その5
「しき……官?」
「ああ、そうだ。これでも軍人の端くれだからね。民衆を導くためにってやつさ」
にやり、と笑うナツメ。その顔には遠慮も謙遜もない。
おそらく、本当のことなのだろう。であれば。
「俺を助けたのは誰だ?」
「……っとと、急に口調が変わったね。まぁいい、指示したのは無論私だよ。と言っても何組も指示していたから、どの組か、までは分からないけどね」
「妹が、近くにいたはずだ。妹のことが知りたい。教えてくれ、妹も無事なんだろ!?」
「まてまてまて、落ち着け」
勢いだけで立ち上がる。足はまだ震えているが、知ったことではない。
無理矢理足の上に体重をかける。もちろん、そんなことをすればふらつくだろう。実際その通りだった。
だが、ちょうどいい。
「教えてくれ、妹は!?」
ふらついた勢いのまま、目の前に立つナツメの肩を掴む。掴んで、立ち続ける。
「『落ち着け』、と言ったはずだぞ?」
がっ、と足元から何かをぶつけられる音。次いで、視界がゆっくりと上を向き始め……。
背中で何かに着地する感触。俺の体は三度、ベッドに倒れ込んだ。
「そんな体で、気だけ逸らせても仕方ないだろう」
「……教えてくれ、たのむ」
「まったく……。誰も教えないなんて言っていないだろう」
頭に手を置いたまま、ナツメが息を吐き出す。長く、長く。
「お前を回収した部隊の報告によれば、今日、お前が目を覚ましたので全員だ。……そして、すでに目覚めている者の中に、お前を兄と慕う者はいなかったよ」
「ぁ……」
あっさりと言われる。
足から、手から、力が抜ける。息をするのも気怠くなってくる。
やっぱり……そうなのか。あのとき離れた手。あれをもう一度掴むことはもう……。
(ほんとうに……?)
そんな声が聞こえる。
(本当に、もう手遅れなのか? 俺はもう、白奈を……)
……そんなわけないだろ!
そんな簡単に奪わせてたまるか!!
一度落ち着いた黒い何かが再起する。
そうだ、俺は。
「なんて顔をしているんだ。……ならばお前にまた二つの選択肢をやろう」
「……」
「一つは、避難民として、地下で過ごすこと。ここにいる限り、ある程度の安全は我々が保証してやろう」
ナツメが指を一つ立てながら、そう提示する。
たしかにそれが普通だ。なにせ、俺は何の力もない、ただの人間だ。
けれど。ナツメが二本目の指を立てる。
「もう一つは、もちろん、我々と一緒にくることだ。ここにいるだけでは食料にも限りがある。それを補給する意味でも、我々は地上に出なければならない」
奴らの跋扈する地上へ。
奴ら。俺から白奈を奪った、倒すべき敵。
「二つ目だ」
言うと、ナツメが張り詰めていた顔を崩す。可愛い少女のような顔をして、そのまま。
「ならば、この手を取れ」
手を差し出してくる。少し古ぼけた、グローブに包まれた手。
間違ってもそこらの女の子がするには不格好にすぎるそれが、目の前で揺れている。
もちろん、そこに手を伸ばす元気なんてない。さっき使い果たしたばかりだ。
(大事な者をなくした。しかもその時から半年も経った)
それでも。いまここに、こうして手が差し伸べられた。
それは何もかもから助けてくれる神の手ではないけれど。
(それでもいい!!)
体を横に捻って。戻す勢いで、手を振り上げる。
パァン!!
ほとんど叩きつける勢いで、ナツメの手を取る。握る。
もう絶対に奪わせない。奪い返す。そして。
「ようこそ、『桜花戦線』へ。新しい同胞よ」
奴らを狩り尽くす!!絶対に。
俺たちはニヤリと笑い合った。
「……」
その直後に、俺はまた気を失った。
それでも俺の手は、しばらくナツメの手を頑として離さなかったらしい。
ーーー
半年。
それはドラゴンが初めて襲撃した日から俺が目覚めるまでの期間。そして、その目覚めから地下での生活を余儀なくされていた期間でもある。
「どうしタ、急に黙りこんデ?」
ふと、上から降ってくる声に目が覚める。どうやら少しばかり眠りこけていたらしい。
「少し、昔のことを思い出していただけだ」
「昔……? ああ、もしかして半年前のことか?」
鋭い……。いや、直前までナツメの話をしていたような物だから、それでか……?
まぁ、それはともかく。
「そうだ。そして、ついに今日、俺は奴らとまた相見えた。……もうあれから一年経ってようやくだ」
「……」
ここまでかかるとも思っていなかった、いや、もしかしたらもっとかかるかも、とも思っていた。
不思議な感覚だ。長かったようで、短かったようで。嬉しいようで、悔しいようで。
それでも、事実、俺は今日この日をもって、改めて奴らと向き合う。
いつか感じた、あの黒い何かは襲ってこない。
「必ず……てやる」
こぼれ落ちた言葉が、白奈へ向けての物なのか、それとも奴らに向けてのものなのか。
それすら、その時は分からなくなっていた。