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夜をのぞく水晶の眼  作者: ゆめあき千路
第四章 欧州へ向かう船

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(一)アイスクリームとそれぞれの代償

 アイスクリームの売店前から、男たちは去っていった。


 と、わたしの背後で気配。

 木陰からひょっこりユーゴ! その手に大盛りアイスクリームを持って。


「お待たせ! さあ、行こう」

「どこにいってたの?」

「すぐここへ戻っていたよ。はい、チョコとバニラ!」


 ユーゴはアイスクリームを(うやうや)しく差し出した。コーンカップに盛り付けられた少し溶けかけている山盛りのチョコアイスとバニラアイス。わたしのこぶし三つ分くらいある。


 あの売店のおにいさんはずいぶん気前のいい人ね。


 あの財布の持ち主が現れたら、アイスクリーム二個分以上のチップを絶対もらえると考えての行動だったから、賢いんだけど……。ユーゴのやったことを考えると、(だま)して悪いかったような気もするし、素直に喜べない。


「半分こしましょうよ。コーンは二つあるわ」

「君が食べて。僕はお腹が減ってないから」

「大きすぎるのよ。ほら、こっちのコーンを持ってちょうだい」

「んー、わかった」


 ユーゴはチョコアイスの上に乗っかっている二個目のコーンカップをつかみ、それでアイスクリームの上半分をえぐり取った。ユーゴが取った方はチョコの割合が多く、わたしのほうはバニラが多い。

「レンカはどっちが良い?」


 ユーゴが選択権をくれたので、わたしはありがたくチョコレートの多い方をいただいた。祖父は普通のチョコレートケーキはいくら食べてもいいというのに、なぜかチョコレートアイスの食べ過ぎはよくないといって、あまり買ってくれないのだ。


「ホテルへ戻ったらすぐお金を返すわね」

「いいんだよ。僕はいまお金持ちだから。レンカのおじいさんから、ちゃんとお給料をもらってたから」


 アデル・オーレンドリアⅡ世号で、ユーゴはシャハロ魔術団の団員だった。

 祖父はリズとユーゴにきちんと給料を支払っていた。日割り計算をして明細書まで作成したというから、どれだけ律儀(りちぎ)なんだか……。それはサラとジュードという臨時雇いの団員がいた証明書でもあったけど。


「これは僕がじぶんで働いて得たお金だから、僕が自由に使ってもいいって、お母さんは言ってくれたんだ」


 ユーゴは初めての『お給料』をリズに全額渡そうとしたそうだ。


 そうしたらリズは、泣いて断ったんだって。


 でも、悲しくて泣いたわけではない。

 ユーゴが母親思いの賢い少年に育ってくれたから、その成長がうれしくて泣いたのだ。


 ユーゴが生まれて初めて、正しい方法で稼いだお金。まっとうな仕事で得た報酬である初めての大切なお給料は、自分で責任を持って管理しなさい。と、リズはユーゴに教えた。


 自分で自由に使えるお金はとても大切なのだと。


 リズは遠い異国である日本で夫を亡くしてから、お金ですごい苦労をした。

 だから、自分の自由になる財産を持つことがどれほど大事なことなのか、骨身に()みて知っている。

 もしもリズが夫を亡くしたとき、リズ自身に十分な財産があれば、日本で暮らし続けられたかもしれない。フランスへ戻らずにユーゴと二人、生活できたかもしれない。


 わたしの祖父に助けてもらえるまで、リズとユーゴは何度もそのことを考えただろう。


 そう思うと、ユーゴがホテルで誘拐されたのもすごい偶然よね。あの事件が起こったから、わたしはユーゴのことを透視して助けた結果、祖父は未亡人になったリズと再会することになった。

 もしもあの事件が起こらなければ、祖父はリズが同じホテルに居たことも、再会することもなかったかもしれないのだ。


「ユーゴの初めてのお給料での記念すべきお買い物が、わたしのおやつでごめんなさい……」


 反省だわ。

 なんだか恥ずかしい。

 あ、でも、わたしも初めてもらったお給料は、食べたいお菓子を買ったっけ。

 これでもシャハロ魔術団の花形である。千里眼ショーや占い相談の対価としてきちんとお給料をいただいているのだ。

 いまのところは特に使い道も無いので貯まるばかりだけど。


「なんで? 僕は逆にすごい良い記念になったよ。絶対に忘れないから!」

「わたしも忘れないわ。ここでユーゴに出会えて助かった、ユーゴは命の恩人だもの」

「オーバーだなあ、レンカは!」


 ユーゴは笑っているけど、わたしはものすごく真面目だった。

 祖父はわたしの霊能力を一時的にしろ、完全に封じた。

 だが、わたしは何かに引かれるようにこの公園へやって来て、父母の手掛かりの片鱗であるあの男達を見つけた。


 日頃から幸運には自信がある。これはわたしの体質的なものだけど、それにしても今日の偶然は、できすぎている。


 ひょっとしたら、わたしの中のほんとうのわたし、わたしの〈潜在意識のわたし〉のなせるわざかもしれない。


 ふだんは意識できない〈潜在意識のわたし〉は、こうして思考しているわたしよりも賢いのだ。その〈わたし〉が何かを感じる方向へ来た可能性も考えられる。

 結果としてわたしはユーゴと再会でき、助けられた。これを幸運と言わずしてなんといおうか。


「ねえ、ユーゴはあの人たちを間近で見たでしょ。ドイツのどの辺りから来た人なのか見当がついた?」

「あれだけじゃ、そこまではわからないよ。あの人、英語で話しかけてきたんだ。ドイツ語っぽい訛りはあったし、顔立ちの特徴もドイツ系だとは思うけど……。でも、隣にいたイヤな目つきのオッサンはドイツ人じゃないと思った」

「どうしてドイツ人じゃないと思ったの?」


 ああ、悔しい。こんなとき、ユーゴの見たものを霊視できれば簡単なのに。


「あんなふうな奴らをフランスで見たことがあるんだ。あいつらはドイツ周辺国の、併合された地域の人間だと思う。ドイツ人ってさ、ナチスが宣伝するほど明るい金髪碧眼(きんぱつへきがん)の人っていないんだよ。そういう人はもっと北の方の国に住んでいる人たちなんだって」


 そういえば、そうだわ。北欧諸国の人たちの方が、金髪とか白ッぽい金髪とかの薄い色が多くて、瞳の色も明るい色の人が多いんだっけ。


「ユーゴって、詳しいのね。そっか、あの人たちはドイツ系の人なのは間違いない、と……」


 わたしたちはアイスクリームを食べながら歩き出した。


「そういやさ、目つきの悪いちょっと年上のオッサンの方は、なんだかSS(エスエス)ッぽいと思ったんだ」


 ユーゴはコーンカップをバリバリ(かじ)りながら言った。お行儀が悪いとは思わない。わたしも同じ食べ方をしているから。だって早く食べないと、アイスクリームが溶けてしまうもの。


「エスエスって?」

「ナチスドイツの親衛(シュタッツ)(シュタッフェル)、略してSS」


 ユーゴは急に声をひそめた。まるで誰かに聞かれたら危険なことのように。


秘密警察(ゲシュタポ)もクソ野郎の集まりだけど、SSも頭のイカれた連中ばっかなんだぜ」


 囁き声でユーゴは言った。


「よく知ってるのね」


 わたしはユーゴの知識に感心した。

 ナチスドイツのことは、わたしも新聞に出ていることくらいは知っている。他は祖父から教えてもらったファシストの定義くらいかしら。一般市民の人は、ナチス党やヒトラー、黒シャツ隊の存在しか知らないと思ってた。


 リズとユーゴが仕事で旅行したのはフランス、オランダ、モロッコ、スペイン、スイス。ドイツには行っていないわ。それでもどこかの国で、ナチスに関わっている人たちを見たのだ。

 ユーゴはいたずらっ子だけど、さっぱりした性格の持ち主。そのユーゴが遠いアメリカにいてさえ、思い出したら顔をしかめちゃうようなイヤな人たちだったんだわ。


 いったい欧州(ヨーロツパ)はいま、どうなっているのだろう。


 なんだか嫌なイメージが心に浮かぶ。


 まるで世界地図の上に、ドロドロとした黒い泥の渦巻きがあるみたい。

 渦の中心があるのはどこかしら。

 それがわかれば、わたしの両親が居る場所もわかる気がするのに……。


 わたしが未だ見ぬどこかの国へ思いを馳せた、そのときだ。


 一陣の風が吹き抜けた。


 地面から花びらが舞い上がり、風と共に飛んでいく。

 その瞬間わたしの目に残ったのは、幻影めいた銀色の翼の羽ばたき。


 なんてラッキー!

 お迎えが来たわ!

 帰れば祖父のお説教だけど、あまんじて受けるしかないわ。

 勝手に飛び出してきたわたしが悪いんだし。


 あの男達のことはいったん忘れよう。

 どうせいまのわたしには、あの男達が近くにいたって、何も視えないんだから……。






「スリでなければレジスタンスだと? 」


 やや年配の男の言い様にもうひとりの男は鼻で笑った。


「あんなガキが訓練された兵士なわけがないだろう。考えすぎだ。ここは米国だぞ」

「そうかな。足がつかないように、スリの小僧を雇ったのかもしれん」


「だったら、どうして俺の財布の現金は無事だったんだ? プロのスリでなくとも手癖(てくせ)の悪いガキなら、財布から札の一枚くらい抜いてるんじゃないか」

「目的は別にあったのかもしれん。あの男の子がFBIで訓練された諜報員ならな」


「おいおい、あんた方SSはどこまでひねくれてるんだ。疑心暗鬼もほどほどにしとけよ」

「我々も各地のユーゲントで優秀な子どもを育成しているのではないかね? FBIのフーバーが同じことを考えないとは限らないだろう」


「こののんびりした景色を見ろよ。欧州とは違う、危機感の欠如しまくった米国のどこにそんな風潮があるんだ。俺は子どもが子どもらしくないってのも、気にいらないタチでね」

「優秀な若者により高度な良い教育を与えてやるのは我々大人の義務ではないかな。君はもっと懐疑的になりたまえ。外国人の子どもとて油断はならんのだ」


「あ、おい、見ろよ、女の子がいたんだ。近くで隠れていたんだな。アイスクリームを食べてるぞ!」

「なるほど、おおかた財布を拾ったフリをして礼金をせしめるたぐいの、常習犯ってところか」


「アイスを食って笑っている方がガキらしくていいぜ。これで納得したか?」

「はッ! 可愛い女の子の前で見栄(みえ)を張りたかった悪ガキだったか」


「時間を無駄(むだ)にしたな。行こう。ぐずぐずしてると飛行船の時間に遅れてしまうぞ」


 生け垣に囲まれた公園の、小高い丘の上にある展望台から、二人の男は歩き出す前のユーゴとレンカの様子をオペラグラスで眺めていた――他に人の来ない展望台で、海を眺めるフリをして。

 彼らは、ユーゴとレンカがアイスクリームを食べ終える前にオペラグラスを片付け、立ち去った。


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