プロローグ――事件【★】
目覚めて最初に視界に入ったのは、打ちっ放しのコンクリートの天井、そして染み付いた赤黒い斑点だった。
全身の鋭い痛みに呻き声が漏れる。辺りに漂うこの不快な臭いは錆びた鉄か何かか。
強ばる体を奮い立たせて上体を起こすと、どうやらここは大きな倉庫のようだ。――「倉庫」と呼ぶにはあまりにも異常な道具があちこちに散乱していたが。
「何、これ……」
訳の分からない状況に混乱した私の脳ミソは、自身の体にべっとりとまとわり付いた生温い液体の正体を理解し、殆どパニック状態に陥った。
「待って、待って、なんで血まみれなの」
「ここどこ」
「誰も居ないの」
――逃げなければ。
立ち上がろうとするも腰に力が入らず床にへたりこんでしまう。寝そべっていた手術台のような簡素なベットの下には大きな血だまりが出来ていた。
不意に前方の入口らしき通路から物音が聞こえ、次いで現れた白衣姿の男は驚く事に私のよく知る人物で、胸に広がりかけた安堵の気持ちは彼が持つ大きなノコギリのせいで一瞬にして恐怖に変わる。
相手は私の姿を見て心底驚いた様子だったが、直ぐに何かを理解した様子で、ギラついた笑みを浮かべると興味深そうに首を傾げた。
「へぇ……なるほどなぁ、そういう事」
顎をさすりながら鼻歌交じりにゆっくりと近付いてくる男に、本能が危険だ逃げろと警告を出す。
「誰か!!!! 助けて!!!!」
声の限りに助けを呼びながら後ずさるが、あっという間に部屋の隅に追い詰められた。背中から伝わる冷えたコンクリートの感触が体に絶望を刻んでいく。
「誰か!!!!!」
無我夢中で暴れる私の頭を押さえ付けると、男は鼻と鼻が触れ合うほどに顔を近付け、薄い唇を吊り上げる。
「大丈夫、今度は直ぐに終わる」
刹那、みぞおちに拳がめり込み息が詰まる。
薄れゆく意識の中最後に感じとったのは、血に混じったかすかなタバコの香りであった。
初投稿です。完結目指して頑張ります。よろしくお願いいたします。