その6
「……ぃよ、っと」
「ういさぁ!!」
それぞれに少しばかりおかしな掛け声で手に力を入れる。そうしてやっと穴から頭を覗かせることができた。
「大丈夫そうだな」
「だな」
辺りを見渡し、見える範囲に何もいないことを確認すると、ようやく体ごと穴から這い出る。
穴に落ちてからすでに30分ほどが経過している。それが長いのか短いのかはわからないが、ともかく。俺たちはこうして元の場所まで戻ってきた。
「さて、じゃあ探索の続きといくか」
ぱん、と手を叩いてマークが足を動かし始める。さっき落ちたのを気にしてか、今度の足運びはどこか慎重そうだ。
その後を追いかけながら、そっと胸ポケットの包みに手を添える。そこには確かな存在感。先ほど手に入れたドラゴンの指、その一本がおさまっていた。
結局、跡形もなく消えてしまってはサンプルどうこうと言ってられない。指一本でも確保できたことで良しとし、救難信号の探索を続けろ、という話になった。
「ん? どしたー?」
ふと、下げていた視線をあげれば、少し先にマークの姿。どうやら足が止まってしまっていたようだ。
「なんでもない、今行く」
「おう、気をつけてな」
手を振って答えてから、足を一歩前に出す。
(……?)
出してからまた、足を止めそうになる。その原因は、自らの胸。ちりちりと、何かが焼けつくような、それでいて痛くもなく、妙に暖かい程度と言った違和感。それがさっきからずっと続いていた。
「っと、ついたな」
今度はすぐ隣からマークの声。
また知らないうちに下がっていた視線にはマークの足。いつの間にかすぐ近くまで追いついていたらしい。
そして、追いついたということはマークが足を止めていたということで。
「さぁって、じゃあ続きは上の階で、だな」
「ああ」
目の前には、さっき通り過ぎた階段。その階段にまずマークが足をかけた。
「二階にもさっきみたいなのねぇかなぁ……」
「…そうだな」
さっきみたいなの。つまりはドラゴンの死骸ということだろう。
そういえば目の前のこいつは、あれが消え去った時に叫んでいたな。こいつにとって、あれはそれほど惜しいモノだったのだろうか。
「なぁ」
「んー?」
思わず口が動く。
動いてから、何を言うべきか迷うぐらいには。
「お前はどうして、ドラゴンに相対しているんだ?」
「あれ? 言ったことなかったっけ?」
聞いたことない。いや、もしかしたら聞いていなかっただけかもしれないが。
本人の反応から言った覚えもあまりないのだろう。特に躊躇することもないのか、あっさりとその答えを口にした。
「単純に興味だな」
「はぁ……は!?」
あっさりすぎて、聞き逃してしまったのかと思った。
「ちょ、その反応は流石にひどくないか?」
そっちから聞いてきたんだろ、などと言われてしまえば確かにその通り。
驚いたものの、謝罪を口にする。
「悪い、まさかそんなこととは思わなくて」
「そんなことってなんだよー! だってドラゴンだぞ!?」
「お、おう……?」
「あのファンタジーの王道、まさか本当に現れるとは……。しかも俺たちの武器や兵器は一切効かないときた。そんなのもう興味湧きまくりだって!!……うへへ、ぐふふ、ひひゃひゃ…」
最後の、漏れるように聞こえてきた言葉は聞かなかったことにしよう。
ついでに言えば、その言葉を繰り出しながら動き回る怪しい手の動き。それも見なかったことにする。
どうやら、こいつも大概らしい。まさかあのドラゴンどもを、そんな興味の対象として見ていたとは。世の中はいろんな奴がいる、と言うことだろうか。
そんな。そんな、気持ち悪いほどの動きをしていたマークの手が止まる。滲み出るように漏れていた気持ちの悪い笑い声も、同時にピタリと止まっていた。
「裕二」
「ああ」
短く呼び合う。そして。
「そこにいるんだろ? 出てこいよ」
物陰に振り向き、言葉を投げる。ぱっと見は何もない脇道。今改めて見ても何の気配もない。
それでも、そこを睨み付ける。そうして少し。マークがもう一度声をかけようとした時。
「ぁ……わわ、っと」
そんな声が聞こえ、物陰から足音が聞こえてくる。
「も、もしかして信号を受信してくれた人たちですか……?」
やがて現れたのは、小さな女性。いや少女か……?
そう思ってしまう程、小さな背の人物。その言葉からも、彼女が俺たちの探し人らしい。ただし。
「あ、あの。どうしてそちらを向いているのですか……?」
現れたのは、俺たちの向いた方向の少し右。
通路の少し先にある、別の物陰からだった。