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バルセロナで聞いた「守られない約束の意味」の話

作者: みじんこ

 疲れていた。ギャラリーめぐりで歩き回ったからだけではない。数日前に作品を買いたいと言ってた女性が、結局、買いに来ないことになったからだ。個展を見に来ると言ってくれたアートディレクターも、今のところ音沙汰がない。楽しみにしていただけに、残念に思う。


 バルセロナには町中に小さな広場があって、町の人がタパス(小さい料理)を楽しんだり、カフェしたりしている。私は広場のベンチに座って、曇り空を見ていた。ここしばらくは、雨が続くらしい。

 一つうまくいかないと、うまくいかなかったことが次々と思い出されて、頭から離れない。


 緑の短パンにランニングシューズのおじいさんが歩いてきて、ベンチの隣に座る。ふだんからよく歩いてるんだろう、足の筋肉がみっしりと膨らんでいる。何気なく目を向けていただけだったが、視線に気づいておじいさんが声をかけてくる。


「すごいだろう、毎日十キロ歩いてるんだ」

「十キロ!それはすごいですね」

「先に亡くなった妻がね、健康のために歩け歩けってうるさくて。最期までそんなことを心配してたんだよ。それで亡くなる前に約束したんだね、『毎日歩く』って」

「ああ、それをずっと守ってるんですね、すごいなぁ。でも、バルセロナって時折すごく強い雨が降ることありません?雷が鳴ったり。そういう時はどうするんでしょう?」

「そんな時は歩かないよ。家でストレッチするだけさ。他にも飲み過ぎた日の翌日は歩かない。起き上がりたくないからね、ははは」


 亡くなった奥さんとの約束の割に、ずいぶんあっさり『歩かない』選択をするんだなぁと思い、私は質問する。


「申し訳なくなりません?誰かと約束したことを守らないのって」

「ならないよ、キミはなるの?」

「なりますね。他の人の約束も、守られないと残念に感じますもん。『来る』って言ってたのに、って」

「フーム、なるほどね」

「どうなるか分からないなら、『行けたら行く』『やれたらやる』って言ってくれたらいいのにって思いませんか?そしたら、こっちだって期待しないで、叶ったらラッキーくらいで待てるのに。それに、はっきり『行く』とか言われると、こちらも準備して待っちゃうから」

「そうだね、そういうのもあるかもしれない。ここでは守らなくても別に気にしない。お互いがそうなんだ。お互いが、その瞬間に一番大事なことを優先してるんだよ」


 私は眉をしかめてうなずく。


「たとえばキミの恋人が急に会いに来てくれることになった。そんな時は、誰かが来る予定なんかすっぽかして会いにいけばいい。その時、一番大事なことを優先すればいいじゃないか」

「うーん、でも、それじゃ、来た人ががっかりするじゃないですか。約束って信頼関係をつくるものだし」

「あはは、キミはずいぶんちゃんと約束を守ってきたんだねぇ」


 楽しげに笑うおじいさんを見て、私はますます笑えなくなる。だってまるで、約束を守っているのが悪いみたいじゃないか。


「信頼関係はね、約束を守るか守らないかで成り立つわけじゃないんだよ。もっと前の段階さ。約束が守られようと守られまいと、壊れない関係をつくるのが大事なんだ。約束を守ってもらえなかった時、自分はがっかりするだろう。相手はどうかな?

 相手がすまないと思っているなら、いい関係だ。相手がどうでもいいと思っているなら、約束より前に、その人との信頼関係をつくるのが大事なんだよ。私はもう何回も約束を破って、妻には何千回も怒られたさ。でも、一度も別れ話は出たことがない。死ぬまで一緒だった。約束より前の、信頼関係をつくっていたからだよ」


 私は、これまでのことを振り返る。押し付けるように「YES」と言わせてなかったか、相手に当然のこととして要求してなかったか。


「守られない約束があった時は、相手との信頼関係の深さを知るチャンスなんだよ。約束を強いる前に、信頼関係を築かないとね」

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