その7
「あ、あの…?」
「えほん、ごほん」
もう一度声をかけられそうになって、慌てて咳き込む。
『クク、ククふふ……』
インカムからはそんな声。そういえば俺たちにはナビもどきがいたはずだ。
と言うことは、今耳から聞こえてくるように、こいつは全て分かった上で黙っていたんだろう。
(このトカゲめ…!)
静かにインカムの向こう側に怒りを向ける。帰ったら覚えとけよ……。
そうして息を整えるフリをしてから。
「はい、確かに俺たちは信号をキャッチしてここにきました。…と言うことはあなたが?」
妙な気恥ずかしさを振り払うように、ことさらゆっくりとして言う。
顔は少し熱いままだが、なんとか声はいつも通りのものが出た。
「は、はい」
「そうですか。俺たちは、あー、『桜花戦線』に所属する者です」
「おう、か…?」
「早い話が、助けに来ました」
ーーー
「で、ここが私たちの生活の場所です」
案内されたのは、二階の隅。かろうじて壁があるが、そのあちこちに穴が空き、天井もほとんど意味を成していない。と言うよりもほとんど青空教室だ。
幸か不幸か、俺たちが来た方角とは真逆に位置していたため、見えていなかったようだ。人数はおよそ20人と言ったところか。
「わー、ハカセおかえりー!!」
「ふふ、ただいま」
その中から四人組が飛び出してきた。次々と走り寄ってきて、そのまま少女に抱きつく。そうして少しばかりじゃれあった後、その興味の先はこちらに向いた。
「あれ、そのにーちゃんたち、だれー?」
「もしかしてさっきのすごいおとも、にーちゃんたちー?」
「こ、こら。失礼でしょ。この人たちは私たちを助けに来てくれたのよ」
「え! ほんと!?」
やったー、と叫びながらさっきと同じスピードで駆けていく。今度はさっきとは逆に俺たちから離れる形で、集まっている人たちに向かって突進していった。
その子供たちから話を聞いた大人たちが順に俺たちを見始める。どうやら噂は勝手に広まっていっているらしい。
「すいません、騒がしくて」
「いえ、子供はあれぐらいがーーー」
「あーー!!!」
こっちにも子供がいたか。
すぐ後ろでマークの叫び声が聞こえてくる。振り向くと、少女を指差しながら固まっていた。口も開きっぱなしだ。
「どうした、マーク」
「ハカセって、博士っすか!? ももも、もしかして柚木博士っすか!?」
「そ、そうですけど……なんで知ってるんですか?」
「そ、そりゃ知ってるっすよ!!何せ柚木博士と言ったら、生物学の権威! その幼い容姿と明晰な頭脳は有名中の有名じゃないっすか!!」
「ひぃ…!」
堰を切ったように喋り始めるマーク。確かに柚木博士の話なら俺も聞いたことがある。なるほど、これなら幼い容姿と言われても納得だ。
が、それはそれとして。
「落ち着け」
「あいた!!」
今にも飛びかかりそうだったマークに、拳を落として大人しくさせる。
そうして少し黙らせてから。
「ナツメ?」
『ああ、こちらでも確認した。確かにその人は柚木博士で間違いないようだ』
どうやらちゃんと本物らしい。
「まぁとにかく。……俺たちはあなた方を保護するために来ました」
後半は、先程からこちらに視線を向けている人たちに向けて言う。その言葉を聞いて立ち上がる人が一人。
痩せ気味の、こちらも女性のようだ。まっすぐこちらに向かって歩いてくる。その顔は俯いていてよく見えない。
「え、っと……?」
「っ!!」
マークの前までやってきたその女性は、ようやく顔を上げる。
その顔は。
パァン!!
乾いた音が響く。
女性の振りかぶった掌が、マークの頬を張った。
その顔は。その表情は、悲哀だった。