すぐ死ぬ命に残機制度あり少女とひ弱一匹狼青年
拝啓 母上様。俺は弱すぎて群れから追い出されたあと生きるために僅かばかりの恵みをもらおうと家に侵入しました。
そうしたら…。
「し、死なせてしまったあああ…!!」
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狼は通常集団で生活を行う。そして群れの中の個体はα、β、Ωと分けられている。αは最優秀個体で繁殖をすることが許可されている。βは平凡。
そして、Ωは問題アリの最低個体。
問題は元々弱いとか病気やケガなど様々。問題を抱えるΩ個体は群れの中で生きていくには辛く、弱いために他の個体から攻撃を受けてしまう。これは、群れという集団生活の中で不要な亀裂や争いを生まないための緩衝材の役割を当てられているが故の仕方のないこと。しかし、時に耐えかねたΩは群れから離れ「一匹狼」となる。
狼型亜人種の俺は生まれつきひ弱なΩ個体で、例に漏れず迫害を受けて育った。そして、この迫害に耐え切れず群れから離れたあとは食事すら怪しい生活になってしまった。
しかし、群れから離れた「一匹狼」に世間は厳しかった。「一匹狼」というのは自分は弱くて問題ありという看板をぶら下げて歩いているようなもので、そんな奴を雇う変わり者なんてそうそういるはずもなかった。俺は住む所どころか今日の食事にすら困窮してしまっていた。
そして、食うに困った俺は生きるために仕方ないと自分に強く言い聞かせて町はずれにある小さな家に恵みを求めて盗みに入ることにした。
は、いいが、扉を開けた拍子に家主であろう少女に当たり、死なせてしまった。
「ああああああ、少しの食料貰おうと思っただけなのに…!!死なせてしまうなんて…!!俺はやっぱり何やってもダメな奴なんだぁぁぁ!!」
目の前の出来事に頭を抱えて床に蹲る。
そんなに大きな力を加えていなかった筈なのに、扉に当たった少女は仰向けに倒れてピクリとも動かない。勇気を振り絞り少女の脈と呼吸を何度も何度も確認するが死んでいる。
まだ若そうな少女…。髪の毛は綺麗に整えられていて、肌も瑞々しく、体つきも健康そのもの。そんな未来ある少女を死なせてしまった…。
「………じ、自首しよう……俺なんか檻から一生でない方がいいんだ…」
「サンドイッチいらないの?朝作りたてなんだけど」
「サンドイッチなんて…俺には檻の中で臭い飯の方がお似合い…」
「狼だからフルーツよりカツの方が良かった?」
最寄りの警察へ向かおうとすると鈴を鳴らしたような声に呼び止められて、思わず受け答えをする。
受け答えをしてから気が付いた。この家に少女以外の人間がいたのだろうか。だとしたら俺がするべきは謝罪とこれから自首をして償いながら一生を檻の中で過ごす旨を伝えることだろう。
振り返ると、そこには死んでいた少女がきょとんと、ともすれば間抜けとも言える気の抜けた顔をして立っていた。
「ひぎゃあああああ!???なんで!?たしかに死んでたはず!!?」
「うん、死んだよ。びっくりした。でも、まだ残機あるから大丈夫」
「ざ、ざんき……?」
少女はあっけらかんとした態度で応える。何度も何度も死んでいたことを確認した筈なのに、目の前に立っている少女は確かに呼吸をしていて、瞬きをして、声を出している。
「うん。私、あなたたちと違って命が何個もあるの」
「ふ、ふぇぇぇぇ………?」
命が何個もあるだなんて信じられないが、現に目の前の少女は息を吹き返している。幼い頃に猫型の亜人に大昔猫の命は複数あると言われていたんだよと聞いたことがある(ただのおとぎ話で実際は命は一個しかないらしい)が、そういうことなのだろうか。だが、彼女の体に猫型亜人種の特徴である耳やしっぽ、爪は見当たらない。
「まぁ、命が何個もある分死にやすいんだけどね。扉が当たっただけで死んじゃうほどに」
「……すいませんでした」
あはははと鈴を転がすように笑う少女に死なせてしまった俺は笑うこともできず、ただただ床に正座して謝罪を繰り返す。そんな俺の謝罪を気に留めることもなく少女は可愛らしい黄色のエプロンを着ける。
「カツサンド作るけど、食べる?」
「……え?俺なんかに」
「だって、お腹空いてるんでしょ?」
「でも、俺盗みに入ったのに…それに死なせてしまったし」
「この家よく侵入されるから気にしてないよ。それに、死ぬのもはじめてじゃないし」
まだまだ沢山残機あるしねと余裕たっぷりに小躍りを披露してくれる少女。
「…でも」
「うだうだうるさい狼だなぁ。そんなだから、群れから孤立するんだよ」
「うぐっ…!!!!!?」
少女に痛いところを的確に突かれたせいで床に倒れこむ。群れで過ごしていた頃は他の奴らからよく「うじうじするな」とか「でもでもだっては止めろ」とか言われていたことを思い出して辛くなってくる。
「じゃあ、私を死なせたお詫びとして一緒にご飯食べて。一人の食事に飽き飽きしてたから」
「……ええええ…??」
少女はにっこりと笑って床に蹲る俺の手を引くと食卓へと着かせた。
そして、これをきっかけに俺は命に「残機」があるこの少女と共に過ごしていくことになる。