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ファンタジーハンター  作者: Who
その手に掴むモノ
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閑話 笑顔の意味

「失礼しますよ〜、っと」


がらり、とできるだけ音を立てないように扉を開く。

それでも、思ったより響いてしまった音に内心ヒヤリとするが、幸い部屋の主人には聞こえなかったらしい。


「ん…寝てる。……ってそりゃそうか」


ここは病室。その中にいる人といえば病人であり、病人は基本寝ている必要がある。

この部屋の中にはベッドが一つ。その上には一人の女性が横たわり、静かに寝息を立てていた。

闖入者の俺にも気付く気配がない。

部屋の入り口に書いてあった名前は『田中たなかめぐみ』さん。他でもない、俺の頬を張った張本人だ。

起こさないように気をつけながら椅子を動かし、ベッドの脇に腰掛ける。


「ん…、ぅん…?」


と、そこでベッドの上から声が聞こえる。その声と一緒に、横になっていた体がもぞもぞと動き、そして。


「あ、やべ。目ぇ覚めちまったっすか?」

「あなたは……」


ぼんやりとした声と共に目の前の眠り人、恵さんが目を覚ます。

よく見ればその目は、まだ寝ぼけているそれそのものだ。


「っ! あなた!!」


直後に目が覚めてきたのか、その視線が鋭くなる。

目が覚めたら目の前に張り倒した相手がいたらそうなるのも不思議じゃない。

だから、彼女がとっさに体の無事を確認し始めたのも、自然な流れであって、俺がことさらに怪しいと言うわけではない、と信じたい。


「落ち着いてくださいっす。あの後のこと、話しておいた方がいいかと思いまして」

「っ! それは……」


言われてはたと思い出したのか、ようやくあたりを見回し始める。


「ここは…?」

「俺らの拠点っすよ。えーと…そうそう『桜花戦線』。その病室の一つがここっす」

「おう、か? ですか…。私はどうしてここに?」


言われて少しずつ落ち着いてきたのか、少しずつ言葉も落ち着いたものになってきた。それが本来、彼女の持つ声なのだろう。さっきまでとも、あの時よりも大人しい声だ。


「憶えてないっすか? って、あの後気を失ったっすもんね」

「それは…ごめんなさい」

「ああ……はは、それなら、そんなことなら気にしてないっすよ」


頭を下げようとする彼女を慌てて止め、自分の頬を見せる。


「ほら、もう跡もないっしょ?」

「それでも私は…!」

「って、あーもう! そんなこと話しにきたんじゃないんすよ、俺は」


尚も自分を責めようとする彼女を、さっきより強めに止める。

そう、ここにきたのは彼女を責めるためじゃない。そんなこと・・・・・には興味もない。


ガララッ!


「ああー!! にいちゃんがおんなのひとをいじめてる!!」


突然、背後の扉が開き、もう一人の闖入者が現れる。


「え、ちょ! これは……」

「いーけないんだ、いけないんだ!!」

「違う違う、違うって!! 俺はただーー」

「こら、あなた達!!病室では静かにって言ったでしょ!!」


子供に続き、看護師さんまで病室に入ってきた。一息の間に騒がしくなり始める病室。

その声を聞きつけたのか、子供の数は一人、また一人と増えていき、あっという間に、話もできないほどにまでなってしまった。


「こ、こら。静かにしないと今日のおやつ無しにするわよ!!」


看護師さんのその一言に、ようやく子供達も落ち着き始め、やがて部屋を出ていく。

それを見送ってから。


「ごめんなさい。騒がしくしてしまったっすね」

「私は、別に……」

「そっすか」


そう言って少し黙る。

あたりに響くのは、廊下から時々聞こえてくる足音と、それから病室で動く空気清浄機の稼働音。俺の声も、恵さんの声もない。


「あなたはどうして」

「ん?」


そんな中、恵さんが口を開いた。そこから続く言葉は。


「あなたはどうして、そうしてられるの?」

「え、っと? そんなこと言われるほど、俺って変人に見えます…?」


まさかの異常者認定だった。


「ちが、ごほん…。私はあなたを傷つけました。なのになぜ?」

「なぜ、ここでこうしてあなたと話しているのか、ってことっすかね?」


確認するように視線を向けると、恵さんが頷く。どうやら正解らしい。


「どうしても何も、そりゃ気にしてないからっすけど」

「気にしてない?」

「そ。…それにーー」


言葉を切る。

恵さんの気持ちは分からなくもない。自分でもどうしようもなく、他の何かにぶつけたくなる時もあるからだ。

今回はそれがたまたま俺だったと言うだけ。何かが違えば、隣にいた裕二の頬が赤くなっていただろう。


「もったいないじゃないっすか」

「もったい、ない…?」

「っすよ。悲しんでもいい、落ち込んだっていい。誰だって、そんな感情持ってますからね。けどその気持ちを引きずったって、気持ちが軽くなるわけじゃないっすから。だから俺は笑うんすよ」

「そう、ですか。強いんですね」


恵さんはそんなことを言う。それこそ、まさか、だ。

俺は。


「まさか。俺は強くなんてないっすよ」

「でも、誰だってあなたみたいにはいられない。笑いたくても笑えない人だっています」

「っすね。だからやっぱり、俺は笑うんすよ。笑って、その人と関わって。その人が笑顔になるための手伝いをする。それくらいしか俺にはできないっすからね」

「……」


へらっ、と笑うと今度こそ恵さんは言葉を止める。俺のことを信じられないような物を見る様子で見ながら。

だって仕方ない。俺には特別な力なんてない。だからこそ、そんな俺にでもできることをする。

他のことはできるやつに任せる。それが俺なりの、うん。生き方って奴だから。


「さ、有言実行っすよ。俺に話せるものならなんだって話してくださいっす。力にな……れるかは微妙なとこっすけど」


その勢いのまま恵さんを唆す。

もちろんそれで全部喋ってくれる、なんてことはない。けれど。ああ、けれど。


「〜〜〜」

「……」


また明日も、ここにきて喋っていい許可は得られた。

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