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夜をのぞく水晶の眼  作者: ゆめあき千路
第四章 欧州へ向かう船

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(二)導きの風と銀フクロウ

「明るい灰色の何かがふわっと飛んでいったみたいだ。形はわからなかったけど……」


 ユーゴは、風が吹きぬけた方向を目で追い、何も見えなかったので首を傾げていた。

 わたしとちがい、銀色の翼までは確認できなかったらしい。


「おじいちゃまのお(つか)いの銀フクロウよ」


 じつは、霊能力を封じられている今のわたしには、銀フクロウの確固たる姿は見えていない。察知した気配から、祖父がわたしの迎えによこした銀フクロウだと推測(すいそく)したのだけど、間違いないだろう。

 ユーゴが驚かないのには理由がある。


 船旅の間、わたしの祖父に魔術に関する話を聞かせて欲しいとせがんでいたのだ。トリックではない、本物の魔術のお話である。

 子どもに甘い祖父は、魔術的知識の中から、普通の暮らしにも役立つ実際的な知恵の部分をわかりやすくユーゴへ話してやっていた。


 たしかに祖父の話は面白い。その内容は哲学やシュタイナーの神智学、普通の算数から欧州の歴史、さらには失われた古代文明の謎まで多岐(たき)にわたっていた。

 魔術やオカルトに興味が無い人が聞いてわかるのかしら、という要素も大いにあったけど、ユーゴは楽しく聞いていた。


 そういえば、外国でコソ泥に盗まれた魔術道具を、銀フクロウの使い魔に命じて取り戻した話もしていたような……。ああいうお話は、冬の炉端で語られる大昔の魔法使いが出てくるおとぎ話と変わらないもんね。


 ユーゴはこの先の人生で、インチキなオカルトや魔術師に(だま)されないと思うわ。

 わたしと祖父の実態を知って、本物がどんなものか理解してしまったもの。


 ユーゴがけんめいに銀フクロウを見ようと目をすがめているので、わたしは銀フクロウが居る位置を示してあげた。


「そこのベンチの上。突き出た木の枝の、少し上辺りを横目で見てみて!」


 ユーゴは、わたしが目には見えない『銀フクロウ』が来たと言い出しても、わたしの頭がおかしくなったとは思わない。

 わたしの言葉はわたしの意見として尊重してくれ、ユーゴ自身の肉眼で見えている現実を、冷静に分析して考えている。


 ユーゴは賢い。いたずらっ子だと思ってたけど、賢者だわね。……迷子にもならないし。


「うん、なるほど、あのあたりだね。白いもやみたいなものが浮かんでいるような……」


 銀フクロウ。銀の羽を持つ猛禽類(もうきんるい)の姿をした精霊、真夜中の森の賢者。


「そういうときは無理に見ようとせず、視界の端で捉えるほうがわかりやすいのよ。覚えておいて」


 霊能力があるときならば、わたしには生きた鳥と変わらない姿として認識できる。

 魔術師の使い魔というと、いかにも魔界の深淵(しんえん)から召喚された小さな悪魔(ガーゴイル)みたいに聞こえるが、この銀フクロウは祖父が純粋な想像力で作り上げた人工的な精霊。

 いわゆるおとぎ話に出てくる魔法使いを助ける妖精とか精霊みたいなイメージそのもの。


 白いフクロウに似た幽体(アストラルボディ)を持ち、知能まで備えている。その思考は創造主の魔術師から与えられた指示の(かたまり)にせよ、与えられた命令を忠実に遂行(すいこう)し、必要とあらば人間の命さえ奪うほどの、独自の魔力を帯びているものもあるのだ。


 そこはあくまでも、創造主たる魔術師の力量次第だけどね。


 アイスクリームを食べ終えたわたしたちは、街中の道を早歩きで進んだ。






 銀フクロウの白い影は、わたしたちが歩く少し先を、ふわーり、ふわり、飛んでいく。


「ねえレンカ。お(つか)いが迎えに来たということは、おじいさんは、レンカが公園に行ったのを知っていたってこと?」


 肉眼では見えないユーゴも、ときおり視界の端に白い影を捉えるようで、わたしが気になる方向と同じ方向と気にしている。


「ううん、知らなかったと思うわ。だから銀フクロウが探しに来たのよ」

「レンカはどうしてあいつらを尾行して来たの?」

「公園で見つけたのは本当に偶然なのよ」


 わたしは宿泊するホテルのロビーで、とうとつに霊視してしまったことを説明した。


「出会い頭の衝突事故みたいなものね。良かったことは、数ヶ月か数週間前までお母さんが確実に生きていた、という証明が得られたことだけど」

「ふうん、あいつらがレンカの両親の失踪、いや誘拐に、関わっているのか……」

「他の人に見せられるような形ある証拠は無いけど、わたしの千里眼の保証付きよ」


 こういうとき、ユーゴが事情を知っていてくれて助かるわ。「千里眼なんてインチキだから信じない」という頭の固い人に千里眼の真実を説明するのは、たいへんなのよ。


「あいつらはさ、フランスやスペインの社交場やパーティには必ずいたよ。おまけにお母さんの一族の頭領はバカのうえに、ナチの思想が大好きなやつだったんだ」


 泥棒一族の首領は、その傲慢(ごうまん)な性格に共鳴するファシズムとヒトラーの思想に傾倒していたという。


「だから、首領はあいつらの金持ちを標的にしろという指示は出してこなかった。でもね、一族には賢い人もいたんだ。少数派だけど」


 その賢い人は一族の首領も一目置かざるを得ない実力者で、ナチスについての情報を集めて分析し、ナチスの秘密警察(ゲシユタポ)が組織として統制が取れており、下手な警察よりも優秀だとユーゴにも教えてくれたそうだ。


「その人はきちんと調べて証拠を揃えてから『ナチスは危険だから近づくな』って皆に警告したんだ。もしも奴らに稼業がバレたら最後、領地も財産も取られて、一族は皆殺しにされるってね」


 ゲシュタポに目を付けられたら最後、何人(なんぴと)も逃げるのは難しい。だから一族はヒトラーが政権を取った一九三三年の五月からは、ナチスドイツの勢力圏では『仕事』を控えていたんだって。


 泥棒貴族の一族にとって、一族の利益は何よりも優先される。

 その賢い人のおかげで、さすがの首領もナチスの危険性を理解し、表向きは地元の名士としてナチスに追従したが、個人的にお近づきになるのはやめたそうだ。


 その賢い人はすごいわ。千里眼みたい。


「ゲシュタポはナチスドイツにとって邪魔になるものを、世界中で消して回ってるっていう噂がある。アメリカにもファシストがいるって、マリナスさんからも聞いたよ」


 マリナスさんはファシストを嫌っているそうだ。親戚にファシズムに傾倒している人がいて困っているとか。お金持ちはたいへんね。


「ファシストは英国にもいたわ。最近は少ないらしいけど」


 英国人はファシズムを好まない。王さまを敬愛している人が多いから。

 なによりファシズムのイヤな感じって、英国人の好きな優雅なお(アフタヌーン)茶の時間(ティータイム)とは相容(あいい)れないものがあるのよね。


「そういえば、ユーゴはどうしてこの公園へ来たの?」

「観光名所の見物だよ。この公園は、英国から移民してきた人々の歴史ある記念碑とか、もっと古い、今はもういないアメリカ先住民族の史跡なんかもあるんだって」


 それも今朝の朝食の席でマリナスさんが話してくれたという。マリナスさんご夫妻はリズとユーゴを家族のように接してくれているそうだ。良かったわ。


「わたし、アメリカの西にはまだ、西部劇の映画みたいに、馬に乗ったカウボーイや列車を襲う強盗団がいるのだと思っていたわ」

「西部劇はとうに昔のお話だよ」


 まあ、当然か。もう馬より自動車の時代よね。スピードが断然違うし、先の世界戦争には飛行機も戦車も使われたもの。


「最近は先住民族が作った工芸品の価値なんかが見直されていて、戦場跡で発掘される古い武器とかも、高額で取引されるんだってさ」


 ユーゴはちょっと笑った。無知なわたしを馬鹿にしたふうではなく、わたしとのお喋りが楽しいみたい。


「カウボーイは普通にいるよ。牧場で働いている人たちのことだから。アメリカは欧州より牛肉をよく食べるんだってさ」

「それも今日マリナスさんに教わったの?」

「ううん、半分はフランスにいたとき勉強したんだ。ほら、僕の仕事……じゃないけど、宝石や美術品は、アンティークが多いだろ。そういった物の価値を正しく見る目を養うには知識も必要なんだ。歴史や世界情勢に関する勉強はさんざん詰め込まれたよ」


 ユーゴはマリナス氏にこの公園の歴史の話を聞いたので、街を見るついでにこの辺りの見物にきたという。


「それでレンカと会えたんだ。だから、これはきっと運命だよ!」

「そんな大げさな……」


 わたしの恥ずかしい迷子を、壮大な運命の出会いにして欲しくない。


 わたしたちはホテルのある道まで急ぎ足で移動した。


 銀フクロウの輝く影はわたしたちの数メートル前をチラリ、ヒラリと飛んでいく。

 そして、ユーゴのあやまることない正確な道案内で、一五分も経たないうちに、わたしの泊まるホテルが見えてきた。

 なんだ、すごく遠くまでいったように感じたのに、こんなに近かったのね。


 もう少しでパーカーホテルの前、というところで、ユーゴは急に歩く速度を落とした。


「レンカ、ちょっとこっちへ来て!」

「なーに?」


ユーゴはわたしを、建物の陰へ引っ張り込んだ。


「レンカ、これを。ほら、早く隠して!」


 ユーゴがわたしの右手をとって押しつけたもの。

 ヴィルヘルム・シュルツ。

 ドイツ名の名刺。

 ユーゴがお財布をスリ取り、わざと地面に落として拾ったフリをした財布の持ち主の名刺だ。


「なんで、こんなの……!?」


 わたしは名刺のカードを、慌ててワンピースのスカートの隠しポケットへ仕舞った。


「レンカのおじいさん以外、ほかの誰にも見せちゃダメだ。これがあればレンカならいろんな事がわかるんだろ。きっと役に立つよ!」


 ユーゴはわたしがホテルのロビーに入るまで一緒にいてくれた。

 こういった高級ホテルは子どもだけでは入れてくれないことがあるけど、ドアボーイのおにいさんがわたしのことを覚えていてくれて、ユーゴと一緒に通してくれた。

 ユーゴとはロビーで別れた。


「じゃあね、レンカ。また会おうね!」


 ユーゴは元気よく手を振り、回転ドアから出ていった。

 申し分のない紳士だわ。

 きっとリズの教育が良かったんだわ。


「レンカ」


 振り返ると、祖父がいた。






 祖父が、わたしがいないことに気がついたのは、用事を終えて部屋に戻ったつい半刻ほど前のこと。

 室内の痕跡から、わたしが近くに居ないと読み取った祖父は、魔術で銀フクロウを出現させ、わたしの探索へ放った。


 銀フクロウはわたしを見つけるとすぐに祖父へ、わたしの映像を送った。祖父はただちにわたしを迎えに行くべく、ロビーへ降りてきたところで、ロビーに入ってきたわたしと、回転ドアから出ていくユーゴの後ろ姿を見たのだった。


 じつのところ、祖父はホテルから一歩も出ていなかった。


 祖父が出かけたと思い込んだわたしが、部屋を出て階段を下りてロビーへきたとき、祖父はまだホテルにいた。ロビーの片隅にある電話ボックスで、アメリカ在住の知人へ電話していたのである。


「ごめんなさい、おじいちゃま……」


 これは全面的にわたしが悪い。ひとりで変な方向へ悩んだ果てに、祖父があの男達を探しにいったと思い込み、外へ飛び出したのだ。


「まさかお前が、道がわからず迷子になる日がくるとは、想像もしなかったよ」


 祖父はわたしをつれて部屋に戻った。

 そうして最初のお説教が始まる直前に。

 わたしのお腹がまた鳴いた。


 祖父はお説教を後回しにして食事を頼んでくれた。


 サクサクのパイ皮で蓋をしたボストン名物のクラムチャウダーをきれいにたいらげ、デザートのボストンクリームパイを食べ終わる頃には、わたしがホテルを飛び出してから公園でユーゴと出会った事まで、あらかた話し終えていた。


 わたしはユーゴにもらったドイツ人の名刺を祖父へ差し出した。

 祖父だって千里眼。隠し通すなんて無理だ。挙動不審な態度でいたら、どうせバレるんだから。


「それでアイスクリームの店の前でユーゴはその男に近づき、財布をスリ取って、名刺を抜いたわけか」


 祖父は手にした名刺をジッと見つめた。うん、霊視で名刺から情報を読み取っているのね。でも、それにしては反応が薄いような……。あのドイツ人は、けっきょくたいした情報は持っていなかったのかしら?


「ユーゴは何も盗んでいないわ」


 そこは肝心だ。わたしは言葉に力を込めたが……。


「お金は盗んでいないが、黙ってスリ取られた名刺ならここにあるよ」

「う、それは……そうだと、わたしも、思うけど……」

標的(ターゲツト)に気づかれることなく財布をスリ盗り、中身はそのままで地面へ落とし、見つけたふりをしてその店へ届けたんだな」


 祖父はユーゴのスリの腕前にちょっと感心していたふうだったが、わたしたちが予想外に危険な行動をとっていた知ると、怒るより呆れかえった。


「レンカ」

「はいッ!」


 わたしはビシッと背筋をのばした。


「行動力があるのと()(ぼう)なのはまったく(こと)なるんだぞ。お前たちはものすごく危ないことをしたんだ。そのドイツ人たちはナチスドイツだ。つまり、とても危険な連中なんだよ」

「ここは米国(アメリカ)よ。大勢の普通の人たちがいる昼間の公園で、いきなり暴力をふるったりはしないでしょう?」

「人目のあるところではな。しかしだ、そいつらがユーゴのことを生意気なスリの小僧だと思い込み、真剣に怒ったらどうなると思う? この街に住んでいる者ならどこへ隠れたって探し出す方法はあるんだぞ」

「マリナスさんのお家にいても?」

「関係ないね。この辺りに影響力を持つ裏社会の連中へコンタクトを取り、金を積めばすむことだ。そうしたらユーゴは明日にでも探し出されて連れて行かれるだろうね」


 裏社会、という言葉に、わたしはちょっとだけ、びくりとした。


 この旅を始めるにあたり、祖父から注意されたことがたくさんある。

 とりわけ、『裏社会』というものについて、何度か説明された。


 イタリアやアメリカだとマフィアとかギャングとか呼ばれているのが有名だけど、どこの国でもそういったものはあるそうだ。


 そういえばリズとユーゴも、言い方を変えれば先祖代々プロの窃盗集団という犯罪組織の出身だったわ。

 一般常識では、そういう人々とはけっして関わってはいけないのである。


「まあ、被害は無かった、と思われているようだ。通りすがりのスリの小僧に、そこまでの金を掛けることはないか……」


 祖父は黙り込み、なにやら考えていた。


「好奇心が強くて行動力があるのはいいことだが……お前を放っておいたら何をするかわからんな」

「二度としないわ。地図を知らない場所では、透視ができても、勝手に出歩いたりしないと約束するわ」


 心底、懲りたもの。

 わたしもユーゴのように地図を一度で暗記して、迷子にならないように街を覚えながら歩ければいいんだけど。あれはちょっと真似できないから。


「ひいおばあちゃまと第三の眼にかけて、誓うわ」


 第三の眼というのは、まさに霊視する霊能力の代名詞だ。

 曾祖母は、こと霊能の修行については厳しい人で、わたしはたくさんのことを教わった。母がいなくなってからは、育ての母ともいえる人。だから、もしも曾祖母を裏切るようなまねをするくらいなら、わたしは死んだ方がマシだと思っている。そのくらい、大切なもうひとりの『母』なのだ。


「――そうか。レンカ、今日は疲れただろう。もう休みなさい。残りの話は、明日ゆっくりすることにしよう」


 わたしが海の底より深く反省したのが祖父に伝わり、封じられた霊視力を解放してもらえたのは、夕食が済んでから1時間が経過した頃だった。


自分の部屋で一人になったわたしは、ワンピースの隠しポケットから、ユーゴにもらった名刺を取り出した。

 祖父はドイツ人の名刺を処分することなく、わたしへ返してくれたのである。


「おまえも気になるだろうから、自分できちんと霊視してから、責任を持って処分しなさい」だって。


 わたしは名刺をジッと見つめ、集中した。印刷してある名前の主を、この名刺を持っていたその人のオーラの残滓(ざんし)を読み取って、わたしの霊的な眼はこの世ならぬ世界へと飛翔する――……この名刺を糸口に、持ち主の情報をたぐり寄せて……。


「あ、あれ?……」


 わたしは名刺を持った手を、膝の上にぽとりと置いた。


 情報は簡単に読み取れた。

 この人は、わたしの母を知らない。わたしの母を見たことなんか無い人。

 当たり前だ。

 ちがう人だから。


 わたしが視た母の記憶を持つ男は、この名刺の持ち主の隣にいた人だった。





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