その1
居住区を抜けた先。広場のようになっている空間に、それはあった。
「あん? なんだそりゃ。箱…?」
後ろからの声に振り返ると、ちょうどマークがやってくるところだった。その視線の先には、『それ』。
「依頼箱、らしいな。さっきナツメが説明してくれた」
「依頼箱ねぇ……。避難した人同士、助け合いましょうって?」
「だろうな。『桜花戦線』も人が増えたからな。やってみようと言うことらしい」
「へー。そんなことまで考えてたのか」
「らしいな。けど、特に強制じゃない。そもそも、受ける人がいるかも未知数だしな」
「ま、それもそうか」
「が、解決した時には何かしらの便宜を図ってくれるそうだ。要は、受ける側にもそれなりのメリットはあるらしい」
「ほーん。そりゃあやりがいのあるこって……」
言って、マークは箱の中身に手を伸ばす。言ったそばからこれか、と呆れ半分、関心半分でその手を見送る。
伸びた手は箱の中に入っているであろう紙を掴み、一息に外に抜き出した。
「さて、どれどれ……? げ、なんじゃこりゃ」
中身を改めたマークが顔を急変させる。そんなに変なことが書いてあったのかと、俺も横から中身を覗き込んでみると。
「『おやつがすくないのでもっとふやしてください』……? おおー、お前にぴったりじゃないか」
「は? 何言ってんの裕二。俺に配給係の人と喧嘩しろってのか?」
「じゃなくて、さ。お前、前の警察署の時もそうだったけど、いく先々でお菓子見つけてきてるんだろ? それを少し分け与えてやればいいんじゃないの?」
「ちょ! 馬鹿!! そんなこと大きな声で言うんじゃねえ!!」
さらに顔を急変させたマークに腕を掴まれる。そのまま向かった先は、廊下の端。
そこまでくると、くるりと回転したマークに距離を詰められる。マークの顔は今目の前だ。
「んなことできるわけないだろ?」
「どうしてだよ? 別に少しぐらいいいんじゃないのか?」
「ばっか、おめー。そんなことしてみろ。俺は一生、ガキからお菓子ねだられなきゃいけなくなるーー」
「おかし!? いまおかしっていった!?」
「ぉわっとぅ!!」
そんなマークの背後から一人。子供が近づいてきた。
「あ! それ、おれがかいたやつ!! もしかしてにーちゃんがおやつくれるのか!?」
子供が指差す先は、マークの持った紙。依頼箱から抜き取った一枚の紙。
「よかったな、マーク。お前お菓子持ってるんだろ?」
「何がいいもんか。いいか? お前らにやるお菓子やおやつなんて一個もねーよ」
「そんなこといわずにくれよー」
「うるせー、このおやつは俺のだ!! 欲しけりゃ奪ってみやがれ!!」
その最後の一言に、彼らは瞬時に反応した。
「いまのきいたか! いけー!!」
「「「おおーー!!」」」
「え、ちょま、おわー!!」
どこからともなく十人ほどの子供が現れる。いや『どこからともなく』ではなく、ただ単に居住区から走り寄ってきただけだけど。
それでも、その十数人は、一斉にマークに襲い掛かった。それはおやつ欲しさの為せる技か。
瞬時にマークの体は仰向けに倒され、その全身に子供達の手が襲いかかる。
「ちょ、やめ……やめろー!!」
「ここか?」
「こっちか?」
「さがせさがせー!!」
マークの制止も聞くわけがない。子供達は、それは楽しそうにマークの体を弄り続ける。
やがて。
「けっ、きょうはこれぐらいでかんべんしてやる」
「やる!!」
マークの体から子供達が離れる。その手には様々なお菓子や、おやつが握られている。
それぞれに戦利品を手にした彼らは、その言葉とは裏腹に、満面の笑みでマークから離れていった。
その後ろ姿はもはや、歴戦の軍隊そのものだ。
「……なぁおい、裕二よ」
「なんだ?」
「ちょっとぐらい助けてくれてもいいんじゃねーの?」
そばで黙って見ていたからだろうか。マークがそんな言葉を投げてよこす。
それは心外だ。せっかく心情を汲んだと言うのに。
「必要ないだろ? だいたい……顔。ゆるんでるぞ」
ピッ、と指差して指摘してやれば、ようやく気がついたのか、慌てて口を隠した。
「……まじか」
「一瞬、お前がマゾなのでは、とも思ったが」
「流石にそれはやめてくれ……」
マゾ判定は嫌なのか、苦い顔をされてしまう。それをこちらも苦い顔で見ながら、手を差し出す。
「ありがと…よっ、と」
「にしてもよくやるよな。正直、お前がそこまで子供のこと考えてるとは思わなかった」
「『子供の』? まさか。俺は遊んでるだけだって」
そう言いながら、マークが服に着いた埃をはたく。が、廊下がきれいなのもあってか、服にゴミはほとんどついていなかった。
しかし、本人はそう言うものの、やっていることは随分と周りくどい。
子供達を煽って、襲わせて。その手にお菓子を与えて帰す、なんて。確かにその方法なら、子供達は暴れてスッキリした上に、お菓子まで持って帰れる。いい事づくしなんだろう。マークが素直に、お菓子を与えない理由はそこだ。
子供達が余計なところで暴れたりしないように、ガス抜きの役割を負う。そうすることで居住区の親連中はずいぶんと楽になったんだろう。現にそのことで、お礼もいくつかきていたほどだ。
「って、なんだよ、その顔は」
「いや、別に」
「ちぇ。……あーあ、今日はおやつも盗られちまったし、風呂でも入ってさっさと寝ちまおうぜ」
と、こちらも言葉とは裏腹に、嬉しそうに足を前に出すマーク。
「ああ、そうだな」
そのマークの後ろについていきながら、次の配給からなにかあげるか、などと考えてしまうのだった。