スラスターは急に止まれない
水面から顔をもたげたのは、青い鱗の竜だった。恐らく水竜、ブルードラゴンという奴だろう。
てか、あいつ凄い怒ってるなぁ……もしかして水を汚したからだろうか……。
まぁ玄関先に汚物を置かれたら誰だってキレるよな……。
そんな事を考えていた健太郎の横で、ミラルダが酷く沈んだ声で言う。
「ブルードラゴン……もう駄目だ……せっかく助かる望みが出て来たと思ったのに……本で読んだんだけど、竜は凄い貪欲で獲物は絶対に逃がさないらしいよ…………ミシマ……短い付き合いだったねぇ……」
そう言うと健太郎の肩にポンッと手を置き、ミラルダは何か吹っ切れた様な乾いた微笑みを浮かべた。
「コホーッ!?」
なに諦めてんだよ!! あいつを倒せばいいだけの話だろうが!?
健太郎は早々に諦めを口にしたミラルダに憤ると、湖畔に置いていた大剣を手に取った。
「ミシマ……あんた、まさかアレと戦う気かい?」
「コホー」
頷いた健太郎にミラルダはフルフルと首を振る。
「無理だよ!! 確かにあんたは強いけど、相手はドラゴンだよ!?」
任せろ! ドラゴンはもう既に一体倒した事がある!! 大体、この夢の主人公である俺が負ける筈無いだろう?
「コホーッ!」
大剣を担ぎギュッと左手の親指を立てた健太郎を見て、ミラルダは少しの間呆然としていたが、やがて表情を引き締めた。
「そうだね……諦めたらそこで終わりだもんね……よしっ!! 多分、あいつに私の魔法は通じないだろうけど、あんたをサポートするぐらいは出来る!! 足掻いて藻掻いて生き残ろうじゃないか!!」
服と一緒に散らかっていた杖を握り、立ち上がり竜を睨んだミラルダに健太郎は頷きを返した。
「じゃあ、まずは水上歩行の魔法をあんたに掛けるよ!」
「コホーッ」
水上歩行か……文字通り水の上を歩ける魔法だな……浮かないし水の中じゃこの体、極端に動きが鈍くなるからな……まぁ人間も動きが鈍るのは変わらないけど……。
健太郎がそんな事を考えている間にミラルダは呪文を詠唱し、杖から淡い光を放った。
光は健太郎の体を包み込み、彼の体を淡く発光させる。その後もミラルダは次々と呪文を唱え健太郎に様々な光を浴びせた。
「はぁ、はぁ……取り敢えず私が持ってる強化魔法を全部掛けた……持続時間は十分ぐらいだから、何とかその間にあいつを……」
そう言ってミラルダが指差した先では、先ほどの竜がゆっくりとこちらに向かって来ていた。
鈍いな……そうか、あいつカバと同じで湖底を歩いて進んでいるのか……なら、先手必勝、こちらから攻めるまでだ。
健太郎は水面をチョンチョンとつま先で突き足場になる事を確認すると、竜に向かって勢いよく駆け出した。
ミラルダの強化魔法のおかげか、走る速さも倍近くになっている。
猛烈な速度で迫る健太郎に、水面から伸びた竜の首が氷のブレスを吐きかける。
だが、薙ぐ様に吐かれたそのブレスをミラルダの防御魔法が弾き、魔法を超えて届いたモノも健太郎の体を凍り付かせる事は出来なかった。
そもそもレッドドラゴンの高熱のブレスでも溶ける事の無かった体だ。他の竜のブレスも恐らく効かないだろう。
そう考えた健太郎だったが確かにブレスは彼に効果は無かったが、湖面はそうはいかなかった。
極低温のブレスはビキビキと音を立て湖面を凍り付かせ、一瞬で岸まで白く分厚い氷が覆う。
その自ら作り出した氷の大地に竜はその巨体を持ち上げた。
『クルルルル……』
低く響く唸り声が地底湖に響き渡る。
竜はブレスの効かないこの小さな青い生き物を、どう料理するか思案している様だった。
その巨体を見上げながら健太郎は、どうせこいつも動く物なら何でも口に入れるんだろうと、レッドドラゴンの事を思い出しながら苛立ちを募らせる。
都合、二度、奴には食われた。食われ排泄される経験は不快以外の何物でも無かったが、死ぬ事は無いだろうと推測は出来る。
だが、自分が食われれば次はミラルダが狙われる、それは妙にリアリティのあるこの夢では彼女の終わりを意味する筈だ。
んな事させて堪るかよッ!!
「コホーッ!!」
かかって来いよ、この低能トカゲがッ!!
「ブシュー!!」
彼女を守りたい気持ちと、竜族に対する怒りで呼吸音と蒸気が無意識に発生する。
そんな健太郎の挑発にも似た行為に反応したのか、青い竜はもたげた首を叩きつける様に彼に向けて振り下ろした。
『キシャアアア!!!』
威嚇の声を放つ、自分の身長を超える長さの牙が並んだ口を見上げながら、健太郎は大剣を構え両足で氷の大地を踏みしめ腰を落とす。
疾風……一閃ッ!!!
「コホーーーッ!!!」
自分で考えた技の名前を叫びながら健太郎はジャンプし、迫りくる竜の顎の中へ自ら勢いよく飛び込んだ。
「ミシマッ!?」
遠くミラルダの叫びを聞きながら、健太郎は大剣を突き出す。
それと同時に背部から駆動音が聞こえ、彼は再び大ムカデを倒した時と同じ加速感を感じた。
へへッ、今回はタイミング、バッチリじゃないか!! 行けぇえええ!!!
空気を読んだ背部スラスターにそんな言葉を掛けつつ、健太郎は竜の口に飛び込み、勢いのまま竜の頭を爆散させ通り抜け…………地底湖の天井に激突した。
「ミッ、ミシマァ!!」
頭が弾けズズンンンッと音を響かせ倒れたブルードラゴンの上、天井に上半身をめり込ませた健太郎の下にミラルダが駆け寄る。
「くっ、食い込んでる!? ……いっ、今出してあげるよ!!」
健太郎の体の胸部装甲の下のスリットがフィーンと音を立て竜から立ち昇った光の粒子を吸う。
それによって視界の左上にあるローディングバーが激しく動き、天井に突き立った健太郎の体はまるでミラーボールの様に輝いた。
「グワッ!? まっ、眩しいッ!!」
クッ、すまんミラルダ。はぁ……岩にめり込んでるから光はそうでも無いけど……いちいち光らなくてもいいのに……。
バーの動きも止まり、そんな事を考えていた健太郎の耳に、ミラルダが詠唱を唱える声が聞こえてきた。その数瞬後、体に衝撃が走る。
どうやら攻撃魔法で出そうとしてくれているみたいだ。
そりゃ、魔法も打撃も効かないみたいだけど……少しぐらい躊躇してくれても…………なんだか複雑な気分になるなぁ……。
やがて周囲の岩に亀裂が走り、青黒いゴーレムは重力に引かれ落下、今度は凍り付いた湖面に頭から突き刺さった。
どうもこの体は上半身の方が重いようだ……スラスターとか放熱板とか色々付いてるしね。
全く痛み等は感じないので健太郎が暢気に自身の体について考察していると、今度は爆炎が彼を包み込んだ。炎が氷を溶かし体がお湯に包まれる。
「ミシマ!! 大丈夫かい!?」
「コホー」
お湯の中から身を起こし、健太郎はミラルダに親指を立てた左手を突き出した。
「良かったよぉ!!」
お湯の中にいる健太郎に駆け寄ったミラルダは、彼の首に抱き着くと良かった、良かったと何度も呟いた。
やり方は乱暴だが助けてくれた彼女の頭を優しく撫で、健太郎は心の中で微笑みを浮かべた。
それと同時に口元がカシャンと音を立て、再び牙の生えた面頬が現れたが今度はミラルダは離れる事は無かった。
「もしかして、それ、笑ってるのかい?」
「コホー」
頷きを返した健太郎に、ミラルダは怖すぎだろとアハハッと声を上げ笑った。
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