
「難しいのは分かってる。でもルドラ君ならきっと出来るって私、信じてる」
そう言って真っすぐにブルームフェルトを見る赤い瞳が怪しい光を帯びた。
「キュベル様…………お任せ下さい。このルドラ、キュベル様の為に必ずや竜を手に入れてご覧に入れます!」
「本当!? ルドラ君、だーい好き!!」
満面の笑みを浮かべたキュベルを見て、ブルームフェルトは無上の喜びに包まれた。
■◇■◇■◇■
ブルームフェルトの心臓がキュベルの笑みでバクバクしていた頃、獣人の国、ロガエストの草原を一台のトラックが走っていた。
その荷台にはラーグ王国の南部、レフト村から連れ去られた娘達とミラルダが座席に座りあれやこれやと故郷の事、ロガエストで起きた事について喋っていた。
健太郎はそんな娘達の声を聞きながら、ここ二週間にあった事を思い出していた。
ブラドバーンは工作部隊の隊員達にランザの提案を話し、自分は彼女の提案に乗りたい旨を隊員達に伝えた。
隊員達の意見は様々に割れたが、たった一つ、国に戻っても失敗した自分達は処分されるだろうという所では一致していた。
結果として殆どの者がブラドバーン同様、家族をロガエストに呼び寄せる事を望んだ。
ランザはそれを受けて、サツキの一族、猫人族をエルダガンドへ向かわせた。
そして、三日前、魔人達の家族を猫人族はロガエストに連れ帰った。
隊員達が連れて来て欲しい人々の容姿や住んでいる場所を伝えた事と、猫人族に隊員が状況を伝える手紙を持たせた事も大きいが、それにしても信じられない程手際が良かった。
ランザが獣人を舐めるなと言っていたのも理解出来るという物だ。
そうそう、家族に都のペズンで再会したブラドバーンは、泣きながら駆け寄り奥さんのターシャと息子のグラムを抱きしめた。
だが、グラムにこのおじさん誰と言われ、別の意味で泣き崩れていた。
そして現在、彼ら工作部隊とその家族は、水が溢れ始めたグリア砂漠で用水路と自分達の住む街の建設に携わっている。
土魔法を使い砂を押し固め、網の目の様に瞬く間に用水路を作る魔人達に、今度は一緒に作業している獣人達が目を丸くしていたそうだ。
やがて水路が整備されれば、砂漠にはかなり大規模な魔人族が主体となった街が出来るらしい。
そういえば、ステフ達、犬人族にも新たな役割が与えられた。
小柄で親しみやすい彼らには魔人族の街に住み、周囲に牧草地を作る様、ランザは指示を出した。
魔人達が獣人に慣れれば、やがて体格の大きな草食の獣人や威圧感のある猛獣系の獣人も街に住む予定だそうだ。
そんな話を聞いて健太郎はやはり人には得手不得手、適材適所があるなぁとしみじみと感じたのだった。
「ブルルルルッ……」
ただ、猫人族を撫でられなかったのが唯一心残りだなぁ。
一応、健太郎はサツキに撫でさせてもらえないかと、あの後、頼んではみた。
しかしサツキは健太郎を変質者を見る様に睨み、どこかへ姿を消してしまったのだ。
「ブルブルッ……」
まぁ、よくよく考えれば、年頃の女の子の体を触らせろって完全にアレだからなぁ……。
健太郎がそんな事を考えていると、トラックの助手席に座ったギャガンが口を開く。
「しかし、グリゼルダ。お前ぇ、あいつ等と一緒にいなくていいのか?」
「勢いに押されたとはいえ、お前達に協力してしまった私は裏切り者だ……気まずくて一緒にはいられんさ……それよりお前はどうなんだ? 今回の功績で更に罪を減ぜられたのだろう? ロガエストを出なくてもいいんじゃないのか?」
「この国の景色を見飽きたって言ったろう。それに俺はミシマを斬るって目標があるしな」
「ブルルンッ!!」
持たなくていいよ、そんな目標ッ!!
「おっ、今のは何となく分かったぞ」
「フフッ、私もだ」
「ブルルンッ!!」
人を斬る話で盛り上がってんじゃ無いよッ!!
視線を交わし笑みを浮かべ合ったギャガンとグリゼルダを乗せ、トラックモードの健太郎はラーグ王国レフト村を目指しエンジン音を響かせた。
お読み頂きありがとうございます。
面白かったらでいいので、ブクマ、評価等いただけると嬉しいです。




