その2
ナツメに呼び止められ、部屋の外へと向けていた足を再び奥に向ける。
が、すぐにその足を回転させ、この部屋から去りたくなった。
「よぉ、お前ラ救助に向かうンダって?」
「げぇ!? 喋るトカゲ!?」
「…………」
口調、そして見た目。どれをとっても間違いようがない。
俺の同居人がそこにいた。
「そんナ邪険にするなヨ」
「マークは会うのは初めてだったな。こいつはこの部隊に身を置いているーー」
「カゲさん、とでも呼んでくレ。今はそこのユー坊と…るーむめいと? って奴ダ。よろしくナ」
「…………」
空気が凍った。いやもちろん、実際に温度が下がったわけでも、寒気がしたわけでもないが、確かにマークの動きが止まった。
が、それもすぐに融解し。
「ちょいちょいちょいちょい」
ぐい、っと振り向き様に肩に手を回される。ちょうどトカゲとナツメに背を向ける形で、だ。
「おま、ちょ…なん、あれ?」
ちょいちょいと後ろを指差しながら尋ねられる。まず間違いなく、トカゲのことだろう。
動揺する気持ちもわかるし、それを知ってるそうな奴に聞くのは至極当然の話だろう。だが、その『知ってそうな奴』は、あくまで『知ってそう』というだけだった。
「いや、知らん」
「んなわけあるかーー!!」
いきなり大声を出されると、流石に耳に響く。ドラゴンの咆哮には耐えられても、この煩さは別らしい。
そんなことを考えているうちに、今度は肩を掴まれてしまった。
「同室ってなんだよ。お前なんであんな、未確認生物みたいなのと生活してるんだよ!?」
「なんでって……目が覚めたらそこにいたから?」
「一目惚れじゃないっすかーー!!」
「そこまでにしておけ」
スパン、と小気味のいい音がマークの頭上から聞こえてくる。
そのマーク越しに後ろを見やると、ちょうどナツメが、手に持った資料を振り下ろしたところだった。
ーーー
「改めて、こいつは『カゲ』。どう呼ぶかは好きにしろ」
「では、カゲさんと呼ばせてもらうっす」
改まった紹介も終え、ようやくマークも落ち着く。
俺たちは今、部屋の椅子を四つ集め、俺とナツメ、トカゲとマークがそれぞれに向かい合う形で円座していた。
話の内容は、作戦についての追加事項だった。
「今回の作戦、こいつを二人のオペレーターとする」
「おぺ……なんっすか?」
「『オペレーター』。主に会議室と二人の橋渡し役、要は通信の相手ということだな」
ぽん、とナツメの手がトカゲの頭の上に乗せられる。
それをぼんやりと眺めていると、その視線に気がついたのかトカゲもこちらを向く。その顔は、何やらニヤニヤとしていた。
「心配すんなッテ。これでもヤリ手だからな」
「へぇ、そんなにカゲさんうまいんすか?」
「まぁこれでも、一応のベテランだ。伊達に君たちより長くここにいない、ということだ」
その様は、まるで親子にでも見えるほどだ。なるほど、ここで長いというのは間違っていないのだろう。
しかし。
「よくこんなのを長い間匿っていられたな。時が時だし、バレたらやばいんじゃないか?」
口にしたのは、単純な疑問。単純すぎて、今まで思いついても特に聞くこともなかったほどだ。
要は、見た目がドラゴンに似ている、と言うこと。
見つかったら、関係性を疑われて真っ先に殺されていてもおかしくない。なにせ、トカゲ自体、れっきとしたファンタジーそのものと言えてしまうからだ。
「ん? ああ、そういえば話したことなかったか。……そうだな、簡単にいえばこいつはかなりの重体で見つかったんだ」
「重体……って、大怪我、ってことっすか」
「そうだ。幸い、かどうかはともかく、その時にはまだこの戦線も規模が小さく、怪我をしている生物を無闇矢鱈と手にかけようとする輩はいなくてな。こうして保護したんだ」
「ほえー。……あれ? でも俺一度も見たことなかったっすよ?」
「この戦線も人が増えたからナ。余計な厄介ごとに巻き込まれないヨウ、普段は引き篭もってるんダ」
今度はチラリと目線が流される。なにやらアイコンタクトのようだが、あいにくその真意はさっぱりだ。
「なるほど。で、俺がその引き篭もりの部屋に運び込まれたわけか」
「ああ。その時はあいにく他に部屋がなくてな。勝手ながらそうさせてもらった」
なるほど、ともう一度、今度は心の中でこぼす。納得はしないが理解はした。
目が覚めたときにまずトカゲがいたのは、目の前のナツメが原因だったらしい。
「話を戻そう。今回は少しばかり特殊な任務になる。なにせ、この地下に篭ってからこっち、初めての人命救助だ。本当なら専門家にでも任せるべき案件だが……、今は人手が足りなさすぎる」
「…………」
「よって、今回私たちは全力でお前たちのバックアップをさせてもらう。……だから」
そこで一度ナツメが言葉を切る。一呼吸おいて投げられる言葉は。
「死ぬなよ?」
「当たり前だ」
「当然っす!」
もうすでに何度も繰り返したようなやりとり。おそらく、これからも何度となく繰り返すのだろうなと、ふと思えてしまい。思わず小さく笑ってしまった。