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夜をのぞく水晶の眼  作者: ゆめあき千路
第二章 豪華客船アデル・オーレンドリアⅡ世号
7/20

(二)船上での過ごし方


 帽子も服も海のように真っ青と純白のレースで飾られ、襟ぐりの深い胸元には大粒ルビーのネックレス。


 その美貌は宝石よりもゴージャスな美女は、忘れもしない、リーベンスロールのホテルでユーゴが盗んだサファイヤの指輪の持ち主だ。


「まあ、アメリア! 貴女も同じ船に乗っていらしたのね。またお目にかかれて嬉しいわ」


 リズはいかにもおっとりした貴婦人らしく、優雅な微笑みで返した。


「ええ、私もよ。ねえエリーズ、息子さんがいらしてもお一人で過ごすのはお寂しいでしょう。じつは船上で偶然会ったボストン出身の友人から、ぜひ貴女を紹介して欲しいと頼まれましたの」


 アメリア嬢は後ろにいた紳士の一人に目配せをした。大柄なボディガードとは別に若いハンサムな男性が軽くうなずき、リズへ「マイケルです、よろしくレディ。よろしければ今日のご夕食を僕たちと一緒にいかがでしょうか?」と挨拶した。


 するとリズは、彼にではなくアメリア嬢へ、困惑を含んだ上品な笑みを返した。


「ごめんなさい、今日は船長のテーブルに招待されていますの」


 船長の食卓に招待されるのは、船上での最高のおもてなしにして最高の上客であるステイタス。アメリア嬢は招待されていない。

 まあでも、大金持ちのご婦人なので、何日もかかるこの船旅の間には、一度くらい招待されるだろうけど。


「残念だわ! 今日はバッドタイミングだったわね」


 アメリア嬢は(おう)(よう)な笑みを浮かべた。


 わたしは意外だった。せっかくのお誘いをリズが断ったから、怒るタイプかと思っていたのに。


 わたしは千里眼でアメリア嬢の内面を透視した。


 あ、この人、見た目の派手好きに反して努力家だ。 服の趣味はともかく、性格は悪くない。生家が貧乏だったから、お金持ちと知り合って愛人になるために、苦労して教養を学んだみたい。


 確かに、こういった社交場に出るには、最低限の礼儀作法を身につけていないと、うかつにお茶も飲めないもんね。


「そちらの可愛いお嬢さんも、明日はぜひお茶をご一緒しましょうね」


 わたしへ優しい微笑みを投げかけたアメリカの石油王の愛人は、二人のボディガードと取り巻きの男性数人を引き連れ、(さつ)(そう)と去っていった。


 最後にチラリと『()え』たアメリア嬢の胸の中には、リズへの憧れが淡い光のようにきらめいていた。


 アメリア嬢はリズのファンなんだわ。


 リズはきれいで、優しくて上品で、正体が泥棒でも、その出自はフランス貴族の血を引く本物のお姫様。アメリア嬢のように伝統の無い国から来た成金の人々には夢と憧れの存在なのね。


 でも、もっとよく透視に集中すると、その憧れ色した光の中には、黒い糸のようなネガティブな感情が一筋、細く渦巻いていた。


 あれは、リズの美しさへの『(ねた)み』だ。


 アメリア嬢だってリズとはタイプが違うけどすごい美人なのに、女心って複雑だわ。でも思考の大部分は、優しいリズへの憧れと好意で占められているから、リズが優しく接する限り、アメリア嬢はリズに好意を持ち続けるだろう。


 それに、彼女は、これからのリズの運命に強く関わっているような気がする……。


 アメリア嬢たちの姿がすっかり見えなくなってから、わたしは透視の集中を解いた。


「なるほど、社交界での人脈はこうやってつくっていくのね」


 私が呟くとリズがわずかに目を見張った。


「まあ、レンカ。貴女(あなた)って賢いと思っていたけど、ときどき大人も顔負けの事を言うわね」


「ええ、子どもらしくないとよく言われるわ」


 わたしは子供らしい、くったくのない笑顔で答えた。


 物心ついた三歳児の頃から曾祖母に文字の読み書きを教わり、勝手に本を読み始めたわたしである。

 上流階級との付き合いも往々にしてある我が家では、乳母係の魔法人形サアラから貴婦人としての教養と礼儀作法を厳しく叩き込まれて育った。


 さすがに祖父のようにラテン語を(りゆう)(ちよう)に操ったり本物の魔術は使えないけれど。


 行き先が親戚の家とカフェしかなく、刺繍(ししゅう)とダンスしか話題が出ない女の子と一緒にしてもらっちゃ困るわよ。


「賢いのはいいことよ。さすがは天才マジシャンのお孫さんだわ。そろそろ風が冷たくなってきたから、お部屋に戻りましょう」


 リズは、晩餐会のために着替えをしなくてはならない。


 わたしとユーゴと『ジュード』は子供だから大人の正式なディナーには同席できない。夕食はジュードの母『サアラ』と部屋で取る。


 この『サアラ』をわたしは心の中で『サアラ(ツー)』と呼び分けている。


 サアラ2は、わたしの乳母(ナニー)サアラとはまったくの別物だ。顔も違う。あとでリズと入れ替わるため、(かお)(かたち)や体型をわざとリズに似せて作られた。そして、一度壊れたら、跡形無く消える簡易な作りなのだ。


 食事をしながら、ユーゴが不思議そうに訊いてきた。


「ねえ、この人たち、本当に人形なのかい?」


「ええ、そうよ」


「でも、スープを飲んでるよ?」


「あら、食事くらいできますのよ」


 サアラ2のものごしは、非の打ち所のない上品さだ。


「そうだよ! 普通じゃない魔法で作られているからね!」


 ジュードが陽気に相づちを打つ。彼の見た目はまるっきりわたしやユーゴと同年代の子どもでしかない。


 わたしの祖父が作った魔法人形だから、人間と見分けがつかないのは当たり前だ。

 でも、知らない人には不思議なのね。


「普通じゃ無い魔法って、どんな魔法?」


 ユーゴはやけに食い下がるわね。好奇心が強いのね。


「エーテル製よ」


「エーテルって何さ?」


「魔術師が使う、この世ならざる物質よ」


 エーテルは、この世に存在する物質とは異なり、魔法が解ければ跡形無く消滅する。

 祖父が言っていたが、この2体の魔法人形は数日間だけ存在できればいいから、構成素材にこの世の物質は使わなかったそうだ。


 残るのは、魔術媒(ばい)(たい)に使ったリズとユーゴの古着だけ。それも大西洋の真ん中で海に沈めば、二度と見つからないだろう。


「エーテル製の魔法人形でも、今この二人は、わたし達の目の前に確かに存在している『人』だわ。人形人形って何度も言わないで。不愉快だわ」


「なんで君が怒るんだよ。よくわからないや。なあ、それより、この世ならざる物質って、こうして目の前に存在しているんだから、けっきょく形ある物質じゃないの?」


 ユーゴはなかなか穿(うが)った質問をしてきた。頭は悪くない子だわ。


「さあ、詳しいことはわたしも知らないわ」


 答えたとたん、わたしの脳裏には宇宙空間をたゆたう液体とも気体ともつかない謎の物質の奇妙なイメージが浮かんだ。

 あれがエーテル?……なら、詳しく見たって説明できないわ。


 わたしが何も言わないので、ユーゴは勝ち誇ったように笑った。


「なんだよ、千里眼のくせに、君だってエーテルが何か説明できないじゃないか!」


 前言撤回。切り返し方が子供だわ。


「しかたないでしょ、おじいちゃまみたいに本物の魔術師じゃないんだから」


 険悪になりかけたわたし達の間へジュードが「まあまあ」と割って入り、サアラ2には先に食べ終えるよう穏やかに注意された。


 一番先に食べ終えたユーゴは、隣のジュードをお行儀悪く右肘でつついた。


「なあなあ、君ってさ、海に落ちて消えるってわかっているのは、怖くないのかい?」


 ユーゴにしてみればジュードが同じ子どもという気安さあっての質問だろうが、わたしはさすがにギョッとした。


「ちょっと、なんてことを訊くのよ!?」


 魔法人形には、喜怒哀楽を表現する知恵を授けてある。

 だから、ジュードは、ユーゴの質問の意味もちゃんと理解している。


 もし、ジュードが本物の人間なら「これから死ぬのに怖くないの?」なんて訊けるわけがない。誰だって、未知なる死には恐怖を感じるにきまってる。


「怖くないよ。それがボクの役目だもの」

 そくざに返したジュードの微笑みには、一点の曇りもなかった。


 サアラ2とジュードは魔法の操り人形(パペツト)。人間のような複雑な感情を持たず、本当の自我も備わっていない。


 こうして受け答えするのも、祖父が魔術でエーテルの脳に焼き付けた知識から、その場にふさわしい行動を選択しているだけ。


 わかってる。


 けれど、それでもわたしの胸は痛む。


 だって、わたし達は、こうしてお喋りして一緒に遊んで、同じ時間を共有した。

 楽しかったもの。

 この船の上の時間だけの事だとわかっていても、わたしは一生忘れないわ。


「ユーゴがひどいことを言ってごめんなさい、ジュード。……サアラも、許して」


「気にしないでかまわないわ、レンカ。私たちは魔法人形ですもの」


 サアラ2も優しい。でも、わたしの乳母のサアラとは根本的に違う。


 わたしの乳母のサアラには死がない。必要に応じて解体され、組み立てられるが、何度でも同じ個性のサアラとしてよみがえる。


 だが、このジュードとサアラ2は、一度破壊されたら、同じ個性を持った存在としての再生は二度と無いのだ。


「あはは、レンカが謝ることないよ。変な質問をしたのはユーゴなんだからさ」

 ジュードはまったく平然としている。


 魔法人形でさえ、こんなに気が使えるのに、ユーゴはどこまで馬鹿なのよ。


「もういいよ、変な質問をして俺が悪かった。でもさ、それでも笑ってるなんて、やっぱり変わってるよ」


 ユーゴはわたしに向かって顔をしかめた。


 子どもって、残酷だ。


 わたしはユーゴの頭をぶん殴ってやりたくなったが、わたしの凶暴な気配を察したサアラ2が真剣な目でわたしを見つめ、首を小さく横に振ったので我慢した。

 ユーゴには、わたしが不機嫌になった理由がまったく理解できないようだった。




 

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