その5
「すでに死んでいるってことか……」
死んでいる。何が…? こいつが…?
あの、ドラゴンが…?
口にしても、それに現実感がついてこない。まだ、死を擬態していると言われた方が納得できそうだ。
「え、ちょ…じゃあ近くまで行っても大丈夫ってことっすよね。ひゃっほぅ!!」
遠くからそんな声が聞こえてくる。
見ると、立ち上がったマークがそのまま走り寄っている。もうすでに足元に到達しそうな速さだ。
『ハァ…あいつは……。須野、お前も近くに寄ってみてくれるか?』
「あ、ああ……」
そのついでにサンプルを…と続くナツメの言葉は頭を滑っていく。
足を一歩前に出す。まるで夢の中にいるような感覚。足が浮ついているように、しっかりと地面を踏めない。
それでもなんとか前に進む。まるで夢遊病にでもなったかのようだ。
そしてついに、俺もそのドラゴンの足元にたどり着いた。
「…………」
見上げると、顔。そして鱗に包まれた体。
ともすれば神々しいとも、神秘的だとも言えそうな雰囲気。が、口元には確かに血の跡。
それは、目の前のこいつも俺たちの敵であったという確かな証拠。
「クソ……」
その口元に、嫌なことを思い出す。
襲いくる暴力、迫りくる口元。そして奪われていく人々。それから……。
「クソっ!!」
思い出したら止まらない、止められない。次々と思い出してしまう。
そしてついには。
『「ならば、この手を取れ」』
差し伸べられたナツメの手。それを掴むために俺は…。
モギュ。
「は…?」
思わず伸ばしてしまった手に何かが触れる。
ここにナツメの手は無い。仮にあれば驚いて声の一つでも挙げそうだが、今ナツメはここにはいない。
では、この手に収まっているこれは何か。もちろん、ドラゴンの骸。その腕、その指の一本。それを握り込んでいた。
「なぁ、ナツメさん。これ持って帰っていいっすか?」
『待て、落ち着け、マーク。確かにそれは持ち帰って欲しいが、お前たちの目的は……』
そんな声が聞こえてくる。見ると、なにやら怪しげな手つきでマークが息を荒げている。
その目は妙に座っていて、まるで対象を目の前にしたストーカーのようだ。
(……待て、まさかこいつがドラゴンに執着してる理由はーー)
一瞬その考えが頭を過ぎる。考えすぎ、とはいえないのが現代社会。
その思考に、少し前まで陥っていた気持ちが落ち着いてくる。頭も冷静に戻った。いや、戻された、と言うべきか。
とにもかくにも、この死体は持ち帰るべきなんだろう。それを実験体にでもして、対策を練ろうと言ったところか。
であれば、あまり長く握っているわけにも行かないだろう。そう思って握っていた手から力を抜こうと…
パキン!
「は…?」
したところで、今度はそんな音。
まるで何かを割ったような軽い音。そして手には何か小さくなったもの。
手元に寄せて開いてみる。
「指、か」
それは間違いなく、さっきまで握り込んでいた指。それが折れて、完全に手の中に収まっている。
それを確認し、顔を上げる。さっきまで握っていたであろう腕からは、指が一本失われている。自らの手の中にあるのだから当然だ。
傷がついてしまえば、実験体としての価値は落ちてしまうかもしれないが、まぁ仕方ないだろう。
そう思い直し、もう一度顔を上げて前を見た直後。
「は……?」
「え……?」
『ん……?』
声が重なる。
三人とも思わず出してしまったような、間抜けな声。そんな俺たちの目の前で今、ドラゴンの死体がかき消えた。
「えっ! ちょ…はぁああああ!!?」
それはもう、あっさりと。止める間も無く。
そうして威圧感が消えたその空間にはマークの声だけが響いた。