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5話――外出

 土曜お昼時の△△駅は行き交う人々で賑やかだ。街路樹にはイルミネーションが付けられ(夜は綺麗なんだろう)、広場の銅像にはサンタの帽子が被せられている。世間はすっかりクリスマスシーズンだ。


「うぅ、これで良かったのかな……」


 私は今日、隣町の駅前にあるカフェ(の前)で落ち着きなく人を待っている。相手は勿論ヤマケーだ。


 変装して来いと言われたが、勿論そんなものやった事が無い。とりあえず家にあるものを見様見真似で着てみたが、果たして合っているのだろうか。すれ違う人にチラチラ見られている気がして思わず下を向く。


「お前なぁ……幾ら何でもその格好は無いだろ」


 呆れた声に顔を上げ、思わず「どちら様ですか」という声が喉まで出かかった。


 いつもボサボサの無造作なくせっ毛は、ワックスで綺麗に頭に撫で付けられている。髭もしっかり剃られ、アイロンの効いたスーツに黒いコートを身にまとい、少しくたびれたビジネスバッグを手に持つ姿はどう見ても出来るサラリーマンだ。


 ……なるほど、これが本当の「変装」か。


 それに比べて私と来たら――


「……それじゃぁ『怪しんでくれ』と自ら言ってるようなもんだ、せめてこのサングラスは取れ!」


 サングラスにマスク、厚手のセーターでブクブクに着太りした体、手袋、ぐるぐる巻きのマフラー、歩きにくいママのブーツ……。うん、我ながら酷い。きっと私は探偵にはなれないだろう。


 サングラスを外し、小さく「ごめんなさい」と呟くと、カフェ「Hideaway」の前を離れて彼の後を着いていく。


「ヤマケー、えっと」


「その呼び方は辞めろ」


「じゃあなんて呼べば……先生?」


「それもダメ、適当に山田さんとかで」


「ヤマk……山田さん、今何処に向かってるんですか」


「駐車場」


「駐車場で何するんですか」


「車に乗る。そんでオレの家に行く」


 ――ヤマケーの家……!


 反射的に拳を握り締める。そこで一体何をされるんだろうか。怖くて身震いするが、それより何より、私はこの男に聞きたい事が山ほどあった。


 ずんずんと先を歩いていたヤマケーが足を止めて振り返る。


「お前、歩くの遅せぇな」


「ヤマ…田さんこそ急ぎ過ぎです。こういう晴れた冬の日は雪が溶けて固まって滑るから危ないんですよ。」


 ハイハイと言いながらヤマケーは駆け足で車道を横断する。こいつ、人の話をまったく聞いていない……。


「あ、私そこの横断歩道まで回り道するんで待っててください」


「は?なんで」


「危ないので車道は渡らない主義なんです」


 1番近い横断歩道まで来ると、周囲を確認する。右、左、もう一度右。よし、車は来ていない。


 反対側で待っていたヤマケーは顔をしかめ、謎の生物でも見るような目でこちらを眺めていた。


「ルール学びたての小学1年生かよ……」


****


 ヤマケーの車は、駅から少し離れた地下駐車場の1番奥に停められていた。


 その黒い乗用車に近付いた瞬間、突然脳内に鮮明な映像が流れ出す。――薄暗い帰り道 後ろから近付く車の音 突如開くドア 伸びる腕 首元への強い電撃 奪われる自由 口に巻かれたガムテープ――


「……っ!」


 既に運転席に座り身を乗り出して助手席のドアを開けたヤマケーは、一向に乗りこまない私に首を傾げる。


「乗らないの?」


「……思い出しました。その車の後部座席で、ロープでぐるぐる巻きにされて転がっていた事を」


 ごくりと生唾を飲む。


 本当にこのまま着いていっていいのだろうか。今までの話は全部嘘で、やっぱりこいつは私を殺そうとしているんじゃないだろうか。


「へぇ……死亡前の記憶もちゃんと戻るんだ。興味深い」


 ヤマケーは顎に手を当てて目を細める。悪びれる様子は一切ない。


 今すぐここから逃げて、警察に駆け込んで全てを話せば、もしかしたら守って貰えるかもしれない。交番はすぐそこだ。


 どうする、どうする……!


「……お前が何考えてるか当ててやろうか」


「……!」


「どうせそこの交番に逃げ込もうとか何とか考えてるんだろ。果たして頭の堅い警察官がお前の『馬鹿げた』話を信じてくれるかな? ……ちなみに『馬鹿げた』って、オレの話を初めて聞いたお前の言葉な。万が一信じて貰えたとして、証拠がない。アリバイも完璧にある。その体質が公になったら、メディアの格好の餌、もしくは国の実験材料になるかもね」


「ぐっ……!」


 言い返せない。


「それからもう1つ、お前を狙ってる『クライアント』、幾ら金を積んだと思う?」


「……え?」


 唐突に質問を投げつけられ狼狽える。


「ご、50万くらい?」


 ヤマケーは黙って首を振る。


「100万……?」


「もっと」


「1000万……!?」


「1億だ」


 ……持っていたカバンを落としてしまう。


「1億。それだけの財力がある奴にお前は狙われてる。その意味を考えるんだな。――ちなみに」


 ヤマケーは車のエンジンをかける。


「オレの家に来れば、そいつの手がかりを見せてやる」


 ……私は無言でカバンを拾うと、助手席に乗り込んだ。「倉庫」で嗅いだのと同じタバコの匂いがする。


 もう後戻りは出来ない。


今回の話の目玉はヤマケーの「お前」呼びです(普段は基本石川呼び)

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