その3
「ご苦労だったな」
帰り着いて少し。さっきまでインカムから聞こえていた声が目の前から降ってくる。
俺をこの組織に招き入れた張本人にして、この組織のトップ。名前はーー
「ナツメ様、今回確保した食料の目録です。どうぞ」
「ああ、受け取ろう」
そう、ナツメ。
それで目的を果たしたのか、資料の紙束をナツメに渡した男は敬礼の後、部屋を出て行った。
残ったのはこの部屋の主人たるナツメ。それから俺とマーク。
「危険な任務だったが、終えてみてどうだ」
「どうもこうもない。無事に物資が調達できたんだろ? それで十分じゃないか」
「そーそー。俺たちに戦闘の反省とか期待されても困りますって」
横でマークも同じようにボヤく。
俺たちは特別な訓練をした兵士じゃない。正直、生き抜いたのも奇跡みたいなモノだ。
それを正直に話したところ、帰ってきたのは大きなため息だった。
「ハァ……、別に私もそんなことを聞いているんじゃない。……お前らはまだ『あんなこと』を考えているのか、と聞いているんだ」
「……え?」
「…………」
す、っと周りが静かになる。俺たちが話を止めたから、というわけじゃない。
どちらかと言えば、ナツメが場の空気を引き止め、俺たちがそれに釣られて引きずり込まれた、と言った方が近い。
そんなナツメがこちらを見ながら、また口を開く。
「お前らは偶然にもあのドラゴン共を倒す、いや『狩る』とまで言ったな。それがどう言うことか今回でわかっただろう? それでも、まだそんなふざけたことを言うつもりか?」
紡がれるのは正論。事実、俺たちは奴らに傷一つ付けられない。
こうして囮として逃げ回り、気を引き続けることが精々だ。人は奴らに敵わない。だからもう諦めろ、と。彼女は言外に言う。
……ふざけるな。
「ふざけるなよ? 俺は大切なものを取り戻すために、アイツらを狩ると決めた。できるかどうかじゃない。やると決めたから、やるんだ」
「はー……俺だってそうっすよ、理由はこいつと違いますけどね。……けど、できないからと言って諦められるほど、甘い考えもしてないっすから」
くい、とマークが俺を指差しながら、俺は変わらずナツメを見つめたまま、俺たちは言葉を吐き出す。
だが、その言葉を真正面から受けてなお、ナツメは身動ぎひとつしない。その上、さらにでかいため息をこぼした。
「はぁあああ……。お前らのその執念はよく分かった。もう聞かない。……せめて、死ぬなよ?」
「当たり前だ」
「当然っすよ」
その答えを聞いた後、もう一度ため息を落としてから。
「もういいぞ。とにかく、今回はご苦労だった。部屋でゆっくり休んでくれ」
ふりふり、と揺らすように手を振りながら退出の指示を受ける。俺たちも特に用がないため、その指示に従い部屋を出る。
「さぁってと……」
部屋を出て少し。
後ろで扉が閉まるのを聞きながら、俺たちは同じ方向に足を向ける。
「俺は少し風呂でも入ってくっかなぁ……。裕二、お前はどうする?」
「俺は部屋に戻る」
「そか……んじゃな」
そう言いながら角で別れた後、足を廊下の先へと向ける。この先は居住区。
この地下施設で暮らす人たちの、生活の場として提供されているエリアに繋がっている。
もちろん部屋数にも限りがあるから個室なんてないし、大きな部屋は雑魚寝も良い所だ。
「『みんな寄り添って生きている』、か……」
歩きながら言葉が溢れる。その言葉を蹴り飛ばすように、子供が抜き去っていった。
まってー、ここまでおいでー。と、周りの暗い空気に呑まれず、走り回っている。
すれ違う人とぶつかりそうになりながら走っていく彼らは、曲がり角を曲がって見えなくなっていく。
そして、そんな子供たちを諫める声は、聞こえない。……聞こえてこない。
ガチャリ、と目的のドアを開き、その中に入る。
この居住区には、いくつかの大部屋と、いくつかの個室が用意されている。
ほとんどの人間は大部屋で雑魚寝をしながら暮らしているが、いく人かにはこうして個室が与えられている。と言っても一人で個室を占拠できるような余裕はない。大抵は誰かと二人、もしくは三人での共同部屋となる。
例外として一人で部屋を占拠しているのは、指揮官のナツメ、それに……。
「よぉ、遅かったナ」
「少し、ナツメに呼ばれた」
今の俺のルームメイトとなった、このトカゲぐらいのものだった。