ホームレス、ロボットになる
ブルーシートとダンボールで作られた家の中、一人の伸ばしっ放しの髪で無精ひげを生やした若者が息絶えようとしていた。
彼の名前は三嶋健太郎、二十四歳のホームレスだ。
大学を卒業し、かなりブラックな企業に就職、口の上手い同期が楽な仕事を割り振られる中、嘘が言えず不器用な彼は上司や同僚から仕事を押し付けられ疲弊していった。
そして去年、疫病の蔓延で会社の業績が悪化した事のあおりを受け、あっけなくリストラ。
その後、不況で職は見つからず、失業保険も終わり、なけなしの貯金も使い果たし、高慢な親族と折り合いが悪く頼る親も親戚も無かった彼は晴れてホームレスとなった。
そこで出会った人々の手を借りブルーシートの家を作ったのだが、何処かで疫病を貰ったらしく今現在、飢えと病により苦しみの最中にいた。
息も絶え絶えに部長の言葉を思い出す。
「これも会社と社員の生活を守る為なんだ。三嶋君、君はまだ若い、何度でもやり直せるさ!」
何だよ会社と社員の生活って!? 俺だって社員の一人だったろうが!? こんな不景気の中、独り放り出されてどうしろって言うんだ!?
怒りは咳の発作を巻き起こし呼吸困難の苦しみが健太郎を襲う。
クソッ!! 次に生まれ変わったら呼吸も食事も一切必要無い、怪我とも病とも無縁なそんな体が欲しい!! そして俺は自由に、誰にも束縛も命令もされず、理不尽に見捨てられる事無く生きるんだ!! クソッ!! 畜生ッ!! 絶対に、そう、絶対に自由に生きてやるッ!!!
ゲホゲホと咳の音の響く、目の覚める様な青いシートの側、ホームレス達が悲し気に様子を窺っていた。
その中の一人が家に近づこうとしたが、別の男が近づこうとした男の腕をつかみ静かに首を振る。
疫病に罹れば自分も健太郎と同じ目に遭う、それを考えると安易に看病さえ出来ない。
健太郎も感染したと気付いた後は、優しくしてくれた彼らに絶対に近づくなと警告していた。
段々と咳の音も小さくなり、やがて公園の林の中に建てられた青い家から一切の音が消えた。
■◇■◇■◇■
次に健太郎が目覚めた時、一番最初に目に入ったのは石の壁だった。
石というよりは岩だろうか、むき出しで人の手が加えられていない自然の洞窟。
ここは何処だろう? ホームレスの仲間が運んだのだろうか? だが何故?
その壁に触ろうと伸ばした手には西洋の甲冑の籠手の様な物が付けられていた。
青黒い金属の輝きを放つそれは、関節部分の内部も金属で覆われており隙間らしい隙間も見当たらない。
何でこんな籠手が……。
外そうにも留め金などは見当たらず外し方も皆目見当がつかない。
何なんだよ!? 人が病気で苦しんでるってのに誰がこんな悪戯を!!
憤慨しながら周囲を見渡す、電灯も何も無く明かりは一切無い筈なのに、何故か健太郎には先の先まで見通せた。
どうやらここは地下洞窟の開けた場所の様だ。高いゴツゴツした岩の天井の下、広大な空間が広がっている。
その空間の先、赤い鱗に覆われた巨体がこちらに視線を送っていた。
えっと……俺の記憶ではアレはレッドドラゴンっていう奴じゃないだろうか……もしかして俺は夢を見ているのか?
そういえば全然咳も出ないし、熱でクラクラしてた頭も全然痛くない……そうか夢か……そういえば会社に入った後は、疲れて家帰っても風呂入って寝るだけだったから、大学時代、あれだけ熱心にやってたゲームもやりたくてもやる気力が無かったしな……多分、願望が夢となったのだろう。
そう結論付け、感傷に浸っていた健太郎に向かい二足歩行のドラゴンがゆっくりと接近していた。
ただゆっくりといっても見上げる様な巨体だ。その一歩は大きく、あっという間に目の前に到着する。
なんだよ? やる気かよ? ハッ、ここは俺の夢の中だぜ! 一瞬で叩き潰してやる!! えっ、嘘!?
両の拳を握りファイティングポーズを取った健太郎を、その赤い竜は頭を下げてヒョイと咥えると、首をしならせポーンッと宙に放り上げる、その後、落下して来た健太郎をパクリと一口で飲み込んだ。
舌なめずりをした竜の腹の中、健太郎は食道を真っ逆さまに落ち、胃袋へ辿り着いた。
その数時間後、大量の汚物と共に排泄された健太郎は、最悪だッ!! と文句を心の中で言いながら体に付いたドラゴンのフンを払い落していた。
その過程で気付いたのだが、籠手だけでなく鎧は体全体を覆っているようだ。
いわゆる全身甲冑を着ていて、頭も触ってみると兜らしき物を付けているらしい。
それにしては視界は広く、特に遮る物が無い。まぁ夢だからそこは都合良く出来てるみたいだ。
飲み込まれたのに窒息して死ななかったし、消化もされなかったしな。
しかし何でこんな不愉快な夢を見るのだろうか、やはり現実が切羽詰まっているからだろうか……。
ドラゴンのフンから抜け出し、洞窟を歩きながら腕組みをして首を捻っていると、視界に赤い巨体が映った。
その鱗に覆われた顔に並ぶ目は興味深そう健太郎を眺めている。
まさか、また食べる気じゃ無かろうな? 俺はお前がさっきひり出したウンコの中にいたんだぞ? そんな一部の特殊な趣味の奴しかやらない事、しないよな? えっ、マジで!? 嘘ッ! うそーんッ!!!
どうやら竜はかなり悪食らしく、消化出来る出来ないに関係無く動く物は何でも口に入れるようだ。
再度、竜の腹の中を通り抜け排泄された健太郎は、再び体についた竜のフンを払いながら対策法を考えた。
二度目は流石にムカついたので、胃の中で暴れたのだが、胃液が大量に湧きだして胃に溜まり水没、やはり窒息する事は無かったが動きが鈍って満足な攻撃は出来なかった。
その後、消化物ごと腸に送られ、身動きの取れないまま、段々と排泄物になっていく食料と一緒に流されるだけだった。
結論としては、食べられたら終わり。排泄されるまで手の打ちようが無い。
逃げようにも動き自体はそんなに早く無いが、一歩が大きすぎてコンパス差で逃げ切れない。
倒そうにも鎧は着ているが武器は何も持っていない……武器か……。
健太郎は自分の右手をじっと見る。この右手も含めた鎧は竜の牙でも胃液でも傷一つ付かなかった。
つまりとても固く竜の牙よりも頑丈という事だ。だったら思い切り殴れば牙の一本でも折る事が出来るんじゃなかろうか?
ウンコに塗れた俺を食う様な奴でも、歯が折れたら流石にこれはマズいと気付くだろう。
てか気付いて、お願いだから。
という訳でこの体にどれだけの力があるか、取り敢えず健太郎は試す事にした。
手近な自分と同じ位の大きさの岩に目を向け、歩み寄ると腰を落とし、小学校の頃にカラテ教室で習った正拳突きを叩き込んだ。
「コホーーーッ!」
映画に登場する黒い兜の悪の騎士の様な音を発しながら放たれた一撃は、爆音を響かせ岩を粉々に弾き飛ばした。
流石、夢!! 強さも御都合主義だぜッ!!
喜ぶ健太郎の後ろに赤い影がにじり寄る。
振り返ると岩が砕けた音を聞きつけた赤い竜が、健太郎を興味深そうに眺めていた。
こやつは学習するという事が無いのだろうか? 大分臭いと思うんだけど、俺。
そんな事を考えていた健太郎に三度、竜の牙が迫る。
そう何度も食われてたまるか!!
怒りと共に拳を握り腰を落とす、その握り込んだ拳を迫る竜の牙の一本に全力で叩き込んだ。
健太郎の瞳が緑色の輝きを放ち、腕部のスリットがスライドし排気口の様な物が出現する。
「コホーーーッ!!」
インパクトの瞬間、拳は煌めきを放ち竜の牙を根元からへし折った。
『グオオオオンッ!?』
牙をへし折られた竜は身を仰け反らせ跳び退ると、両手で口元を押さえて涙目になっていた。
何だ、その“嘘ッ、私の年収低すぎ!?”みたいな顔とポーズは!?
信じられないのはこっちの方だ!! 消化も出来ない癖に、それも自分のフンに塗れた物を何度も食おうとしやがって!!
健太郎の憤りを他所に腕の排気口からは「プシューッ」と勢い良く空気が噴き出す音がする。
「コホーッ」
さっきからプシューッとかコホーッとかうるさいよ!! 三嶋が喋ってる途中でしょうがッ!? ……って俺の体からしてんのか!? てか、もしかして喋れない!? ……クソッ、夢はいつも理不尽だぜッ!!
『グルルル……』
健太郎が夢の設定に憤っている間に、彼を多少厄介な獲物と認識した竜は大きく息を吸い込むと閃光の様なブレスを吐き出した。
ブレスは健太郎の周囲の地面を溶かし溶岩の海へと変える、しかし鎧はその熱にも溶ける事無く、それを着こんでいる健太郎にも全く熱さを感じさせなかった。
まぁ、寝てる俺は家から持ち出した毛布に包まってる訳だしな……さて、あいつを倒さないとゆっくりこの夢を楽しむ事も出来なさそうだ。
「ブシューッ」
そんな音が聞こえ、出所を探ると背中の肩甲骨辺りから四角いフィンの様な物が数枚突き出し、蒸気を吐き出している。
鎧と思ってたけど、ロボット、もしくはアンドロイドという設定だったようだ。
そういえば、今季のロボットアニメも観れなかったなぁ……あれ、面白そうだったのに……まぁいいや、なんか武器になりそうな物は……?
キョロキョロと辺りを見回す健太郎を竜は追撃しなかった。
自分の攻撃がまるで効かない事に驚きと少しの恐怖を感じたようだ。
これでいいや、持ち手を作って……後、適当に刃を付けてと……。
竜が思案している間に健太郎は溶岩の中に浮かんでいた竜の牙を拾い上げると、打製石器の要領で手刀を用い適当に形を整えた。
不格好だが現在の彼の身長を超える長さの大剣が出来上がる。
なんか、モンスターを狩るゲームを思い出すなぁ……。
そんな健太郎を見て、逃げるべきか、それとも戦い倒し食らうべきかと悩んでいた竜だが、その天秤はすぐに戦う方に傾いた。
彼はこれまでこの地下迷宮で、あらゆる者を屠り食らってきた。その自信と経験が竜の判断を鈍らせていた。
『グァウッ!!』
一声吠えて赤い鱗の竜は歩み寄り、溶岩の中、剣を掲げている健太郎に竜は牙を剥いて襲い掛かった。
「コホーーーッ!!!」
健太郎はその目の前に迫った竜の頭にゲームの動きを思い描きながら、手にした即席の大剣を思い切り振り下ろした。
インパクトの瞬間、再び健太郎の瞳が緑色の輝きを放つ。
それには気付かず振り下ろされた大剣はズガンッ!! という爆音と共に、足元の溶岩を噴水の様に飛び散らせた。
飛び散った溶岩は周囲の岩の大地を溶かし一瞬視界がガスで真っ白に染まる。
やがてガスが消え視界が晴れると、竜の頭部は真っ二つに割れ、分厚い頭蓋骨と人サイズの脳みその断面を曝していた。
うわっ、グッロッ!! えー、俺、スプラッターは趣味じゃないんだけど……。
「ブシュー」
そんな健太郎に答える様に彼の体は再度蒸気を噴き出した。
うるさい体だなぁ……。
そんな感想を健太郎が抱いていると、竜の体から何やら光の粒子の様な物が煙の様に上った。
フィーンッ、今度はそんな音を立て、胸部装甲の下にあるスリットが動き出しその光の粒子を吸い込み始める。
粒子がスリットに吸い込まれると、健太郎の視界の左上に緑色のローディングバーの様な物が表示され、それが左から右へ高速で溜まっていった。
何だ? このバー?
健太郎の疑問に答える事無く、バーは右端迄貯まり、バーの右横の数字らしき表示が変わった。
その直後、彼の体は強烈な真っ白い閃光を放った。
ギャッァアアア!? 目がぁぁぁ!!! ……あああぁ…… 目がぁぁ!!!!
その後もバーの動きは止まらず記者会見のフラッシュの様に健太郎の視界を焼き、余りに連続する光に気持ち悪くなった健太郎は右手で顔を押さえフラフラと溶岩の海からよろめき出ると、そのまま岩の大地に突っ伏し気を失った。
お読み頂きありがとうございます。
面白かったらでいいので、ブクマ、評価等いただけると嬉しいです。