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3話――取引【★】

ちょっぴり痛い表現注意です

「実際に試してみればいい」


 その言葉の意味を理解するより早く、本能的に助けを呼ぼうと開けた口はあっという間に大きな手で塞がれる。


「ンーーーーー!!!」


「おっと。幾ら人が居ないからって学校で叫ばれるのは困る」


 そのまま、背後の男は持っていたカッターを私の腕に躊躇なく突き立てた。


 肉の切れる音が脳ミソに響く。


「ン゛ーーーーーーーーーッッッッッ!!!!」


 身体中の筋肉が硬直し手足がピーンと伸びる。


 痛い! 痛い!!


 視界が涙で歪む。


 刺された部分が熱い。


 刃が抜かれ、赤い液体がドロリと流れ出す。


 硬直した筋肉が一気に弛緩し、ヤマケーの手が離れると私はそのまま床に崩れこんでしまった。


 ハァハァと荒い息を吐きながらしゃくり上げる私にヤマケーが手鏡を突き出す。


「ほら、しっかり見てな」


 そこには血まみれの腕を庇って泣きじゃくる惨めな自分が映っていたが、その時、にわかに信じられない現象が起こる。


 シュ〜ッ、という音とともに傷口から煙が上がり、そのまま逆再生のようにするすると塞がっていく。


 1分も経たないうちに、私の腕は何事も無かったかのように元通りになっていて、乾き切っていない血の跡と赤く汚れた袖口だけが、今起こった事を証拠として残すのみであった。


 呆然と固まる私に向かって、ヤマケーは「ね?」と首を傾げる。


「信じてくれた?」


*****


 フンフンと鼻歌を歌いながら血の付いた床をモップで磨く男をじっと睨みつける。部屋の奥で回転椅子の上に縮こまっている私の顔はいわゆる「ふくれっ面」ってやつなんだろう。


「……それで、取引って何なんですか」


「お、話す気になった?」


 バッと顔を上げ近付いて来ようとするヤマケーを手で制す。


「ヒッ……! これ以上近付かないでください!」


 ぶるぶる震える私を見てヤマケーはその場に立ち止まり話を続ける。


「すまねすまね、アレが1番手っ取り早いと思って。……取引っていうのはつまり、石川が命を狙われてるって話なんだけど」


「そりゃ現在進行形で目の前の人に狙われてますけど!!」


「オレはあくまでも仲介人。別の人に依頼されたの」


「は?」


 ヤマケーはモップをロッカーに仕舞いながら話を続ける。


「たまにそういう人達からお願いされて昨日みたいな事してるんだよね。『副業』ってヤツ? カッコよく言うと『殺し屋さん』? そして今回のターゲットは石川でした。とな」


「なっ……! なんで私が!」


 自分から「近付くな」と言った癖に、今度は私からヤマケーの方に詰め寄ってしまう。


「知らね。理由聞いてないもん」


「誰に頼まれたの!!」


「知らね。相手の顔見てないもん」


「そんな……」


 へなへなと回転椅子に戻る。


「ちなみに依頼人の要望は『何があっても必ずターゲットを殺し息の根を止める事』。ただの高校生に大金積んでわざわざそんな念を押すなんてよっぽど恨まれてんだなぁって思ってたけど」


 ヤマケーは目をギラつかせて意地悪そうに笑う。こいつはこんな顔をする男だったのか。


「もしかしたらその『体質』の事も知られちゃってるかもな」


「!!!!」


「オレの『お仕事』が失敗したって知ったら、別の殺し屋を雇って今度こそありとあらゆる方法で息の根を止めに来るかも。石川の大好きな大好きな家族にも危害が及ぶかもな」


「うっ……」


 ヤマケーの言葉が脳内でグルグルと反響する。


(私が命を狙われてる……? 別の殺し屋……?)


 勿論命を狙われる程の恨みを買った覚えはない。自分で言うのもなんだが、同世代の中では品行方正な方だし、生まれも育ちも至って平凡だ。


(家族に危害……!?)


 ――大好きな2人の顔が浮かぶ。


(……それだけは嫌だ!!)




「でも、オレと取引してくれるなら」


 ヤマケーが1歩前に出る。いつの間にか震えは収まっていた。


「もう石川の命は狙わないし、石川の体質の事も誰にも言わない。それに、石川と家族の命を守る。どう?」


「……対価は何ですか」


 フッと低い笑い声が響く。


「その1、オレの『副業』の事を誰にも言わない事。……ほら、教員って副業禁止だから。その2、石川の体質を誰にも教えない事。これはお前にもデメリットが大きいからな。そしてその3、オレの言う事を聞く事」


「……3つ目がとてもアバウトなんですけど」


「なぁに簡単なことよ、さっきみたいな事を時々やらせてくれればOK」


「さっき?」


「カッターでグサッとな」


「な……ッ!? い、嫌です!」


「なんで?傷はすぐ治るし痛みもその時だけでしょ?それさえ守れば石川達の安全は保証される。いい条件だと思うんだよなぁ」


「そもそも今までの話が本当だという保証がありません!」


「オレは嘘つかない」


「……断ると言ったら?」


「そうだなぁ……」


 ヤマケーは自身の緩くうねった暗い茶髪をワシャワシャと掻いた。


「石川はあの薄暗い地下室に閉じ込められて、毎晩絶命の断末魔を上げることになるだろうな。刺殺絞殺撲殺毒殺焼殺溺殺――あそこではなんだって出来る。死んだらそれで終わり。死ななかったら、それこそ永遠に」


 額から汗が流れ出る。


(あぁ、目が笑ってない……。)




「さあ、どうする?」




 ……私に残された選択肢は1つしか無かった。

ブックマーク嬉しいです、ありがとうございます( ;ᯅ; )‬

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