見つめ合う二人
リシュナの手引きで屋敷を抜けだした真田は、健太郎に教えられたミラルダ達が逗留している宿へと向かった。
真田の服を着て牢に蹲る健太郎は自分と見分けが付かず、喋ったり触ったりしなければ屋敷を抜けだした事は気付かれ無いだろう。
ミシマはん、恩に着るで。
そんな事を思いつつ真田は宿への道をひた走る。
彼は幼い頃から武術に傾倒し精霊魔法については真面目に学んで来なかった。
なので風霊の力を借り空を舞う事は出来ず、カラミリの街へと帰ったのも迎えに来た召使いの魔法によってだった。
こないな事なら子供頃、真面目にやっとくんやったなぁ。
そんな後悔を胸に足場を繋ぐ吊り橋を渡り、真田は宿へと辿り着く。
「ニーナはんッ!!」
宿の前、買い出しに出かけていたらしい紙袋を持ったニーナの後ろ姿を見た真田は、思わず声を張り上げた。
「店長……?」
振り返ったニーナに駆け寄り、真田はその勢いのまま彼女を抱きしめる。
紙袋が足場に落ちて、市場で買ったと思われるリンゴが分厚い木の足場の上を転がった。
「メッセージ、確かに受け取ったで……ほんま困るわ、わいは鈍感やさかい、ああいうのはちゃんと言葉にしてもらわんと……」
「店長……じゃあ……」
「ニーナはんがおらんと、わいはもうやって行けへん。ずっと一緒にいて欲しい」
「……はい……はいッ!!」
真田の言葉を聞いたニーナは彼の胸に顔を埋め、背中に回した腕に力を込めギュッと抱きしめ返した。
往来での抱擁は周囲を歩いていた住民達の注目を集め始める。
「見てて微笑ましいんだけど、取り敢えず宿に入ろうか?」
ニーナと共に買い出しに出かけていたミラルダが苦笑を浮かべ二人に声を掛ける。
「あっ、そっ、そうですねッ!! 店長、こっちですッ!!」
落ちた紙袋にリンゴを詰め、ニーナは空いた左手で真田を引っ張り宿へと向かった。
「ニッ、ニーナはん、そない引っ張らんでも……」
真田を引っ張り宿に入るニーナを見て苦笑を浮かべながら、ミラルダはその後を追って宿へと戻った。
■◇■◇■◇■
「それじゃあミシマを替え玉にして屋敷を抜けだして来たと?」
宿の部屋に移動し、現在の状況を説明した真田にミラルダは困り顔で問いかける。
「せや。ニーナはんに会いとうて抜け出しては来たけど、オトンを説得出来なラーグに戻っても問題は解決せぇへん」
「説得か……お前を牢に入れるぐらいだ。生半に説得は出来そうにないな」
「うーん……跡継ぎ問題に他種族婚の問題。困ったねぇ……」
グリゼルダに続きミラルダも眉根を寄せて唸り声を上げる。
「ここは他種族との婚姻を認めないと言い出した大家長の息子に直談判してみるか?」
「大家長の息子? それって王様の息子、つまり王子って事だろ? そんな簡単に会えるのかい?」
「ああ、会えるぞ。何せそいつは私の婚約者だからな」
「……あんた、未来のお后様だったのかい」
呆れた様子のミラルダにロミナは渋面を浮かべる。
「……このまま行けばそうなるだろうな……」
「随分嫌そうじゃねぇか?」
「私は憧れた人の様に世界を巡りたいのだ。それにあいつとは反りが合わん」
「憧れたって、英雄トラスにか?」
ギャガンがそう尋ねるとロミナは力強く頷いた。
「うむッ!! 私は当時、中央にいて会う事は出来なかったが、伝え聞く英雄トラスの物語に心躍らせたものだ」
「まさかそれを王子に伝えたんでっか?」
「当然伝えた。彼がいかに勇敢に戦ったか、見てはいないが吟遊詩人が歌う彼の英雄譚は完璧に暗記していたからなッ!」
「お前がこの国を出たいのも、その王子との結婚が嫌だからか?」
「その通りだッ! あいつは事あるごとにエルフは高貴な種族で、他種族と交わるべきでは無いと声高に主張していたッ! だが五十年前、この国を救ったのはその他種族で構成されたトラスのパーティだッ! 彼のパーティは人族、獣人族、魔人族で構成されていた。多様な種族が手を取り合い助け合う、それこそが世界の本来の姿だと私には思えたのだッ!!」
グッと左手を握り締めたロミナにギャガンはジトッとした視線を向ける。
「なんだその目はッ!?」
「ニーナが真田と一緒になれねぇのはお前ぇが元凶なんじゃねぇか?」
「あのギャガンさん、ロミナさんが全ての原因という訳では……」
「しかし、ロミナがエルフである事に誇りを持っている王子に、人族のトラスを持ち上げて話した事は彼のプライドを刺激した筈だ」
「せやなぁ。わいもニーナはんが別の男の事褒めてたらええ気分や無いやろしなぁ」
「店長……」
ピンク色の空気を醸し出した真田とニーナを横目に、苦笑を浮かべつつミラルダはロミナに視線を向けた。
「王子様に直談判って言ったけど、それって先生の親父さんを説得するより難しいんじゃないかい?」
「…………言われてみれば確かにそうだな」
「はぁ……ちゃんと考えておくれよぉ……」
「クッ……ではこれはどうだ? 年に一回、大家長の前で戦う武闘大会がもうすぐ開かれる。それに優勝すれば賞金の他に、どんな願いも聞き入れてもらえるぞ」
「あったなぁ、そんなんも」
「なんだよ。そんな面白そうなイベントがあるなら、最初から言えよ」
ロミナの言葉を聞いたギャガンは牙を剥き笑みを浮かべた。
そんなギャガンにロミナは静かに首を振る。
「出場出来るのはエルフだけだ。それに出場者は殆どが騎士であり上位の精霊魔法の使い手だ。正直、私程度では一勝するのも難しいだろう。そう言う訳で可能性が余りに低いから言わなかっただけだ」
「チッ、俺が出場出来りゃエルフ共を叩きのめしてやったのによぉ」
「出るんなら、やっぱり真田先生かねぇ」
「そうだな。エルフであるしミシマの話では武術の達人なのだろう?」
「精霊魔法か……初級の魔法やったらわいでも対処出来るけど、火炎魔神とか呼ばれたら正直手に負えんで……」
一行が真田の言葉に黙り込んだのを見て、ニーナがおずおずと手を上げた。
「なんだい?」
「あの、ミシマさんって今、店長の身代わりになってるんですよね?」
「そうやで」
「見た目も店長そっくりなんですよね。だったら心苦しいんですけど、ミシマさんに大会に出てもらえば……」
「……確かにミシマならどんな相手だろうが勝てそうだな」
「ですよねッ!」
グリゼルダの言葉にニーナは嬉しそうに手を叩いた。
「うーん、弟子のミシマはんに助けてもらうんは師匠として複雑なんやけど……」
「ミシマは拳法を教えて貰って凄く真田先生に感謝してたから、これはその恩返しって事でいいんじゃないかねぇ」
ミラルダがそう言って微笑むが真田はでもなぁと腕を組み眉を寄せた。
真田は自身の問題を健太郎に丸投げする事に躊躇している様子だった。
そんな真田にギャガンがおもむろに声を掛ける。
「……真田先生よぉ。俺はこれまで剣で道を切り開いて来た」
ギャガンはそう言うとチラリとグリゼルダに目を向けた。
「だがよ、ミシマ達と出会って出来ねぇ事は頼っていいって気付いたんだ。あんたも助けるって言ってくれる相手がいるなら、頼ってみてもいいんじゃねぇか?」
「…………頼るか……せやなぁ、わいも教室の事はニーナはんに頼り切りやしな……甘えてもええやろか?」
「ああ、任せておくれ。じゃあミシマと合流しないとねぇ……」
ミラルダがそう呟いた直後、ドタドタと足音が鳴り響き部屋のドアが勢い良く開かれた。
「コホーッ!!」
先生、悪いッ!! 先生の見合い相手に迫られて偽物だってバレちゃったッ!!
「なっ、グリモラにバレたぁッ!?」
真田の姿でそう叫んだ健太郎の言葉で、真田は悲痛な叫びを上げる。
「ダァアアリィィイイインッ!!! いるんでしょぉおおおお!!?」
健太郎を追って来たグリモラだと思われる声が宿に響く。
その声は狂気を帯びており、部屋にいた全員が顔を引きつらせた。
「あれが見合い相手かい……先生、逃げた方が良くないかい?」
「だな。関わり合いになりたくないタイプだぜ」
「同感だ」
「店長ぉ、なんか怖いです」
「……暫く会うて無かったけど、更に強烈になってんなぁ…………ミシマはん、すまんけど、わい等連れて逃げて貰える?」
「コホーッ!!」
了解っスッ!!
健太郎は窓を開け放ち部屋のあった二階から外に飛び出すと、その身をVTOLへと変化させた。
「ヴヴヴヴヴッ!!」
みんな乗れッ!!
健太郎の叫びに反応しギャガンがミラルダとグリゼルダを抱え窓から飛び出し、その後、ニーナを抱えた真田、そしてロミナが続く。
「ダァアアアアアリィぃィィイイイン!!!! 何処なのぉおおおおおおおッ!!!!」
その直後、部屋に駆け込み叫び声を上げる血走った目のエルフの女を後目に、ミラルダ達を収容した健太郎は突然現れた鉄の鳥に混乱するカラミリの街から飛び出した。
「執着とは恐ろしい物だな……」
街から離れる機体の中、ロミナの呟きはプロペラの音の中に消えた。
お読み頂きありがとうございます。
面白かったらでいいので、ブクマ、評価等いただけると嬉しいです。




