その4
ジャリ、ざら、から……ごろ。
かっ、ころころ……ぽちゃん……。
他に音がしないからだろうか。足元でなる音が、あちこちから聞こえてくる。
気分はまるで、洞窟でも探検しているかのようだ。いや、あながち間違っていないのかもしれない。
すでに、数メートル先は暗闇という、ほとんど洞窟そのものだ。ライトがなければ、探索もままならなかっただろう。
「ん? なんだこれ」
「どうした」
横を向けば、無言でマークがライトを揺らす。その光の先を追ってみればそこには。
「カウンター、か?」
「だな。……で、その上に乗っているのは、っと」
じゃりじゃりと足音を響かせながら近づく。
辿り着いたのは、確かにカウンター。それも入り口から入ってすぐの所にあるような、それこそ受付カウンター。
どうやら俺たちの入ってきた場所は裏口に近い場所だったらしい。
「ほーん、これはこれは…」
からころ、となにやら音の鳴る方を見てみれば、マークの手。それが籠のようなものを漁っていた。
その中から一つを摘み出し、包装を破り捨てる。
「お、ラッキー。これまだ行ける奴だぜ?」
そしてそのまま躊躇なく、その飴玉を口に放り込んだ。
「うん、いけるいける。……ってどうした? 裕二」
「いや、よく食べられるなって」
「なんだ? 飴は嫌いか?」
「そうじゃない」
そうじゃないが、なんだか説明するのも面倒だ。そう考えて、口を止めてしまう。
そんな姿を見て何を思ったか、突然手を忙しなく動かし始め、飴をポケットに詰め始める。
そしてある程度詰め終わると、いくつかを手に持ったまま。
「このおやつは俺のだ!!」
なんてことを宣う。どうやらじっと見ていたのをそう言うふうに勘違いされたらしい。
いら。
なんだろうか、その顔を見ていると無性に殴りたくなってくる。が、今それをしてしまっては間違いなくナツメに今後を問われるだろう。
いつの間にか握りしめていた拳を解き、ぶらぶらと降る。そして。
「あ! テメ!!」
奴の手の上で転がっていた飴玉を一つ奪い去り、包装を剥き、流れるように口に放り込む。
苺だ、甘い。
そしてそのまま噛み砕いた。
「ちぇー油断したぜ」
唇を尖らせ、そのくせ嬉しそうに悔しがるマーク。
……まったく。
頭を掻いて、また足を前に向ける。その後ろで、また一つ、包装が破られる音がした。
ーーー
歩くこと数十分。あの飴玉以降は特に目星い発見もなく、もうすぐ一階のフロアを探索し終わろうとしていた。
「お、あれさっきの受付じゃないか?」
「みたいだな」
そうこうしているうちに、目の前には先ほどの受付がある場所が見えてくる。
あと数十歩も行けば、一階の探索も終わりということだ。
「ってことは、続きは次のフロアかぁ」
『ニシシ、さっき階段が見つかっテよかったナ。なければ瓦礫を登らなキャだったぞ』
「うっわ、それは遠慮したいところっすね」
確かに。崩れやすいところをわざわざ歩きたいとも思わない。
その階段はちょうど受付の反対側だったな、と思い出しながら足を一歩前に。
「っ! 待て!!」
「んー? どうしたよ、ゆう……」
何かを感じて、静止をかける。が、のんきにトカゲと喋っていたマークはそのまま足を踏み出した。
その足元から。
ガラガラガラ!!
ころ、グシャ、カランカラン!!
雑多な音がし始める。と、そう認識した直後。
「なん…!」
マークのそんな間抜けな声と一緒に穴が開く。
穴が開いたなら当然、その上にいた俺たちはなすすべなく重力のお世話になった。
「…っと!」
「あい゛だ!!」
長々と落ちるかと思いきやそう言うこともなく。幸いにも足はすぐに地に着いた。
崩れたとはいえ、一階部分だけだ。その下に近大迷宮が広がってる、なんてこともなかった。
『あー……』
「? どうした? 何か問題が?」
と、不意にインカムからトカゲの声。何とも歯切れの悪いそれに、思わず体を硬くする。
そうして警戒レベルを上げた直後に、諦めたような声が続いた。
『いヤ、もう遅い』
「おそい……?」
言われてようやく気がつく。目の前の巨大な存在感。
それに釣られるように、顔を上げる。その視線の先にあったのは紛れもない。
白い鱗を持った、ドラゴンの姿だった。
「っ!!」
それを確認した直後、すぐさま体を投げ出し、それでなんとか遮蔽物の影に飛び込む。
すぐそばで同じような音が聞こえたので、マークもすぐさま同じ行動に出たようだ。
「おい、『細心の注意を払う』んじゃなかったのか!?」
『って言われてモナ。こっちでも反応が拾いにくくなってンダ。しょうがないダロ』
「チッ」
悪びれもせず、そう言われてしまえば舌打ちするしかない。
今はそんなことよりも。
「…………」
ドラゴンの様子を探る。
まずは音。特に何も聞こえない。
続いて、頭を覗かせ、その姿を再び視界に入れる。奴は一歩として動いていない。どころか、身動ぎ一つしていなかった。
「これは……」
『あ、裕二もそう思ったか?』
インカムからマークの声。どうやら同じ感想を持ったらしい。
『「死んでいる……?」』
重なる言葉も同じもの。が、それも当然だ。今まで出会った奴らといえば、俺たちを見つけ次第襲いかかってきたようなものだ。それがないどころか、身動ぎひとつしない。
『待て、死んでいるだと!?』
「……ように見えるな」
向こうにいるナツメもそれは驚きだったようで、すぐさま、調べる指示が向こう側で飛んでいる。
『結果出ました! 生体反応、検出されません!!』
その直後、結果が聞こえてくる。どうやら当たりらしい。目の前のこいつ、いやこれは。
「すでに死んでいるってことか……」