その2
「……」
ぱちり、と目が覚める。その瞬間に、手から違和感を感じたので、そちらに意識を向けた。
開いて閉じてを繰り返すと、微かに粘ついた音。そしてその感触。
どうやら手に寝汗をかいていたらしい。
「目が覚めたカ?」
と、寝汗を確認したところで、頭の上にトカゲ頭。
「……なんか少し前にもこんな場面があったな」
「…? アぁ、あったナ。くふフ……」
何がそんなに面白かったのか、しばらくその笑いが続いた、その後。
「で、なんで朝から覗き込んでたんだ?」
「ん? ああ、そうそウ。ナツメ嬢が呼んでたゾ」
「ナツメが…?」
言って、体を起こす。ナツメが呼ぶと言うことは、何か妙なことでも起こったのだろうか。
「んー、なんデモ、『いらいバコ』? ってやつのことらしいゾ?」
「依頼箱、依頼箱か……」
依頼箱といえば、昨日のマークのあれが記憶に新しい。それにしても、そんなことでナツメから呼び出し?
少しばかりの違和感を感じながらも、部屋を出て足を向ける。向かう先は、ナツメのいる作戦室だ。
ーーー
「これが問題の依頼だ」
作戦室に着いた直後、そう言ってナツメから紙を渡され、隣で既に部屋に入っていたマークと、覗き込んでみた。
そこには。
『こちらのサイトで最近怪しい書き込みが散見されます。どうにかしてください』
その文字の下には、なにやらアドレスのようなものが書いてある。
「それで? このサイトにはアクセスしたんすか?」
「ああ、こちらで今さっき確認したところだ」
言って、ナツメの指が向けられたのは、モニター。その指示に従うように、モニターに目を向けると。
「これは…」
「掲示板、っすか」
「そうだ。……なんでもここに避難したうちの一人が作成した、一つのコミュニティらしい」
要はSNSのような物だろう。その掲示板にはいくつかの相談事などが書き込まれ、それを解決しようというようなものだった。
誰にだって、人に知られずに相談したいことの一つや二つあるのだろう。その掲示板はそこそこ賑わっていた。
「…で、その問題の『怪しい書き込み』っていうのは?」
「これだ」
その質問の一つが選択だされて詳細が表示される。そこには。
『この世界は腐っている。なぜこのタイミングでドラゴン達が現れたんだと思う? そう、彼らは俺たち人間を駆除しようとして来た神の使者だ。彼らに殺されるのは神の意思だ。ならば私たちがするべきことは一体なんだと思う? そう、抵抗せずに身を差し出すことだ』
なんてことが延々と書かれていた。
「うわー…」
文章のあまりの飛び具合に文句も言えないのか、マークがその一言で固まった。正直俺も同じような感想だ。
ドラゴンが俺たちを殺しに来た使者? しかもそれが神の意思だと?
ふざけるな。
「…で、これを俺たちに見せたってことは」
「ああ、その通り。お前達に調査を頼みたい」
「それは…構わないっすけど」
ナツメのその言葉に、マークが返す。その言葉はどうにも歯切れが悪い。
「でも、これってネットでの出来事なんすよね? なら相手の特定とかは……」
「いや、それがどうにもうまくいっていない」
「『うまく行っていない』って、接続アドレスとか、通信経路の逆算とか色々あるでしょ」
マークの言葉に、今度はナツメが歯切れ悪く返す。その言葉はどこか、くやしげでもある。
「こちらからの解析はまだできていない。相手は相当な技術を持っているようだな」
「…そうか」
「ああ」
ナツメの言葉と一緒に、映し出されていた画面がスクロールする。そこには先ほどの文章の続き、そして。
『そう、今こそ神に命を捧げよう』
その言葉とともに記された場所は、『埠頭』。
この世界に絶望した人間はその場所へやってこいと、そう書かれていた。その場所で一緒に神へ身を捧げよう、と。
「ちょ、これって……」
「そうだ。集団自殺の、その招待状ってことだな」
「まずいっすよ、それ! 止めなきゃ!!」
「ほう…。それは『行ってくれる』、ということか」
「当然っすよ! 俺とーー」
そこまで言ったところで、いきなりマークの腕が伸びてくる。その腕は迷うことなく俺の肩を巻き込み、そして。
「裕二とで行って来ますよ」
「…そうか。いや、行ってくれるなら話は早い」
「待て、俺は行くなんて一言も…むぐ」
「まーまー、そう言うなって」
肩を巻き込んだ腕がそのまま口元まで伸び、言葉を無理やり止められる。
こうなってしまえば、首を縦に降るまで手を離してはくれないだろう。
「…はぁ。で、行って止めてくるということでいのか」
「そうだ。今回のこれはドラゴンが原因ではない。一因ではあるだろうが、原因は人の悪意そのものだ。今止めないと、次、その次が出てくるだろう。それだけはなんとしても阻止しなくてはいけない」
「次が出ないように阻止、って流石にそこまでは責任待てないぞ」
「心配しなくても、そこからは私の仕事だ」
そう言って笑うナツメの顔にゾクリとしながら、俺とマークは部屋を出る。流れとはいえ、『人の悪意』とやらを止めるために。