その1
「来たか」
扉を押し開くと、ナツメが言葉をこぼした。場所は作戦室。
この組織、『桜花戦線』の司令塔。それがこの部屋だ。内にある机の一番奥には、ナツメ。そこから入り口に近くなるにつれ、階級の低い幹部が首を揃えていた。
「緊急招集と聞いた」
「同じくっす」
たんたんと答える。隣では、あくびを噛み殺すような顔をしたマークがそう呟く。
『緊急招集』といえば少しは格好もつくが、要はただの招集と変わらない。おそらく、また食料の調達でもする必要があるのだろう。
と、そんなことを考えていた頭が、次の一言で切り替わった。
「生存者がいるかもしれない」
「なっ!?」
「……」
思わず、といった様子でマークが声を上げるのも無理はない。ナツメのその言葉には、それだけの力があった。
『生存者』。この地下シェルターに籠ることなく、地上で一年以上生き延びた奴がいる……。
「すぐに行かせてくれ」
「落ち着け、まずは情報の整理だ。……順を追って話す」
振り返り、すぐさま部屋から出て行こうとする背中に、ナツメの声。ついでカチリ、と音がした。
何かのスイッチを押したのか、壁に一枚の地図が映し出された。ちょうど、この地下シェルターを中心とした周囲何キロかの地図に見える。
その地下シェルターの北東に、赤い点がいくつか灯った。地図上から見える情報的には、警察署、があった場所のようだ。
「ちょうど今朝方のことだ。この赤点が示す場所、旧警察署から信号を受信した」
またカチリと音がし、赤点が点滅を始める。
「この信号はすでに何度か送られて来ている。お前たちがくるまでにも二度。合計では5回も受信している。これは人為的な物と考えていいだろう」
「で、生存者ってわけっすか」
「その通りだ。しかも、この信号、指向性がある信号ではなかった」
指向性ではない。つまりは、何処かへ向けた信号ではない。
それが複数回。その意味するところは。
「……救難信号」
「同感だ」
普通、信号は誰か、もしくはどこか特定の場所と通信するのに用いられる。そうしなければ、そもそも受取手がいるかすら分からないからだ。その上、傍聴の恐れもあるため、デメリットしかない。
それをせずに全方位に送る信号は、誰でもいいから拾って欲しいことを意味する。
「そこで。この信号をどうしようか、と君ら二人をここへ呼んだ訳だ」
「私は反対です!」
と、そこで左の方から声が上がる。見ると、ナツメと似た感じの服装をした男が立ち上がっていた。
階級的には、ナツメから……二つ下、といったところだろうか。
「冷静に考えて、一年もの間、地上で生き延びられるはずがない! それを信号の一つや二つで、わざわざ我々が出向かなくても!!」
「もちろん、それも正論だ。ここで我々が助けに向かえば、逆に奴らにこの場所を教えてしまう可能性だってある」
と、ここでナツメの視線がこちらに向く。その目はなぜか、ひどく冷め切っていた。
「君らはどうしたい?」
「……本気で言っているのか?」
聞かれ、聞き返す。それぐらいに、その質問は愚問だった。
救難信号があって、それを無視する?
そんなこと、俺にできるわけがない。
「だと思ったよ。お前も一緒か? マーク」
「そりゃもちのロンっすよ。誰が止めたって俺は行くっすよ」
その言葉は軽い他ないのに、聞こえてくる声は重い。こっちも聞くだけ無駄だったようだ。
「そんな……即断、だと?」
「なんて勇敢な……」
「……蛮勇と履き違えるなど……」
「……英雄でも気取るつもりか」
「ならば決まりだ」
部屋がざわつくなか、ナツメの一言で再び静まり返る。
その声を合図にしたのか、モニターにはさっきまでとは違う、今度は黄色の印が浮かび上がる。その数は、一つ。
「これを見てくれ。これは、今までにない反応を示したものだ」
「『これまでにない』……?」
「ああ」
「あれ? でも、それってドラゴンなんじゃないっすか?」
「無論、我々もそう思った。だが、それにしては反応が妙だ。しかも身動ぎ一つしない」
言われて、改めて印の示す場所を睨む。場所は、最初の救難信号を拾った場所から目と鼻の先。もっといえばほとんど同じ場所だった。
「よって、作戦を二段階に分けることを、絶対の条件とする」
「二段階? っていうことは……」
「マークにしては察しがいいな。その通り。……まずはこの反応を調査、しかるのちに、救難信号の場所へと向かってもらう。安全は第一にしておきたい。その意味でも、この調査は不可欠だからな」
ちらり、とこちらに目を向けながらそう言われてしまえば、頷かざるを得ない。
流石にここで首を横に振って出す代案も、この作戦自体から降りることも、どちらも俺にできる選択肢じゃない。
「わかった」
「りょうかいっす」
「よし、ではこの会議を持って作戦開始とする。各々、自分の役割を全うしてくれ」
ガタッ!ザッ!!
ナツメの声を合図に、椅子に座っていた連中が立ち上がる。その手は額に。そんな立派な敬礼をしてから、それぞれに部屋を出ていく。
その邪魔をしないよう、俺たちも部屋を出るーー
「ああ、二人とも、ちょっといいか?」
寸前でまたも、ナツメに引き止められた。