その3
『通信の感度はどうダ? オーヴァ』
「ああ、大丈夫だ、よく聞こえる」
「っすよ。オーヴァ」
耳につけたインカムから、声が聞こえてくる。
その声は返事の通り、変にノイズが走ることもなく、はっきりと聞こえてくる。
「しっかし、あれが目的地の……」
「ああ、『警察署』だな。元、だが」
目線を向ける先には、半壊した建物。屋根も崩れて、穴だらけだ。
けれど、崩れ去ってはいない。それはまるで攻め落とされる寸前の砦。
「まるで砦だな」
『だナ』
同じことを考えていたマークの言葉に、トカゲが相打ち。そこに緊張感はカケラも感じない。
気分はまるでピクニックだ。
「そういえば、例の変な反応ってのはどうなっているんだ? オーヴァ」
『あア、それなら……。さらに妙なことになっているナ。オーヴァ』
「妙…っすか? 元々変だったんすよね? それがさらに妙って」
「確か、最初は新種と思っていた、だったか? オーヴァ」
こめかみを突きながら、記憶を掘り起こす。そんな話を聞いた気がするはずだが。
『だナ。『動かない』、『反応のパターンが違う』ッテ話だったが、これは……』
「? どうした?」
『弱まってきている』
「おわ! っと……」
インカムから突然、ナツメの声が聞こえてくる。大げさにずっこけたマークがあげた声に、すまんな、と断ってからナツメは言葉を続けた。
『反応は依然として動いていない。が、その反応自体が徐々に弱まってきている』
「弱まってきている? つまり死にかけている、ってことか?」
『そうだとありがたいのだが、さて……。まだあまりにもデータが少なくてな』
「分かった。ならそれには一応の注意だけしておく」
『そうしてくれ。こちらでも細心の注意を払っておく。……では、頼んだぞ、オーヴァ』
「了解っす!」
マークの言葉を最後に、通信が切れる。もちろん、ただ通話が終わっただけだ。何かがあれば容赦無く声が飛ぶだろう。
手持ちの装備を簡単にチェックしてから、俺たちは再び足を元警察署の方へと向けた。
ーーー
「近づけば近づくほど、ボロく見えてくるな……」
マークのこぼした言葉に、思わず頷く。現在、元警察署まで後数十メートルと言ったところ。ちょうどいい大きさの瓦礫があったのでそこにしゃがみ込み、中の様子を伺いつつ、突入タイミングを計っていた。
視線の先には警察署、の残骸。遠くから見た限りではまだ、『砦』と連想できるぐらいには建物の見た目に見えていた。が、今目の前にあるものは残骸としか言いようがない。
「ま、まぁ中を見やすいし俺たち的にはいいんだけどな」
「それもそうだ」
マークの言葉には適当に頷いておく。
そして。
『おっけー。近くに反応らしイ反応はないゾ。突入するなら今のうちダ』
「反応がない? 例の怪しい反応ってのもか?」
『あァ、それは一応見えている。が、そればっかり気にしテテモ仕方ないダロ』
それもそうだ。その判断をしたのがトカゲなのが不安なところだが、俺も同意見だ。
ちらり、とマークの方を向くと、マークもマークで頷いてくる。
ならば決まりだ。
「…ぃしょ、っと」
マークのその掛け声と一緒に立ち上がる。
走り出したりはしない。極めて普通に足を前に出す。そのまま散歩でもするかのような気軽さで、俺たちは瓦礫の山に突入。たどり着いた。
「んあれ? 中は意外と暗いんだな」
「本当だな。早速借りておいたこれが役に立ちそうだ」
言って、腰にぶら下げた筒を取り外す。スイッチを入れると、その先端に光が灯った。
その光が、瓦礫に遮られた暗闇を少し明るくしてくれる。
「……? どうした?」
ふと振り返ると、マークが難しそうな顔をして立っている。
「いや、俺こう言うふうにライトとか持つと『あれ』言いたくなるんだわ」
「何の話だ?」
「『スモー○ライト〜』」
ずる、と足元が滑った。
確かに気持ちは分からなくもない。分からなくもないが、くだらない。
ちなみに水○さんではなく、大○さん寄りの方だ。いや、そうではなく。
「……気はすんだか? なら行くぞ」
「あ、ちょ。ちぇーせっかく緊張を解そうとしたギャグだったのに……」
後ろから何やらぶつぶつ聞こえてくるが、気にしない。
俺と、少し遅れてマークも、不自然に暗い瓦礫山に足を踏み入れた。