もう臭いとは言わせない
「ここはさ、あたしらみたいな冒険者が潜るダンジョンの一つなんだ。最深部にはレッドドラゴンがいてお宝貯め込んでるって噂だけど、浅い階層はあたし一人でも倒せる雑魚しか湧かないから、小遣い稼ぎには丁度いいのさ」
ふむ、ミラルダはその小遣い稼ぎの途中で転移罠を踏んで、下層階まで飛ばされたようだ。
しかし、お宝貯め込んでるレッドドラゴンって、もしかしてあいつじゃ無いだろうな……。
あいつ、食う事しか興味無いみたいだったぞ……。
健太郎はミラルダにこの巨大な洞窟、ダンジョンの説明を受けながら水場があるだろう場所へ向かっていた。
彼女に会うまで、敵に襲われながら探索を進めていたので、まだ行っていない場所に水場はある筈だ……多分…………きっ、きっとあるさ!! おっ、襲って来た敵も水は必要だろうしねッ!!
そう考え向かった先には、有難い事に地底湖が広がっていた。
湿気の所為か天井にはびっしりと苔が生え、その苔が発光する事で幻想的な雰囲気を醸し出している。
「わぁ……綺麗……綺麗だねぇ、ミシマ!」
「コホー……」
確かに綺麗だ。まさか自分の無意識がここまで美しい物を描き出せるとは……画力があれば、この景色を描く事でホームレスから抜け出せるかもしれないのに……。
そんな事を考え少し沈んだ様子の健太郎の手をミラルダが引っ張る。
「何しょんぼりしてんのさ?」
「コホー」
「何悩んでんのか知らないけど、終わった事は終わった事、先を考えた方がいいよ」
そう言ったミラルダを健太郎は思わず見返した。
確かに俺はずっと過去を悔やみ、俺をあんな境遇に導いた上司や病気を憎んでいた。
だがいくら憎んでも過ぎ去った時間は戻らない……意外といい事言うなッ! ミラルダ!!
「コホーッ!!」
健太郎が瞳を輝かせ左手の親指を立てグッと突き出すと、ミラルダはジトッとした目を彼に向けた。
「……あんた、今、なんか失礼な事考えただろ? 女にはねぇ、そういうの全部分かるんだから……」
うっ、女の勘って奴か……呼吸音しか出してないのに気付くとは……だったら今考えてる事とか、全部読み取ってほしい……いや、それはそれで筒抜けな感じでなんか恥ずかしいか……。
「まずは飲み水を汲んでと……よし、ほら、ミシマ、こっちおいで、体を洗ってやるからさ」
ミラルダは肩から下げていた鞄から水筒を出して水を補給すると、水筒と入れ替えでタオルを取り出し、健太郎を手招きした。
……女の人に体を洗ってもらうなんて初めてだ……これが夢であるのがつくづく悔やまれる。
そんな事を思いつつ健太郎はミラルダに歩み寄る。
彼女はタオルを湖に浸すと軽く絞って健太郎の体をゴシゴシと洗い始めた。
「ふぅ……随分汚れてるねぇ……ミシマ、取り敢えず一回湖に入っちゃどうだい?」
健太郎は自分の体を見下ろし、関節の継ぎ目に目をやった。そこには黒く焦げた竜の排泄物が付着している。
確かに一回、水に浸した方が汚れも取れるかもしれない。
そう考えた健太郎はミラルダの提案を受け入れ、ザブザブと湖に足を踏み入れた。
どうせ窒息する事は無いのだ、なら全部頭まで浸かってしまった方がいい。
「あっ!? あんまり奥に行くと」
ミラルダが何か言っていたが健太郎は気にせず地底湖を進み、全身が水に浸かる所まで歩くと勢い良く体を動かした。
すると関節部分やスリットにこびり付いていた竜のフンが溶けだし、水を濃い茶色に染めていく。
……俺の体はこんなに汚れていたのか…………あいつ、やっぱ最悪だな。
赤い鱗の竜を思い浮かべながら、健太郎は体を動かし汚れを洗い流した。
暫くそれを続け、一通り目立った汚れを落すと、湖を引き返しミラルダの元へと向かう。
健太郎の頭が水面から出てミラルダを探すと、何故か服を脱ぎ下着姿になっている彼女と目が合った。
その健太郎の視線は下着姿のミラルダでは無く、帽子を取りむき出しになった頭部に釘付けとなった。
ケモ耳……だと!?
そう心の中で驚愕の声を上げた健太郎の言葉通り、ミラルダの頭部には柔らかそうな赤く短い毛に覆われた三角の耳がピョコピョコと動いていた。
……確かに大好物だが、まさかミラルダが獣人だったとは……やるなッ、さすが俺の無意識ッ!!
健太郎が心の中で自分の無意識に賞賛の声を送っていると、そのケモ耳ミラルダが震える声で話しかける。
「ミッ、ミシマ!? 無事だったのかい!? 中々上がって来ないから、あたしゃてっきり……」
そう言うとミラルダは脱いだ服を手にしたまま、へなへなと地面にへたりこんだ。
それを見た健太郎は慌てて水から上がるとミラルダの下へ駆け付けた。
……ごめん、ミラルダ。そう心の中で詫びながら健太郎は頭を掻きつつ深く下げた。
「コホー」
「もう!! 心配するじゃないかッ!! 溺れ死んだんじゃないかって!!」
ふむ、どうやら健太郎を助けてくれようとしていたみたいだ。……よくよく見れば、瞳に涙を溜めているし、慌てたのか脱いだ服が色んな所に散らばっている。
どうも彼女は自分がいなくなり独りぼっちになるのが相当、不安だったらしい。
健太郎は唐突に強い庇護欲を彼女に感じた。その感情のままにミラルダの隣で片膝を突き、頭を優しく撫でてやる。
「なっ、なんだいッ!? 子供扱いは止めとくれッ!!」
ミラルダはそう声を荒げたが、健太郎の手を振り払おうとはしなかった。
「……なんだい……なんなんだい…………」
不安だったんだな? 大丈夫だ。俺が必ず地上まで送り届けてやる。
「コホー」
「……もういなくならないでおくれ……約束だよ……」
そう言うとミラルダは健太郎の首に抱き着いた。それからスンスンと鼻を鳴らして体を離すと、もう臭くないと呟いてニコッと涙を一つこぼして笑った。
泣き笑いのミラルダの顔を見て、健太郎も思わず笑みを返す。
次の瞬間、彼の頭部の口元がカシャンと音を立てて中央から左右に分かれスライドし、戦国武将が付けていた様な面頬に似た牙を剥いて笑う口が現れる。
「ひぃ!?」
その顔に怯え、ミラルダは勢いよく身を引いた。彼女が身を引いたのに合わせて、口元は再びカシャンと音を立て笑う口を収納する。
あっ!? ちょっ、いい雰囲気だったのに何でこの体はいつも勝手に動くんだよッ!?
「コホーーーーッ!?」
憤った健太郎の心に反応し、体が発した呼吸音が地底湖に響き渡った。
その直後、湖面が波立ち、水しぶきを上げて何か巨大な影が水面から顔を覗かせた。
その巨大な影は健太郎達を見つけると、キシャアアア!! と明らかに敵意の籠った鋭い叫びを上げた。
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