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夜をのぞく水晶の眼  作者: ゆめあき千路
第四章 欧州へ向かう船

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20/22

(五)欧州へ向かう船、世界樹の夢

 どこまでも水色の空間だ。


 これは水? それとも青空?

 まばたきしたら、真っ青な海と白い波頭が現れた。


 海だ。


 わたしは甲板に立っている。

 船の二本の煙突から煙がたなびいている。大きな船。なんだか殺風景。豪華客船じゃないわ。甲板にデッキテラスがないし、カフェもプールも無い。


 貨物船、という言葉が脳裏に浮かんだ。


 さっきまでニューヨークの英国総領事館にいたのに、どうして貨物船に乗っているの?

 いまは西暦何年の何月何日?


 わたしは頭を抱えて考える。

 ここは夢なのか、現実なのか。深い眠りから覚醒したとき、わたしは自分のいる『今』がわからないことがある。


 ふつうの人がふつうに目覚めたら、眠りに入る前の昨日という日をどのように過ごしたか覚えているものだ。季節が春夏秋冬のどれで、自分が居る場所の地名まで、きれいさっぱり忘却はしない。


 だが、この状態のわたしは清々しいくらいに真っ白だ。昨日の自分のことも今いる場所も、思い出すのに数分かかることもある。


 旅に出る前はこんなにひどくなかった。目覚めた直後の記憶がどんなに曖昧(あいまい)でも、自分の部屋にいることだけは確かだから。


 だが、旅先では部屋が変わる。毎日違うホテルに泊まることもある。見知らぬ部屋の天井は記憶を呼びさますヒントにはならず、目を開けてからの数分間はわからない恐怖のあまり、軽いパニックに陥ることもしばしばあった。


 そんなときは、さすがに自分の体質を少々恨んだ。もっともそれで自分が何者かを思い出せたけどね。



 こうなる理由はわかっている。


 深い眠りの中、わたしは夢の向こうにある霊的な世界に行く。


 人の魂は眠りの間、夢の世界につながる無意識の世界で遊ぶ。夢にもいろいろ種類があるが、ふつうの人が見る夢は、心身を休めて魂を()やす精神世界の壮大な旅行である。


 わたしの夢も基本は同じ。ただし、普通の人よりも霊的な世界にずれやすいらしい。


 霊的な世界にもこれまたいろんな種類があるけれど、わたしがよくいくそこは、人類の記憶がたゆたう情報の海に近い。


 もういちど確認したい過去の出来事やこの世では失われた知識、複数の未来につながる運命の分岐点(ぶんきてん)片鱗(へんりん)が漂う広大な精神世界。ともすれば、人の運命すら変えてしまう重大な秘密が隠された記録の保管庫にもつながる、聖域ともいえる場所。行ければこの世のあらゆる事象を理解できると思えるが、そんなことはない。人の情報処理能力には限界があるのだ。


 膨大な情報はとんでもない巨大図書館のようなもの。読みたい本があれば、その本に関わる何かしらの情報を携えていなければ、目的の本は見つからない。それは数億万冊の本が並べられている果てしない本棚から、どこかにある一冊を探し出すにも等しい。


 わたしが先祖から受け継いだ千里眼と霊能力の体質は、その巨大図書館へ自分の意思で自由に入ることができる通行手形のようなものだ。


 ところが、熟睡しているわたしの無意識は、休息するための夢の時間でもそこをちょくちょく訪れるらしい。

 あらゆる夢の共通事項として、夢の世界では時間も距離も関係が無い。

 情報の海にどっぷり浸かった思考のままで現実へ帰還すると、いらない情報を整理して忘却するという処理が追いつかず、時間の感覚がおかしくなる。だから記憶も少々混乱しているのだ。


 はやく、早く思い出さなければ。


 わたしはここで何をしているの?

 ここでの目的はなに?


 次の瞬間、わたしは小さな船室にいた。


 シンプルなベッド。洗面台には青い縁の白いホーロー製洗面器と水差し。シャワールームは(せま)い。一つだけの丸い船窓から外が見える。二等船室だ。それ以下の船室は窓が無いらしいから。三等船室は複数のベッドがある大部屋だし。


 船窓から見える海の色はすばらしい青。海面はおだやかだ。


 ふいに、昨日の夜に船長が、航海は順調だと――もうすぐイタリアだと報告しにきた、という記憶が蘇る。


 どうしてイタリア?


 ニューヨークから英国のリバプールまでは一直線の航路。イタリアには行かない。

 それに船がちがう。わたしたちが欧州へ戻るのはアデル・オーレンドリアⅡ世号の一等船室を予約済みだったのに。


 祖父はわたしと魔法人形サアラがいるから、いつも部屋数の多い一等船室のスイートを取っていた。なのに、なぜ貨物船なの?


 そうしたら、唐突に理解した。

 これは未だ起こらざる夢の記憶だ。


 アデル・オーレンドリアⅡ世号は……。ボストンの港に停泊していた間に、エンジントラブルが起こった。

 それが、わたしと祖父がこの貨物船に乗った理由。


 わたしと祖父は、ニューヨークの英国総領事館を出たあと、ニューヨークのホテルに宿を取った。

 そこへマリナスさんから連絡があった。


 アデル・オーレンドリアⅡ世号は航海後の定期点検を終えたが、エンジンの稼働テスト中に、エンジンの部品に亀裂が発生した。故障はひどく、まるごと新しいエンジンを造らなければならなくなった。



 あのまだ暑かった九月初めの日、アデル・オーレンドリアⅡ世号は完全修理(オーバーホール)のため、船渠(せんきょ)と言われる船の修理工場へ運ばれた。新しいエンジンの建造には半年以上かかるし、ついでに他の部分も改造するという。


 祖父はどこにいるのだろう。

 わたしは廊下への扉を開けた。


「おじいちゃま、どこにいるの?」


 だが、そこは船の廊下ではなかった。


 一面の青。

 ただただ青い空間を背景にして、見上げた視界いっぱいに数えきれぬ枝を広げた緑まぶしい巨樹があった。


「世界樹だわ」



 ここは世界樹の生える丘。伝説の楽園にして水底の島ティル・ナ・ヌーグ。




 青に染まっていた景色が水に映った風景のようにゆらいで消えると、わたしは美しい緑の森にいた。

 わたしの前には、とてつもなく大きな木が生えている。


 樹幹の太さは、子供ならば三十人くらいで手を繋いで取り囲まないと一周できないだろう『精霊の宿る樹』。北欧やケルトの神話で『世界樹』と呼ばれる樹。

 だけど、本物じゃない。これは直感。何かの象徴として現されているんだわ。


 世界樹の前に、二人の美しい女性が立っている。

 わたしから向かって右側の女性は背が高く、金髪はまっすぐで腰よりも長く、目は海のように(あお)い。


「レンカ」


 優しい呼びかけ。そのイントネーションはわたしの亡くなった曾祖母(そうそぼ)が私を呼んだときとそっくりだ。豊かな胸元に繊細な彫金を施した黄金のペンダントが光っている。裾の長い簡素なワンピースドレスはいつか曾祖母から聞いたずっとずっーと昔の、ブリテン島に英国が出来るより何千年も前に住んでいたという人たちの衣装みたいだ。魔法使いがいたという時代、魔法が使えた女性たちの長。曾祖母に連なるわたしの遠いご先祖様。


蓮花(れんか)


 左側に立つ女性は、わたしの母と同じ日本人らしい発音で呼んだ。彼女は艶やかな黒髪を頭の両脇で丸い輪になるように結いあげ、赤い(ひも)と黄金の髪飾りを付けている。おおぶりなイヤリングも黄金細工だ。首飾りも黄金細工で、深い翠色(みどりいろ)の貴石をアラビア数字の9の形に磨いたものが(つら)ねられていた。丈の長い白いスカートに、透ける薄布(うすぎぬ)のショールを腕に(から)めている。


「よくここまで来てくれましたね、蓮花」


 懐かしいイントネーション。わたしのお母さんがわたしを呼ぶときと同じ発音。この人はまちがいなく日本人だ。

 二人に向かってなんと呼びかければいいのか迷っていたら、金髪の女性に手招きされた。


「こちらへいらっしゃい。この木のそばへ」


 わたしはゆっくりと近づいた。

巨木は(かし)の木だ。本物ではないけれど、世界樹の力の片鱗(へんりん)を宿しているもの。この二人がわたしをここへ招くために用意した、世界樹の役割を務めるための道具なのだ。


 黒髪を左右で輪に結った女性は、目尻や頬に(くれない)の染料で幾何学的(きかがくてき)な模様を描く独特の化粧をしていた。これは古代の日本で――はるか昔の縄文(じょうもん)という時代に――巫女(みこ)がしていた化粧だ。


 わたしはこんな化粧を見たことも聞いたこともないのにそれがわかった。この化粧とファッションが日本の古代世界の巫女のものだと理解できるのは、日本で研究をしている専門の考古学者ぐらいではなかろうか。


 彼女はわたしの日本人の母の血に連なるご先祖様だ。大昔の日本で神の声を直接聞ける巫女だった人。


「蓮花、これから起こることをよく見て、覚えて帰りなさい」

「未来のことですか?」

「そうです。あなたにしか見えない未来よ」


 突然、わたしの背後で、バタバタと慌ただしい足音がした。

 わたしは船に居た。

 船内の通路を誰かが走っている。

 船室のドアがノックされた。


「ミスター・シャハロウ、船長室へ来てください!」


 船員の白い制服の肩に付いている肩章(けんしよう)は黒字に金の線が一本。三等航海士(サードオフィサー)だ。

 祖父が部屋から飛び出していく。わたしも急いで後を追った。

 集まった乗客はわたしもいれて一四人。客船とは違い、貨物船に乗せても良い旅客は一二人までだ。わたしは乳母のサアラと祖父とで一家族としてカウントされている。


「地中海の真ん中でよくニュースが拾えたな」


 祖父が船長に話しかけている。


「短波ラジオだ。陸地が近いと、ときどき電波が届くんだよ」


 船長と一等航海士は並んで立っている。その前のテーブルにラジオがある。

 誰も一言も発しない。


「おじいちゃま……?」


 不安が大きくなっていく。


 ガガー、ピーッ!


 ラジオが不快な音をあげる。まるで悲鳴のよう。


 欧州のニュースだ。


 皆が息を詰めて耳を澄ます。


 船長がラジオのボリュームを上げる。


 ラジオからかすれた音が漏れた。


「ヒトラーがポーランドへ侵攻した」


 船長が告げた。


「ナチスドイツの戦車が、ポーランドの国境を越えたんだ」


 ラジオから聞こえるニュースを、船長が大きな声で皆に聞こえるように説明する。

 皆が顔を見合わせる。

 祖父が眉をひそめた。


「英国はポーランドの味方だ。戦争が始まる」


 船長は冷静だ。


「この地中海が戦場になる。いや、すべての海が危険な戦場になってしまった」


 船長は、一等航海士へ船の進路を変更する指示を出した。


――もう遅い。


 ギクリとした。これはわたしが思ったこと? それとも誰かが言ったの?


 なにかに引かれるように右へ顔を向けた。


 そこにいたのは黒づくめの男の後ろ姿。

 わたしが知っている人だと、なぜか思った。

 黒い制服と制帽にはドクロをデザインした記章が付いていると……。


 男がふり向いた。顔は暗く塗りつぶされている。わたしはこの男の顔を知らない。だから見えないのだ。

 男の口のあたりが動いた。



 今日は一九三九年九月一日だ。

 きみが来るのは遅すぎた。

 ご両親は強制収容所へ移送され、ほどなく処刑される。



 わたしの全身にぞわっと鳥肌がたち、喉から下はコンクリートの塊が詰まったかのように苦しくなった。頭のなかで教会の大きな鐘の音がグワングワンと鳴りひびいた。


 ちがう。これは嘘。まちがった運命。


 この男の姿は未来の可能性のひとつにすぎない。その象徴のカケラ。紙よりもうすっぺらい可能性の一場面が、たまたま見えただけ!


「あなたなんかに未来は渡さないッ!!!」


 わたしは黒い男を睨みつけた。


「さいごに勝つのはわたしよ」


 黒い男は消え、貨物船の船内も消えた。

 そこにはただ水色の空間が広がっている。

 怖くて体の震えが止まらない。でも、両手を拳に握りしめ、歯を食いしばる。そうしないとうずくまって泣き出してしまうから。


 後ろからふわりと抱きしめられた。金髪の巫女の体から立ち上る優しいローズマリーの香りがわたしを包んだ。


 わたしの頭の上で金髪の巫女が喋る。


「あなたとおじいさまはこれから欧州へ戻ろうとします。ですが、アデル・オーレンドリアⅡ世号はエンジンの故障で出港できなくなります。思わぬ足止めを喰らったあなた方はその後もトラブルが続き、米国での滞在を余儀なくされ、戸惑うでしょう。もしも旅立ちが一ヶ月遅れれば、事態は予想以上に悪くなるでしょう」


 わたしは背後からわたしを抱きしめている巫女の手をそっと触った。暖かな生きた人間と変わらぬ感触。心が(しず)まった。


 黒髪の巫女は、わたしの正面からわたしを見つめている。


「もし戦争が始まれば、あなたのご両親は英国へは二度と帰れなくなるでしょう」

「どうしてアデル・オーレンドリアⅡ世号のエンジンは壊れるのですか?」


 わたしはこれを訊かなくてはならない。

 未来に起こる出来事を、それに変化を起こすために、ここへ呼ばれたのだから。

 黒髪の巫女は右手を示した。


 わたしから向かって左の方、そちらの空中に、アデル・オーレンドリアⅡ世号が映画のように投影された。その映像はすぐに、船の内側にある機関室に切り替わった。


 作業員の人たちが楽しそうにお喋りしている。三人がタバコを吸っていた。

 その真ん中のおじさんがこちらを見た。

 わたしと目が合った。


「エンジンを構成する部品のネジの一部が、経年劣化で壊れかけているんだよ。普通の点検で気づけたら良かったんだが、残念ながら人間が目で見たくらいじゃわからない程度なんだ。点検が終わってエンジンを稼働させたら、その熱によってネジは破損する。機関部員が慌ててエンジンを停止させるが、もう遅い。小さな部品の破損から亀裂は大きく広がり、エンジンに取り返しの付かないダメージを与えてしまう。けっきょくエンジンをまるごと作り直さなくてはいけないんだ」


 タバコをくわえたおじさんは、その問題となる装置の部分へ指を置いた。わたしが見て覚えるよう、丁寧に指し示してくれてから、ちょっと肩をすくめた。おじさんはタバコの煙をふかし、仲間との談笑にもどった。


 金髪の巫女が右手を振ると、おじさんたちは消え、問題の故障する部品の部分だけが大きく映し出された。


「エンジンを稼働させる前に、あの小さなネジの部分を交換できれば……!」


 わたしは金髪の巫女から一歩離れた。


「アデル・オーレンドリアⅡ世号は予定通り出航できるでしょう」


 金髪の巫女はわたしを見下ろし、微笑んだ。


「蓮花、この比礼(ひれ)をあげましょう」


 黒髪の巫女が、わたしの頭へ薄布のショールをふわりとかぶせた。

 最後に聞こえたのは黒髪の巫女の声。


 あなたの(まも)りになるわ。







 りーん、りり……!


 チン。


 電話の音が途切れ、わたしは目覚めた。


 ドアがノックされる。

 わたしの返事をまたず「レンカ、起きなさい」祖父がドアを開けかける。


「おじいちゃま、わたしは貨物船には乗らないからねッ!」


 ベッドから飛び起きるや叫んだわたしに、細く開けたドアから顔を覗かせていた祖父は、目を丸くした。

 しかし、そこはわたしの祖父。


「あー、その様子だと、なにか夢を視たんだな。重大そうならそれを先に聞こうか?」


 わたしは自分の見た夢の、覚えているその内容を、ひとかたまりのイメージとしてまるごと祖父へ送り渡した。いわゆる心話(テレパシー)だ。こんなとき、わたしや祖父のような人間はいちいち口で説明しなくても一瞬で伝わるので非常に便利である。


 わたしは先にマリナス氏へ連絡するように頼んだ。

 祖父はアデル・オーレンドリアⅡ世号のオーナーであるマリナス氏へ電話した。


 わたしは急いで夢で見た光景を思い出しながら、スケッチブックに船のエンジン装置の絵を描いた。機械のことを何も知らない子どもが描いた簡単な図解だけど、この機械のことを知っている人に見てもらえれば、何を表現しているのかをわかってもらえるはずだ。


 わたしの描いた図は、ホテルからマリナス氏の元へFAX送信された。

 これで大丈夫。アデル・オーレンドリアⅡ世号は予定通りに出航できるだろう。


 それからわたしたちは大急ぎで支度をしてホテルをチェックアウトし、ニューヨーク行き列車へ飛び乗った。


「世界樹と二人の巫女(シャーマン)か……」


 食堂車で朝食を取って個室(コンパートメント)へ戻ると、新聞を広げた祖父がつぶやいた。

 わたしはあのとき間近で見上げた金髪の巫女の顔を細部までありありと思い出した。古代ケルト神話の女神のような美女だった。


 そういえば、金髪の巫女の耳にはイヤリングが付いていた。どこかで見たことがあるようなデザインの、巫女の青い瞳の色と同じ宝石の付いた素敵なイヤリングだ。きれいな耳の形を覚えている。


 なんとはなしに、祖父の耳を見た。

 あの金髪の巫女の耳と、耳たぶの大きさまでそっくり。


 車窓に映る自分の耳の形を確認する。わたしたちの耳の形にはあきらかに共通点がある。顔立ちにも。これは直系の血縁者特有の類似点に他ならない。


「あれは、ひいおばあちゃまなのね」


 あの青い宝石のイヤリングは、曾祖母のお気に入りだった。わたしが形見にもらったけれど、身に付けるには若すぎるから、大切に家の宝石箱へ仕舞ってきた。

 亡くなってからは一度も、夢にも出てきてくれなかったのに。


 わたしの夢のイメージを見た祖父はとっくに気づいていたのだろう。


「若い頃は美人で有名だったからな。綺麗な姿で出てきたかったんだろう。霊界では好きな年齢の姿になれるから。それより……その、レンカ」


 祖父は新聞をたたむと表情を引き締めた。


「リバプールで降りたら、おばあちゃんに会っていくかい?」


 祖父は、わたしを祖母の居る女子修道院へ預けることを(あきら)めきれないらしい。今後のドイツの未来を考慮すれば――わたしが二人の巫女から見せてもらったドイツが戦争を起こす未来へ向かうと知っていれば、なおさらだとは思うけど。


「ううん、ドイツから帰ってからにするわ。わたしがおばあちゃまを迎えに行く。そのときはお母さんも一緒に行くから」


 わたしの宣言に、祖父は何も言わなかった。

 わたしは必ず父と母を無事に連れ帰る。万が一そうならなかったときは……。なんてことは、口が裂けてもいうもんか。


 わたしが祖母に会うのは父母と一緒に帰ってきてからだ。


 このわたしが、静かな女子修道院で祖母と二人、不安と恐怖で張り裂けそうな心を(なぐさ)め合いながら祈りつづける生活を送るなんて、まっぴらごめんだもの。





 祖父からの連絡を受けたマリナス氏は、すぐに船の修理工場である船渠へ連絡をいれ、わたしの描いた解説図を持って自分も船渠へ駆けつけた。


 アデル・オーレンドリアⅡ世号の内燃機関の修理は、その日の真夜中までかかったが、日が変わる前に完了した。


 エンジンのタービンを回す装置の、心臓部にあたる部分に使用されていた小さなネジが一本、外観にはさしたる異常は認められなかったが、念のためにそのすべてを新品と交換してから外したネジを詳しい検査にかけたところ、経年劣化のために折れやすい状態になっていたのが判明した。


 内燃機関の部品は定期的に交換修理されているが、今後はその周期を早めることになったそうだ。




 アデル・オーレンドリアⅡ世号は、予定通り出航した。


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