魔人族の女
「魔力よ、我が敵に見えざる一撃を、衝撃ッ!!」
健太郎に群がる十数匹の砂竜に向かいミラルダは衝撃の魔法を放つ。
周囲は草むらだ。火球や雷撃は延焼の可能性を考えれば使えない。
しかし、如何に小さいとはいえ砂竜は紛れもなく竜だ。衝撃程度では追い払う事は出来なかった。
「コッ、コホーッ!!」
こっ、こら!! 股間を齧るんじゃないよッ!!
「クッ、何か他に……」
慌てた様子の健太郎の声を聞いて周囲を見回したミラルダの目に、茫然と砂竜に襲われる健太郎を見つめるケビンの姿が映る。
「そうだッ!! ケビン、昨日話していた鹿の香料を貸しておくれッ!?」
「香料を? どうする気だ?」
「いいから早くッ!!」
ミラルダはケビンが鞄から取り出した香料の小瓶をひたっくる様にして受け取ると、そのまま健太郎目掛け投げつけた。
瓶が健太郎の頭に当たり割れ、周囲に何とも言えない臭気が広がる。
「グッ……竜の糞も臭かったけど、こいつも強烈だね……」
「当たり前だ。あれは濃縮された原液だぜ、使う時は水で薄めて普通使うもんだ」
ミラルダとケビンは鼻をつまんで鼻声になりながら言葉を交わす。
その間にも思い切り原液を被った健太郎に、砂竜達は「キシャーッ!! (臭い!!)」と鳴き声を上げ、彼に名残惜しそうな視線を送りながら南へと飛び去った。
「やったッ!! ミシマが竜は匂いに魅かれてるのかもって言ってたから試してみたけど、大当たりだったみたいだねッ!」
「コホー……」
ふぅ……ひどい目に遭った……ミラルダ、サンキューッ!!
健太郎が立ち上がりミラルダに親指を立てた右手を突き出すと、彼女は水中呼吸の詠唱を唱えながら草原の先を指差した。
その指先に視線を向けるとステフ達、犬人族の村から無数の獣人が落下した砂竜に向かって駆け出していた。
「ありゃ完全に殺す気だよ!! ミシマ、止めないと情報が聞き出せない!!」
詠唱を終えたミラルダが健太郎に駆け寄りながら声を張り上げる。
「コホーッ!!」
了解だ!! 乗れミラルダッ!!
「ケビン、あんたは村へ!!」
「わっ、分かった!!」
再びバイクとなった健太郎は、ケビンに指示を出し飛び乗ったミラルダを乗せ、大地に落ちた何者かに向けて草の大地を爆走した。
■◇■◇■◇■
「ググッ……何ださっきの閃光は……」
褐色の肌に紫の髪、額から一本の角を伸ばした女は脇腹を押さえ左足を引きずりながら墜落した砂竜に歩み寄った。
砂竜は落下の衝撃で首をあらぬ方向に曲げ、一目で絶命している事が窺えた。
「獣人の中に……あんな……魔法が使える……クッ……種族はいない……筈……クッ、はぁ……」
苦しそうに歪めた顔は額から流れた血で汚れ、押さえた脇腹には血が滲み、左足も骨が折れているのかつま先が妙な方向を向いている。
「クッ……ともかく治癒を……」
女が自らに治癒魔法を使おうとした時、その足元に投げ槍が突き刺さった。
視線を上げれば犬の顔をした獣人達がこちらに向けて駆け寄って来る。
「チッ、魔法も使えない下等な民が……万能なる魔の力よ、雷の刃を以って我が前に立ちふさがる者を、グッ!?」
唐突に体が重くなり女はその身を支える事が出来ず草原に崩れ落ちた。
「おのれぇ……」
重い頭を持ち上げた視線の先、青黒い奇妙な乗り物に乗った赤い髪の女を見た瞬間、頭に衝撃を受けて彼女の意識は闇に落ちた。
■◇■◇■◇■
「……してだッ!? こいつが竜を操って俺達の家族をッ!?」
「その通りだけどね、殺しちまったら目的も何も分からなくなっちまう。違うかい?」
「ステフ、お客人の言う通りじゃ」
「クッ…………みんなを手伝ってきます」
「……すまんのお客人、ステフも以前の襲撃で家族を失っておってな」
「そうかい……そりゃ、お気の毒に……」
そんな声が朦朧とした意識に流れ込んで来た。
一体何が起きたのか、自分の任務は獣人の集落を潰し砂漠化を進める事だった……楽な仕事の筈だったのに妙な閃光が……。
痛む頭に顔を顰めつつゆっくりと目を開く、最初に見えたのは緑色に輝く二つの光だった。
「コホーッ?」
「!?」
何だコレは? 女は目の前にしゃがみ込み首をかしげている物が理解出来なかった。
人型のゴーレムの様だが、ゴーレムにしては全く魔力の動きを感じない。
ゴーレムとは似て非なる全く異質の存在だ。
彼女は額から伸びた角状の器官からその事を鋭敏に感じ取った。
そんな不気味な存在から少しでも離れようと身を捩るが、胴には腕ごとロープが巻かれ、手首は後ろ手に、足首も固く結ばれており動く事も満足に出来ない。
更には身を捩った拍子に折れた足と脇腹に激痛が走った。
「クッ……」
見れば足には布が巻かれ添木がされているが、治癒魔法等は使われていないようだ。
素早く周囲に視線を走らせると、どうやらここは自分が襲っていた犬人族の天幕の一つらしい。
自分は捕虜にされたのだ、その事を女が改めて認識していると女性の声が天幕に響いた。
「何だいミシマ? …………やぁ、目を覚ましたんだね?」
そう言って歩み寄って来た女の頭には三角の尖った耳がピョコピョコと揺れていた。
「半獣人……その赤い髪!? あの光は貴様がッ!?」
顔を歪め怒りをあらわにした女に赤毛の半獣人は眉を寄せる。
「ふぅ……赤い光の事ならやったのはミシマだよ。あたしは犬人族に魔法を使おうとしてたあんたを止めただけさ」
「私を止めた……そうか、あの時、急に体が重く感じたのは……」
「そう、あたしの仕業さ」
「……貴様、何者だ? この国の半獣人に満足に魔法を使える者はいない筈だ」
「あたしゃ、北のラーグ王国の冒険者さ。あんたに犬人族を殺されちゃ仕事に支障が出るんでね」
「ラーグだと……クソッ、ラーグはロガエストに興味は無かった筈なのに……」
そう言って唇を噛みしめた褐色の肌の女に、大柄な毛足の長い犬人族の老人が歩み寄った。
「お客人、よろしいかな?」
「ああ……あたしらも聞かせてもらっていいかい?」
「勿論じゃ。こやつを捕らえる事が出来たのはお客人達のおかげじゃからの……さて、見た所、お主は魔人族の様じゃが、砂竜を操り民を襲って一体何が目的じゃ?」
「……」
「だんまりか……言わぬのなら致し方ない。やはり王に差し出す他、無いじゃろう」
「クッ……」
老人が王に差し出すと呟くと、女は憎々し気に彼を睨んだ。
「……儂が憎いか……じゃがな、儂がお主を噛み殺さぬのはこの国を救いたいからだという事を忘れるな……それが無ければ今、この場で……」
老人は低く静かに言葉を紡ぐと、鼻に皺を寄せ牙を剥きグルルッと唸った。
「コホーッ」
まぁまぁ、お爺ちゃん、押さえて押さえて。この人は多分、下っ端だし文句言ってもしょうがないよ。
両手を振り振り、そんなジェスチャーをした健太郎を見て凄んでいた老人はフッと表情を緩める。
「ふぅ……ミシマ殿、あんたのそれは儂にはさっぱりなんじゃが?」
「下っ端だから、文句言っても仕方無いってさ」
「だっ、誰が下っ端だッ!? それにさっきから気になっていたが何なのだ、そいつはッ!?」
「ん? 何ッて、ゴーレムだよ。見りゃ分かんだろ?」
そう言って健太郎の肩に手を置いたミラルダを見て、魔人族の女は鼻を鳴らした。
「ハンッ、やはり魔力の少ない半獣人では感じる取る事は出来んようだな。その青黒い人型はゴーレムでは無い」
「ゴーレムじゃない? じゃあ何なのさ?」
「それは……」
「コホーッ!!」
そう、俺はゴーレムじゃなくて、可変型ロボット、三嶋健太郎(24)だよッ!!
ビッと親指を立てた右手を突き出した健太郎を見て、ミラルダは眉根を寄せ首を傾げ、犬人族の老人はペロリと鼻を舐めた。
微妙な空気が流れる中、魔人族の女がジト目で口を開く。
「とにかく、そいつは一般的にゴーレムと呼ばれる魔力人形じゃない……全く別の得体のしれない物だ」
「……得体の知れないねぇ……そいつは今に始まった事じゃないしねぇ」
「コホー」
申し訳ない。俺の無意識が勝手にやってる事だから、俺にも説明出来ないんだよね。
そんな事を思いつつポリポリと頭を掻いた健太郎にミラルダは苦笑を浮かべると、女に向き直った。
「さて、あんたは素直に話すつもりは無さそうだし、あたしらと一緒に王様の所まで行ってもらおうか?」
「何故ラーグの冒険者がロガエストに協力するッ!?」
「何故って、そうしないとあたしらが探してる人達を返して貰えないからねぇ」
「おのれぇ、人と獣人の混血風情がぁ……」
「コホーッ!!」
人を出自で差別しちゃいけませんッ!!
健太郎がズイッと顔を寄せると、魔人族の女はググッと呻きながら怯えた様に身を竦めた。
「ミシマ、威嚇しちゃ駄目だよ」
「コッ、コホーッ」
ごっ、ごめん、つい……。頭を掻きミラルダにペコペコと健太郎が謝っていると入り口だろう布が捲られ、陽光が女の目を射した。
「ミラルダ、ミシマ、馬車の準備が出来たぜ」
「ケビン、ご苦労様。じゃあ……えっと、あんた名前は?」
「貴様らに名乗る名前は無い!」
「ふぅ……しょうがないねぇ……じゃあ、あんたは今日から怪○くんだよ。魔人族だし、丁度いいだろ?」
「コホー」
今度はA先生か……ミラルダ、藤○不○雄、大好きだな……。
「ふっ、ふざけるなッ!! そんな名前で呼ばれてたまるかッ!!」
「じゃあ、名前を教えておくれよ」
「…………グリゼルダだ」
「グリゼルダだね。じゃあグリゼルダ、王様のいるっていうペズンまでよろしく頼むよ」
ミラルダはそう言うと、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべたグリゼルダにニッコリと微笑んだ。
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