(四)千里眼と予知夢
リズがあまりに幸せそうな表情をするので、わたしはリズが思い出している情景を、こっそり千里眼で覗いてみた。
華やかなパーティー。
美しく着飾った若いリズと、リズより少し背が高い凜々しい紳士が優雅にワルツを踊っている。
「日本人なのに背が高い人ね」
黒髪に黒い目、黄みがかった白い肌。その紳士の顔立ちは、まさしくわたしのお母さんとおなじ日本人だ。
ユーゴはお父さんが日本人だから、目と髪がわたしとおなじミルクティーみたいな薄茶色なのね。
「あら、私、もうそこまで話したかしら?」
リズは首を傾げたが、わたしが透視で覗き見したことには気付かず、話を続けてくれた。
「そうなのよ。ユーゴの父親は日本人なの。大日本帝国海軍の少尉だったの」
「すごい国際結婚をしたのね。ご両親には反対されなかったの?」
「私の両親も、初めは反対したわ。最終的には祝福してくれたけど」
泥棒貴族の掟では、女性が結婚して外へ出ることは、一応、許されている。
ただし、最低限の持参金以外の財産はすべて一族の元へ置いていくこと。伴侶には一生秘密を漏らさないと誓うことと、引き換えだ。
リズの両親は、娘が遠い日本へ嫁いでしまえば、いくら一族でもそうそう手出しはできないだろうと考えた。
その予測は正しかった。
日本へ渡ったリズは、一度は一族と絶縁できたのである。
「けれど、夫のご両親は、外国人の嫁をけっして許してくれなかったの」
日本での生活に慣れるのには苦労したけれど、夫が生きている間は大切にされ、ユーゴを育てながら幸せに暮らしていた。
ユーゴは、漢字で『勇悟』と書くそうだ。これは日本人のお父さんが付けた名前。勇気ある賢い男子になるようにと。
「でも、日本の近くで戦争が始まって、あの人は軍艦に乗って行ってしまったの……」
ユーゴのお父さんは帰ってこなかった。
それでも直系の跡継ぎであるユーゴだけは大事にしてもらえるだろうと、リズは義父母に冷たくされても耐え忍んでいた。
が、とつぜん、ユーゴを連れて出て行けといわれた。家の跡継ぎには、リズの知らない間に亡くなった旦那様の兄弟の子が義父母の養子にされていた。
その日からリズは、生活するお金まで渡されなくなった。しかたなくわずかな身の回りの装飾品を売り払ってお金を作り、長崎にある知り合いの商館を頼ってフランスの両親に連絡を取ってもらい、故郷へ帰ったのだった。
帰国直後は健在だったリズの両親も、半年後に流行病にかかり、相次いで亡くなった。
一族から庇ってくれる盾を失ったリズは、最低限の生活の保障と引き換えに、再び泥棒貴族の掟に従わされることになった。
それから二年。こうしてわたしの祖父と再会するに到ったわけだ。
「そういえば、レンカちゃんのご両親はどうされているの。ご健在なんでしょう?」
「ええまあね」
わたしの両親が行方不明になった事情は、リズにはまだ詳しくは話していない。リズには関係ないことだから……。
わたしは、当たり障りのない母の話をすることにした。
「わたしのお母さんも日本人よ。おじいちゃまが日本へ公演にいった時に、お父さんも一緒に旅行して、そのときお世話をしてくれた神戸の貿易商の娘が、わたしのお母さんだったんだって」
お母さんは当時の日本人には珍しく、近くの教会が開催していた学校でマナーや英語を習っていた。外国人のお客様が神戸へ旅行に来た際には案内役みたいな仕事も頼まれていたらしい。
きれいでお淑やかな、日本の理想の女性像を表す言葉のヤマトナデシコの代名詞みたいなお母さんに一目惚れしたお父さんは、およそ一ヶ月の旅行が終わる時にいきなり求婚したそうだ。
いちばんびっくりしたのは祖父で、猛烈に大反対。仕事のお世話をしてくれた恩人の娘さんをたぶらかすなんて、とんでもないって。
逆に、母方のおじいちゃまとおばあちゃまは、初めこそ驚いて悩んだらしいけど、祖父ほどじゃなかったそうだ。
幼い頃から洋風文化に夢中で外国語を習ったりしていた娘は、いつか外国に行くかもしれないと考えていたそうで、娘を大事にしてくれる良い人と結婚するのなら問題はないだろうと許してくれた、と母が話していたと、祖父から聞かされた。
そして、2人は神戸の教会で結婚式を挙げましたとさ。
「その後、二人は英国へ渡って、わたしが生まれたの」
わたしは簡潔に締めくくった。
「まあ、それもロマンチックなお話ね。では、今は英国のご実家にいらっしゃるの?」
「いいえ、行方不明なの」
あ、言っちゃった。
リズはポカンと口を開けた。
「まあ……。もしかして、こんな外国の街へ来たのは、ご両親の手がかりを捜してなの?」
リズは頭の良い女性だ。
わたしと祖父が、ただマジックショーをするためだけに街から街へ興行に回っているのではないことは、初対面のときからなんとなく察していたという。
わたしは簡単に説明することにした。
リズならわたしの千里眼をもっと知っても、奇異なものを見る目つきにはならないだろう。
「あれは、7年前の夜のことだったわ」
わたしが昼寝している間に、両親は旅立った。学者の父がオーストリアで開かれる学会へ出席するためだったと聞いている。母を伴っていったのは、母にウィーンの街を見せたいからだと祖父に言ったそうだ。
わたしが眠っている間に出立したのは、わたしが泣いてぐずると思ったからだそう。
その数週間のわたしは機嫌が悪く、皆は手を焼いていた。と、祖父はいうのだが、記憶力の良いこのわたしがその時のことをまるで覚えていないのだ。
そして、両親が予定通りなら学会に出席しているだろう一週間後の夜になった。
「わたしはものすごい悲鳴をあげたそうよ」
もちろん、自分ではそんな悲鳴をあげた記憶はない。
ただ、両親が殺される夢を見たのだけは覚えている。
それは遠い外国の、わたしの知らない街で起こった光景。
父と母が連れ去られる。
走り去る何台もの自動車。
2人はどこかの館に閉じ込められる。
そうして何年か経ったある日、さしたる理由なくして銃で撃たれ、殺される……。
夢にしてはあまりに生々しい光景は、今もそのまま映画のように再生できるほど鮮明なままに、わたしの記憶に保管されている。
それは霊的な夢の特徴だと、曾祖母はわたしに教えてくれた。
夢で見た内容は、これから起きる。
わたしが見たのは予知夢だと。
その予知夢を見てからだ。
3歳だったわたしの千里眼が、能力者の祖父も驚くほどに、冴えはじめたのは。
壁の向こうにある物が何かを当てることはもちろん、わざと隠された物、失われた物の在処を発見するのも、目の前に置かれている物を見るのと大差ない精度で視られるようになった。
そんなわたしの透視能力を制御できるように指導したのは、他ならぬ祖父と、当時まだ存命だった祖父の母、わたしの曾祖母にあたるメアリー・シャハロウだった。
まず、何より最初に叩き込まれたのは、この特殊能力があることをむやみに人へ告げてはならない、という厳しいルールだ。
といっても、村の人々は別。
村人は困ったことがあると曾祖母に相談しに来た。曾祖母の存在は村の秘密であり、護るべき宝であった。
我が家はそういう家系なのだ。
我が家の長は、大昔から村を護る要であり、近年は曾祖母が村の守護者であった。
祖父も能力者だが、曾祖母には及ばない。祖父が真性の魔術を学んだのは我が家の伝統ゆえだが、エンターテイナーとしてシャハロ魔術団を創設したのは、趣味で考えていたトリックを実践する場を求めての結果だった。
祖父はわたしの透視能力を、昔ながらの占いのほかに科学的な装置も使って検証した。
「どうやら我が家の次の当主はレンカのようだな」
我が家では、当代で最も強い能力を発現した者が館のすべての財産を継ぐ当主になる。
祖父の従兄弟など親戚は何人もいるが、全員に強い能力が顕れるわけではない。
曾祖母の次は祖父が当主の予定だった。けれど、わたしが祖父をしのぐ透視能力を顕わしたので、曾祖母はわたしを後継者に指名してほどなく亡くなった。
我が家の直系であるわたしの父は、特殊能力は受け継がなかった代わり勉強が出来る人で、天才と呼ばれる学者になった。
祖父の話では、我が家系では、強い特殊能力者は曾祖母とわたしのように、だいたい一~二代おきに出るらしい。