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夜をのぞく水晶の眼  作者: ゆめあき千路
第二章 豪華客船アデル・オーレンドリアⅡ世号
6/20

(一)マジックのタネは始める前が肝心


 この街のホテルに滞在するのは今日で最後という日。


 朝食の席で、祖父はおもむろにリズとユーゴへ告げた。


「明日は船に乗る。そこで君達には、大勢の観客の前で死んでもらう。もちろん、レンカにも手伝ってもらうからそのつもりで」


「はい、おじいちゃま」


 わたしは平然としていたが、新しく仲間となった二人――元泥棒貴族の母親リズことエリーズ・メルシェとその息子ユーゴ・メルシェ――は、フランス風にミルクをたっぷり入れたカフェオレを吹き出した。


 リズは咳き込みながらもナフキンを手に、カフェオレでビショビショに濡れたユーゴの顔を拭いてやっている。

 なんとなく(うらや)ましい。


 我が家ではわたしが物心つく前からお母さんはお父さんと出かける用事が多くて、わたしの世話は乳母(ナニー)のサアラまかせだったから。


「あの、どういうことですの!?」


 引きつった顔のリズへ、祖父は無言で横目をくれた。


 祖父は黒い眉が男らしいダンディな紳士である。どちらかといえば無口な方で、普段から孫のわたしにさえ多くは語らない。それは意地悪ではなく、プライベートでは少々面倒くさがりな一面を持つだけのことなのだが、ひとたび怒れば顔立ちが整っている分だけ迫力と凄みが増し、ものすごく怖いのだ。


 舞台でショーをしている祖父しか見たことがない人には、その落差は衝撃的らしい。


 だが、母は強し。


 リズは、祖父の厳しい視線におののきながらも、朝食を終えて席を立とうとした祖父になおも食い下がった。


「ユーゴを危険な目に合わせる気ならお断りしますわ。私たちを助けてくださるのなら、きちんと説明してくださいなッ!」

 ほほう、なかなか肝の据わった人だな。


 以前、団員に応募してきた若者なんか、やる気だけはあったけど、一度怒った祖父の顔を見たら、その日のうちに辞めちゃったのに。

 これならシャハロ魔術団の一員として一緒にやっていけるかもね。




 リズの勇気ある行動によって、ソファへ移動した祖父が新聞を読み始める前に聞き出せた『シャハロ魔術団』の興行日程は、大西洋を横断する豪華客船『アデル・オーレンドリアⅡ世号』での、一週間足らずの公演だった。


 このホテルにはアデル・オーレンドリアⅡ世号のオーナー・アレッサンドロ・マリナス氏も宿泊している。祖父とは子どもの頃からの友人だ。二人とも、このホテルのオーナーとも親友なのだそうだ。


 そして祖父は、昨日のうちに豪華客船アデル・オーレンドリアⅡ世号で興行する話をまとめてきた。


 明日からシャハロ魔術団は、大西洋を越える旅に出る。


 だが、『監視人』に見張られているリズとユーゴは別行動をとらねばならない。



 そうして、船が大西洋に出たら。



 リズとユーゴは海に落ちるのだ。



 その死体は大西洋の彼方に沈み、二度と見つかることはない。


 監視人が一族の下へ持ち帰るのは、2人が海へ落ちたという事実のみ。


 その後、シャハロ魔術団のメンバーはわたしと座長の祖父、その妻サアラに変装をしたリズと、髪を黒く染めたユーゴが身代わりの魔法人形(マジックパペット)と入れ代わり、わたしたち『シャハロ魔術団』は何事も無かったように船上で興行を打ちながら大西洋を越える。


 やがて船は、誰も二人のことを知らない土地へ着く。


 リズとユーゴは新しい名前と戸籍を得て、犯罪とは無縁の生活を始める――――というすばらしい計画なのだが、ふと、疑問が。


 この豪華客船のオーナーは祖父とは古いお友だち。我が家の家族構成くらい、知っているのでは……?


「もちろん、アレッサンドロは知っているよ。私が真性の魔術師であることもね」


 祖父によると、アレッサンドロ・マリナス氏は、自分の趣味で豪華客船を造船するようなお金持ちゆえに、お金に関するやっかいな問題が発生しやすい人で、祖父は学生時代から千里眼で助けてあげていたそうだ。


 だからマリナス氏は上流階級の裏の事情にも詳しい。お金持ちが集まる社交場を専門に狙う犯罪組織があることも知っている。


 そういうわけでマリナス氏は、リズの事情も踏まえた上で、マジックショーに協力してくれるのだ。




 こうして『シャハロ魔術団』一座は、豪華客船アデル・オーレンドリアⅡ世号へ、威風堂々乗り込んだ。




 大道具や衣装を運ぶのには、マリナスさんが荷運びの人を手配してくれた。


 この船に乗り込むシャハロ魔術団の団員は、わたしと祖父と『サアラ』と『ジュード』の四人。

 わたしは帽子のベールで顔を隠したサアラに手を引かれて船に乗り込む舷梯(タラツプ)を昇った。


 さて、ここで第一の仕掛けがある。


 わたしの手を引くこのサアラは、明るい金髪、瞳の色はエメラルドグリーン。リズによく似た背格好だ。2人の容貌は姉妹のように似ている。


 でも、よーく見ると、このサアラは、私を育ててくれたサアラとは雰囲気が違う。


 それもそのはず、彼女は祖父がリズの服に魔術を掛けて新しく作り上げた魔法人形だ。


 わたしの隣を歩く黒髪の快活そうな男の子ジュードもそう。祖父の最新作である。


 背格好はユーゴにうり二つ、しかし顔は細部の微妙な造りが異なっているのだ。


 ジュードは他の子ども達と同じように、出港のセレモニーで賑わう甲板をはしゃいで走リ回り、船員や客から微笑ましい視線を向けられている。


 こんな元気な男の子が魔術で作られた魔法人形だなんて誰も思わない。


 祖父曰く、この2体は我が家の伝統的魔法人形たる本物のサアラに比べれば魔術的に貴重な材料を使っていない、粗雑な作りだという。


 わたしには区別できないけど。


 だって、普通に会話できるし、手に触れば暖かくて、脈まであるもの。

 わたしも魔術を覚えたくて、祖父にどうやって人形を作るのか訊いてみた。


 その答えは、特別な水晶を使って月光を集めるだの、難しい魔方陣を暗記して自分で描けないといけないだの、複雑怪奇なややこしいことばかり。


 さらには何百ページもある分厚い『聖なる書物』をまるごと一冊、暗記しなければならない。

 それ以前にラテン語がペラペラでなければ呪文が読めないのだ。


 うん、わたしには無理だった。

 



 甲板では楽団が出航する儀式(セレモニー)音楽を演奏し、七色の紙吹雪が舞い、船の手すりから色とりどりの吹き流しが千切れた。


 アデル・オーレンドリアⅡ世号は出航した。




 オーナー・マリナス氏のはからいで、祖父とわたしはリビングと寝室が3つある一等客室に泊まる。オーナーの部屋の一番近くだ。


 サアラとジュードは出航して早々、船室にこもった。


 理由はごく一般的な『船酔い』である。

 もちろん、嘘だ。魔法人形は人間ではないから、仮病と言うのもおかしいもの。


 この二体はあまり人前に出ない方が良い。


 リズは美人だ。普通に歩いていても人目を引く。


 狭い船上でよく似た二人の美女を見かけたら、姉妹かと思って記憶に留める男性もいるだろう。勘の良い人なら、リズとサアラが入れ替わった後で、わずかな違和感に気付くかもしれない。


 わたしは祖父に連れられて、サロンへお茶をしにやって来た。


 そこで祖父はマリナスさんとカードルームへ移動することになり、わたしはたまたま再会した知り合いのエリーズ・メルシェ夫人とお茶をすることになった。


 ユーゴは昼食をたらふく食べて昼寝しているという。


「おばさまとお船でまたご一緒できるなんて、嬉しいわ」

 わたしはホットココアを前に、優雅にお茶を飲むリズへ微笑みかけた。


 わたし達は、ホテルを別々に出てから、接触するのはこれが初めてだ。


 リズの監視人は、わたし達の話し声が聞こえない程度に離れた片隅にある席で、新聞を読んでいた。

 でも、あそこって確か……。


「リズおばさま、あっちは二等の席よね?」


 わたしとリズがいるのは一等船客専用のデッキテラスだ。


「ええ、私はあなたのおじいさまのご厚意で、オーナーのマリナスさんから一等船室をご用意していただけたのよ」


 泥棒貴族の監視人ジャノは、あくまで個人行動が必須。コネもないため、一等船室の切符が買えなかったそうだ。


 大西洋横断の旅客船は大陸間の主要な交通手段なので、出航間近はたいがい満室になる。


「おかげで助かったわ。これで船にいる間は、監視の目も少しは緩むだろうしね。この船では『仕事』をしないから」


 豪華客船の一等フロアは泥棒貴族にとっては絶好の狩猟場とも思えるが、わたし達の想像とは逆に、リズ達が豪華客船で『仕事』をすることはめったに無いそうだ。


 航行中の船は閉鎖空間のため、万が一にも窃盗がバレたら逃げられない場合があるからだそう。



 どうやら天はリズに味方しているようだ。



 わたしとリズ母子はリーベンスロールのホテルからの公然の知り合いである。

 リズが祖父へ御礼を言いに来たのは、あのホテルの泊まり客なら知っている。

 よそよそしい態度を取っていたらかえって不自然だ。


 厳しい監視人も、リズの日常におけるただの社交には口を出せない。


「ええ、わたくしも、レンカと同じ船で旅ができるなんて、とても嬉しいわ。またユーゴと遊んでやってね」


 薄紅色のオーガンジーの服を身につけたリズは、甲板を歩く人が振り向いて二度見していくほどきれいだ。

 わたしは監視人の紳士の方を見ないように気をつけながら、リズとお喋りを楽しんだ。


 ただし、話の内容にはじゅうぶんに気をつけた。

 いくら監視人が声の聞こえない距離に座っていても、風向きや反響音で、どこで誰の耳に届くかわからない。


 甲板を吹き抜ける潮風は強くはなかったが、わたしは近づいてくる足音に気付かなかった。


「あら、ごきげんようエリーズ。ずいぶん可愛いお友達とご一緒なのね」


 声を掛けられたリズより、わたしが驚いた。


 昼間デッキを散歩する貴婦人にしては、派手すぎる帽子と服を身につけた女性がいたからだ。


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