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6話――車内

 駐車場を出ると、ヤマケーはおもむろに黄金のパッケージに入ったタバコ(ピースと書いてある)を取り出す。運転席横の煙のマークが描かれたボタンを押し込むと、次にそのボタンの蓋?を引き出し、反対側の赤くなった部分にタバコを押し付ける。静かに煙が立ち上った。


「それ、そうやって使うんですね」


「最近はコレが付いてる車も少なくなってな。愛煙家は肩身が狭いよ」


「へぇ。ただのライターよりもずっといいのに」


「なんで?」


「私、火が苦手なんです。危ないので」


 石川にとって危なくないものは無いのかとため息をつくヤマケーの横で、ぎゅっとシートベルトを握り締める。


「……家まではどれくらいかかるんですか」


「1時間くらいかなぁ」


「1時間!? いつもそこから通ってるんですか!?」


「そうだけど?」


「知らなかった……でも丁度良かった。山田さんに聞きたい事が沢山あります」


「……もうヤマケーでいいから」


 2人を乗せた車は道端に雪が残るアスファルトの上を静かに進んでいく。


「まず、あの気味の悪い薄暗い倉庫は何処にあるんですか」


「気味の悪いとは失礼な……あれはオレん家の地下室」


 地下室だったのか。そう言えば前にもそんな事を言ってたっけ。


「『手がかり』って何ですか」


「メールの文面と依頼内容の詳細、それを元にしたオレの推理かな」


「それだけ……?」


「石川には藁にもすがる思いの情報だろ?」


「……顔を見てないって本当ですか。声も?」


「あぁ。オレは基本、依頼人とは1度顔を合わせる主義なんだけど、相手は代理人を寄越してきた」


「代理人……。っていうか、いつもは直接会ってるんですね。何処でですか」


「カフェとかファミレスとか」


「めちゃめちゃ普通の場所だ……」


「人気のない路地裏で……とか、あんなんドラマの中だけの話だからな。わざわざ人に大金払って殺人を頼む奴は、よっぽど追い詰められていて、かつ自分で手に掛けるのは怖い臆病者ばかりだ。奴らは不安でビクビクしながら毎日を過ごしてる。だから直接会って、説明して、安心させてやるんだ。こんな風にな」


 タバコを灰皿に押し付けると、ヤマケーは突然背筋を正して1オクターブ高い声で喋りだした。


「あっ!お世話になります山田ですー!いえ、私も今来た所ですので!はい、はい、どうぞお掛けになってください!(横を向き)あ、すみませんアイスコーヒーをブラックで1つ。(前に向き直り)でっ、ご依頼内容なんですけれども、具体的な実行スケジュールはこのようになっております(片手で何かを差し出す仕草)。プランも3つございまして、Aプランが難しい場合直ぐにBプランCプランに移行しますので、どうぞご安心くださいませ!」


 体を揺らして早口でまくし立てるヤマケーをあ然と見つめる。服装と整った顔も相まって、爽やかなセールスマンか何かにしか見えない。


 灰皿のタバコを再び口にくわえると、顔に張り付いていた営業スマイルはあっという間に消える。


「とまぁ、こんな感じで丁寧に説明すれば、最初はオドオドしていた奴も安心しきってコロッとこっちを信じる。そして金を渡してくる。ちょろいもんだよなぁ。後はさっさと仕事して、報告して、終わり」


 ……依頼人たちがこれを聞いたら怒るだろうなぁ……。


「お金、前払いって事は、私の1億円も……?」


「勿論貰ってるよ」


「え……私死んでないですけど、いいんですか」


「何が?」


「それじゃ相手を騙してるじゃないですか」


「どうせろくでもない奴がろくでもない方法で稼いだ金だからいいんだよ。今までの依頼は全部成功させて来たし、今回は例外って事で。てか、なんで被害者の石川がそこを気にする訳?」


「だ、だって……!罪悪感とか、無いんですか」


 ヤマケーは顎をさすりながらうーんと首を傾げる。どうやら顎を触るのが彼の癖のようだ。


「分かんねぇけど、罪悪感があったら、殺し屋とかしてないんじゃないかな」


*****


 景色はいつの間にか雑木林に変わっていた。道路も狭くうねった山道に変わっていて、タイヤに踏みしめられた雪がボコボコと音を立てている。


(……このまま殺されて山に捨てられるんじゃなかろうか)


 ヤマケーはいつものメロディで鼻歌を歌いながら片手でハンドル、もう片手でタバコを持っている。灰皿の吸殻は既に3本になっていた。


「……あの、もう1つ聞きたい事があります」


「なに?」


「どうして私を殺さなかったんですか」


「どうしてって、殺せなかったから「それ嘘ですよね」


 食い気味の私にヤマケーは少し驚いた顔をする。


「取引の時ヤマケーは言いましたよね、あの部屋では刺殺絞殺なんちゃらこーちゃら……んー覚えてないけど、とにかくなんでも出来るって。なのに実際は数回心臓を刺して諦めてる。もし私がヤマケーなら」


「ヤマケーなら?」


「あのまま倉庫、じゃなくて地下室に監禁して、本当に死ぬまで毎日色んな殺害方法を試します」


 一瞬の静寂の後、車内に豪快な笑い声が響く。


「アッハッハッハッハ!! 石川お前、自分で何言ってるか分かってんの」


「もしもの話です!!」


「あーおもしれぇ。石川ってさ、想像力豊かだよな。」


「……よく言われます」


「何でだと思う?」


「ん〜、……依頼人がいけ好かなかったから?」


「ぶっ! 確かに嫌な感じの奴だったけれども!」


「生徒を殺す事に良心が痛んだから」


「まさかそんな」


(……痛まんかったんかい)


「全然分かんないです……」


「一言で言えば、勿体なかったからかなぁ」


「勿体ない……?」


 どういう意味かと問う前に、車は静かに止まる。


「ほら、着いたぞ」


 ヤマケーの指さす方角を見上げ、思わず息を呑む。


 そこには、鬱蒼とした木々に隠れるように、白く立派なモダンの家が建っていた。


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