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夜をのぞく水晶の眼  作者: ゆめあき千路
第一章 小さな街リーベンスロールで
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(三)シャハロ魔術団の秘密

 祖父は、いまでこそわたしの優しいおじいちゃまだけど、若き頃は『神業(かみわざ)マジシャン』とたたえられた一流エンターテイナーとして世界中を興行していた。


 一度は引退したけれど、歳を取ってもその実力に(おとろ)えはない。


 だから、舞台にはさまざまなトリック装置をセッティングする。

 だって、マジックショーだもの。


 祖父も千里眼ができるし、もっとすごい千里眼のわたしがいるのに、なぜトリックのマジックが必要かって?

 理由は単純、大きな舞台での公演では、視覚的に派手なトリックの方がウケるからだ。

 だから地味な千里眼を演目にしないこともある。

 ましてこの旅の間は、わたしたちの能力が本当の本物だと広まりすぎると、少々まずいこともあったりするから。


 わたしたちは、ある目的を持って旅をしている。へたに千里眼が評判になりすぎて、相談を頼みにくる人達に押しかけられたり、一カ所での興行が長引きすぎると困るのだ。


 また、人は本物の不思議な力を目にしたとき、本能的な恐怖を感じるもの。

 万が一、マジックを『悪魔の仕業』だなんて騒ぎ立てる人がいた場合、仕掛けがあれば「これはちゃんとしたトリックがある、ショーマジックです」って、説明できるでしょ?


 トリックを祖父のように使いこなして一流と言われるマジシャンになるのは、すごく難しいんだから。……と、ユーゴに説明したいけれど、ユーゴはその胸の奥で、早くも新しい未来の夢を描き始めていた。


 自分もシャハロ魔術団に入り、いっぱしの魔術師になりたいという淡い期待。妄想の中で大きくなったかっこいい自分が、マジックの舞台ショーを披露するところまで想像しているし。


 子どもの夢ってすごいわ。祖父と一緒に暮らしているわたしだって、祖父レベルのマジシャンになるのは無理だと思っているのに。


 ふむ、好奇心の強いユーゴを納得させ、このあときれいにお別れするには、どう話せばいいのだろう。


 こういう悩みには、千里眼で透視ができたってあまり役には立たない。

 千里眼で誰も知らない真実を見透したところで、相手にわかるようにうまく話せず理解してもらえなければ、意味が無いんだから。

 祖父から説明してもらおうにも、リズとまだ話しているし。


「ふむ、変装が必要だな。髪染めに、新しい服と帽子も。妻の名の旅券があるから、君の新しい名前はサアラだ。子どもの方は……何とかしよう。この街に、旅券の偽造ができる知り合いがいたはず……」


 祖父は難しい顔でぶつぶつ言ってる。


「サアラって、あなたの奥さんの名前でしょ。何をいっているのよ」


 リズも目をすがめて不機嫌だ。


 こっちもややこしい話になっていそうね。わたしとユーゴは黙って大人の話に耳を澄ませていた。

 祖父とリズの話しぶりからはずいぶん古い知り合いらしいとしか推測できず、昔の事情とやらは話に出てこない。


 わたしたちは退屈になってきた。ユーゴは大きなあくびをしている。一晩眠って、いろいろな疑問をきれいに忘れてくれたら助かるんだけどな。


 リズは、思考にふけってしまった祖父の様子を見て、きれいな眉間に縦皺を刻んだ。


「もう、あの角の家の偽造屋のことなら知っているわよ。でも、あなたとは一緒にいけないわ。あなたの奥さんは隣の部屋にいるじゃないの!」


「サアラはカバンへ片付ける」


 キリッと顔を上げた祖父の喋り方があまりに堂々としていたので、リズとユーゴの反応は一瞬遅れた。


「はあッ!?」

 母子で目を剥いている。


「あなた、何を言って……」

 リズとユーゴは唖然とした表情がそっくりだ。親子ね。


 わたしはべつに驚かない。ただ、祖父のあの言い方は、さすがにどうかと思うけど。

 何も事情を知らなきゃ、奥さんを何人も殺したという伝説の(あお)(ひげ)(こう)か、新婚の花嫁を次々と浴槽で溺れさせて保険金殺人を繰り返したという殺人鬼だわ。


 祖父はくるりとわたしの方へ向いた。


「レンカ、急ですまないが、今から彼女をおばあさまと呼んでくれ」


「はい、おじいちゃま」


 にやーっと笑ってうなずいたわたしは、とても素直なよい子である。じゅうぶん若くて美人なおねえちゃまを「おばあちゃま」と呼んであげるくらい、へでもない。


「いやよ、おばあちゃまなんて呼ばれるのは」


 リズは露骨にしかめっつらになった。

 そうよね、まだ三十代前半だものね。若くて綺麗だったらまだまだおねえちゃまと呼ばれたいはずよ。


「じゃあ、子どもを連れて実家へ帰るか?」


 祖父のシビアな言葉に、リズは何も言い返さなかった。本当に帰りたくないのね。


 まあ、無理もないか。


 祖父の言葉が引き金となり、リズは実家での生活をまざまざと思い起こしていた。

 先祖代々の広い領地と立派なお屋敷。それは一族の(ちよつ)(けい)(ちやく)(なん)、領主を務める者のみに所有を許された莫大な財産。一族に生まれ、一族の掟に忠実な者は領主の庇護の下、何不自由なく暮らせるように長い年月を掛けて整えられた特別な場所。


 だが、この母子は(ぼう)(けい)の人間なのだ。すなわち先祖が五代前の領主の五男で、その三男の息子の、そのまた四男の息子……というふうに、血族ではあるけれど、直系領主の血筋からは少し外れた家系の末裔だった。


 しかもリズは一族との縁を切り、外国に嫁いで出戻ってきた娘だ。両親が所有していたそこそこの個人資産は、娘が外国へ嫁いだおりに娘が相続する権利を剥奪されており、両親の死と共に領主によって没収された。


 無一文になった娘は、ギリギリの生活を保障する慈悲は与えてもらえた。しかし、子どもと一緒に城にある狭い一室へ押し込められ、小さくなって生活する毎日だった。


 ユーゴは頭が良いのを見出され、一族の役に立つよう、母親から1年間引き離されて泥棒一族の特殊技術を訓練された。

 優秀なユーゴは将来を見込まれ、一族のために働けば、いずれは一族の中で良い地位にも就けるとほのめかされた。


 そうすれば、母親も良い生活ができるだろうと……。


 そして一年後。ユーゴの訓練がおわると、リズと共に泥棒行脚の旅へ出された。

 高級ホテルや社交場を巡る日々は、意地悪な人だらけの領地にいるよりは気が楽だった。もっとも、厳しい監視の下で、良心の呵責に苦しみながら泥棒稼業をしなければならなかったが……。


 一族の冷たい目と冷たい仕打ちの数々が断片的に脳裏に浮かび、わたしはユーゴとリズがちょっぴり可哀想になった。


 リズの記憶から読み取れた泥棒貴族一族の首領は、かなり……いいえ、そうとう意地悪な人だ。旧時代的な女性差別主義者だわ。


 リズが首領の九番目の愛人になるのを断ったのが、意地悪に拍車をかける最大の原因になったみたいだけど。


 他の人がリズのことを可哀想に思って助けないように、わざとリズを嫌っている人を選んでリズの周囲に配置したり、監視人に任命したりしている。


 リズとユーゴはお互いの命を人質に取られていた。持ち歩ける現金まで厳重に管理されて、とても逃げられなかったのだ。


 祖父は、隣室に控えていたサアラを呼んだ。

 サアラの外見は20代後半の美しい女性。偶然にも金髪と緑の瞳がリズと同じだ。


 この姿はわたしの本当のおばあちゃまの姿を写したものではなく、我が家に代々伝わる魔術具の仮面から作り上げた『顔貌(かお)』なのだそうな。


 そういえば、我が家もいろいろ変わった伝統があるわ。ユーゴの泥棒一族ほどじゃないと思うけど。


「サアラ、ごくろうだった。『真昼の月と星、真夜中の太陽の光にかけて解放する。よどみなく眠れ』」


 祖父の言葉を聞いたサアラは……旅行中、わたしの祖母として世話をしてくれていた優しい人形は、コトリ、と停止した。床に、白い仮面が落ちた。美女の白い顔の奥は、がらんどうだった。

 服の袖口から、両手が、ポトリと抜け落ちた。その長さは肘までしかない。

 床にわだかまったドレスの中も空っぽだ。こんもりした布の山の下から、空色をした部屋履きの爪先だけをのぞかせていた。


「な、なんなのこれは……」


 リズがこわごわと覗き込んだ。まあ、この光景を見せられて腰を抜かさないなんて、度胸が据わっていて立派だ。


 ユーゴがわたしの左腕を突っついた。


「ねえ、何だよ、これ。これもおじいさんのマジックなのか?」


「ええ、操り人形よ。おじいちゃまの得意な魔術は人形遣い(パペットマスター)なの。サアラはもともとマジックの助手なんだけど、ふだんはわたしの世話が必要なので、最近はおばあちゃまのふりをしてもらっていたの」


 本物の祖母は数年前に亡くなった。……と思う。だってわたしが物心ついたときには家にいなかったし、祖父や両親からも、何も聞かされていない。


「パペットなら操り糸がついているだろ。何も付いてないのに、どうやって動かしていたの?」


 ユーゴは好奇心が強いのね。


 祖父はリズの前でサアラの種明かしをした。ユーゴには真実を聞かせてもいいだろう。


「これが我が家の生業なのよ、魔法で動く人形作りと、世界の果てまで見透す千里眼が。うちはいわゆる『千里眼の魔女』の家系なの」


 その血を受け継いだわたしも千里眼の魔女の端くれ。我が家はいにしえの魔法使いの血を引く家系なのである。


 祖父は床に転がったサアラの手と足首を拾い上げ、大型トランクの仕切りで分けられた場所へ片付けた。髪飾りとネックレスや指輪を拾い、床に落ちたドレスを掴んで適当にたたみ、すべてを大型トランクへ放り込んだ。

 ああ、ドレスをあんなふうに雑に片付けたら、しわだらけになっちゃう。あとで直さなくちゃ。


「すごいや!」


 ユーゴが興奮している。目をキラキラさせて楽しそうだ。


「なにがよ?」


 わたしはわざと冷たく返した。ドレスの管理がどれほど大変か知らない人には、わたしのイライラした気分は理解できないだろう。


「だって、君のおじいさんは本物の魔術師なんだろう? 不思議なことができるんだ。あ、君も本物の千里眼なんだよね」


 憧れと尊敬をたたえた目で見られるのは悪い気分ではないが。


「それがどうしたの。普通に生活しているのはあなたと変わらないわよ」


 あえてわたしは現実的に(さと)した。


 ユーゴはキョトンとした。

 やれやれ、彼にはわたしの言う『普通の生活』が何のことかわからないのだ。


 毎朝起きて、ご飯を食べて、お金を稼ぐために働いて、夜は眠ること。

 そんな当たり前の、人間らしい普通の生活が、何より得がたいものだと、彼はまだ知らない。

 これまで泥棒稼業暮らしという、特殊な環境下にいたユーゴの口は硬いはず。頭も良いから、わたしと祖父の秘密を護れるだろう。


 これからシャハロ魔術団のルールをしっかり教え込まなくちゃ。


 わたしは忙しくなる明日からの共同生活に思いをはせ、軽い溜息を吐いたのだった。

 



 三日前の夜、わたしと祖父は集めた情報を整理した。


 祖父は一枚の書類を手にしていた。

 依頼した私立探偵が持ってきたという報告書。一枚きりという、その情報量の少なさ。

 聞かされずともわかる、収穫は何も無かったのだと……。


「残念だが、二人がこの街に立ち寄った形跡は見つからなかった」


 祖父は、ごく、事務的に話した。


「故郷からこの街まで移動するルートを辿ってきたが、どの街のホテルにも、あの2人らしい夫婦連れが滞在した記録は見つからなかった。私の友人達も協力を惜しまなかったし、各地で雇った私立探偵も調べてくれたが……警察の死体安置所にも、それらしい遺体の記録は無かったそうだ。この街が終点だ。レンカ、私達の旅は終わってしまった……」


 最後の語尾は震えてかすれていた。


「ええ、わかっているわ」


 わたしはうなずいた。


 祖父は、意地悪で冷たいのではない。わたしが絶望に泣き出さないよう、あえて感情を抑えた喋り方をしてくれているのだ。


 だって、祖父まで動揺したら、わたしはもっと感情を揺さぶられちゃうものね……。


「この一週間、マジックショーを見に来た人の中に、お父さんとお母さんを見た人は誰もいなかったわ」


「そうだな、お前はもう知っていたんだな」


 祖父にしては珍しく弱々しい微笑みを浮かべた。


 わたしは、このホテルに滞在中、あらゆる場面で透視のアンテナを張り巡らせていた。

 目に入るすべての人の、ある特定の想念をチェックするために。個人のプライベートなぞいらない。探知すべきはわたしの両親の姿を見た記憶映像だ。


 どこかでわたしの両親を一瞬でも見た人がいればすぐにわかるよう、わたしの『探知する意思』を公演の会場中に張り巡らせていたのに――……わたしの両親が故郷へ向かう姿を見かけた人は、どこの街にもいないのだ。


「だが、何の痕跡も見つからないなんて、逆におかしいんだ。息子が学会に招かれたといってあの街へ行ったのは確かだからね。今度はどこかに見落としがないか、最初から調べ直してもらう依頼をした。それには時間がかかるそうだ」


「お父さんとお母さんは、絶対に生きているわ。わたしにはわかるもの」


 わたしは努めて明るい声を出した。


 でも、わたしの千里眼ですら手掛かりが見つけられないなんて、いったい2人はどこに隠されているんだろう。


 地下深い洞窟の奥にあるという冥府の底?

 人間にはけっしてたどり着けないという伝説の天空の城だろうか?


 いっそのことそうであれば、わたしに透視できないのも納得できるのに……。


「明日には手掛かりが見つかるかも知れないわ」


「ああ、そうとも。わしだって、視えないからといって、簡単にあきらめちゃおらんさ。……今日はもうおやすみ」


 祖父はわたしの頭をやさしくなぜた。


「おやすみなさい、おじいちゃま」


 わたしは精一杯明るい声で言ってから、寝室へ引っ込んだ。


 絶望なんかしない。

 でも、気がつくと涙が溢れて、目尻からつぎつぎと流れ落ちていた。


 わたしは泣きながら眠りについた。


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