第六話 絵に描いたような絶望が
球体表面に生じる波打ちは徐々に激しさを増してゆく。
忌々しいそれの変化に気が付いたのはついさっきの出来事だった。
最初は表面が風にそよいでいただけかと思ったが時間が止まってしまったこの空間において自然の風が発生するはずもない。
何かがある、と頼りない直感が告げている。
そんな変化の兆しを前に溢れ出る悲しみと憎しみを文字通り歯が欠けてしまいそうなくらいに噛み締めていると、空に浮いた黒球に決定的な変化が訪れた。
四つあった波紋の中央からそれぞれ触角のようなものが生えてきたのである。
それは視認出来るほどの速さで次第に尺を伸ばしていき、ある一定の長さで変化を止めた。
しかし変化が終わったところで奴の意図というのがわかることもない。
そもそもどうしてこんな皮肉な姿に切り替わる必要があったのか。
その姿ではまるで――。
「人型になった……?」
触角だと思っていたそれらは変化しきった今ではさながら人間の手足ほどの長さになっていて、頭部がないことを除けば人間の姿を模倣したと言われても頷ける。
そんな姿に成り代わっていた。
大きさもこちらの見る限りだと一般人と大差ないくらいで、だとしたらつい先刻までの馬鹿でかい何かだったこいつは一体どうやってここまで小さくなれたのか。
飲み込んでしまったみんなや教室の机などは一体どうなってしまったのか。
まるで歩くブラックホールのような常識外の化け物に浮かぶ疑問の数々に嫌気がさす。
本当なら今すぐ手を打ってやりたいのだ。
それこそぶん殴って死にたくなるほどに後悔させてみんなを解放してやりたい気持ちがあるのに、それも未知であるが故に無謀の二文字に遮られどうすることもできない。
だがこうして考えたところで何か策は浮かぶのだろうか。
無駄だと分かっていてもなんとかしてあいつを殴り飛ばすしかないんじゃないのか。
何を考えるにも憎しみのせいか自分でも冷静じゃないと思えるような過激な発想ばかりが浮かんでくる。
そもそも人型を成したくせに宙に浮いている奴に一発入れることさえ不可能だというのにどう抗えというのだろう?
人間の真似事がしたいのならまずは地上に降りてきたらどうなのだろうか。
どれだけ悪態づこうが変身を終えた頭部のない黒い人型はまだ一階の教室から貫通している穴の真ん中で佇んでいる。
一体何のために変身したのか。
何に反応してここまでやって来たのか。
どうして目と鼻の先にいた俺のことは襲わなかったのか。
さっきから考えたいことは山ほどあるのにあらゆる感情が渦巻くせいでどうも集中を欠いてしまっていけない。
だけど奴からは片時も目を離さない。
壁ごと二つの教室をくり抜いたせいで奴の背後に見える日差しがやけに黒いそいつの禍々しさを引き立たせ、ただでさえ汗で湿っぽくなっていたシャツが背中越しにじっとりと濡れていくのが分かる。
そして、
「な!」
何の前触れもなくそいつは宙に浮いたままでこちらへ近付いてきた。
あまりにも緩やかな初動だった。
俺を飲み込みたいのなら教室を襲った時くらいの速さで距離を詰めればいいのに、のっそりと気怠そうにこちらに近付いてきている。
その様子に益々怒りが湧いてくるのを感じた。
「舐めやがって……! どこまで俺を嘲笑いたいんだよ!」
かと言ってどうすべきなのかもわからない。
生まれてこの方拳を誰かに振るったことのない俺は当然武術を嗜んでいたという過去もない。
頭の中でなら日夜不良やテロリストと格闘し人体の可動域ギリギリのアクロバティックな戦闘スタイルでそれらを撃退して人を救っていたのだが実行に移したことは未だかつてない。
だからじりじりと距離を詰めてくる人型に対して大して対抗策を練ることもできず、俺に出来たのはただ手の届く範囲にやって来たそいつに向かって力いっぱいパンチを繰り出すことだけだった。
驚きと困惑で腰の引けた杜撰なパンチが放たれる。
その行為がむしろ裏目に出ることも知らずに。
「死ねくそが――って!?」
武道など知らない、喧嘩なんて以ての外。
そんな俺が力任せに体重を乗せて放ったパンチはこちらに手を伸ばしていた黒い人型の体をすり抜けて虚空へと向かう。
これがどういうことなのかこの瞬間では認識できなかった。
だがすぐに理解することとなる。
どういうわけかこいつには実体がなかったのだと。
すると俺はどうなるのか。
答えは簡単だった。
何故って俺が立っていたのは教室に入るドアの目の前。
そして教室は俺の目と鼻の先から消失してしまっている。
――つまり思い切り前方へ振り切られたベクトルのぶつけ先がなくなったことで、俺の体は元々教室があったはずの何もない空間へと投げ出されたことになるのだから。
「うおぁ!」
上半身から一階へと落ちていく際、反射的に真上の黒い人型へと目が向いた。
ぶん殴ってやったはずのあいつがどうなったのか、拳が空を切った事実をはっきりと認識できていないまま降下する俺はやはり何ともなさそうにしている奴の姿を目にして……。
「ぐあっ!」
あまりのどうしようもなさに苛立ちを覚えるよりも身体が地面に激突する方が早かった。
受け身を取ろうと右手から無防備に自由落下した身体はそのままの形で地面へと。
右手に激痛が走るのが分かった。
落ちる時の体勢の悪さもあったのだろう。
あまりの痛みにおそるおそる右手を見やれば曲がってはいけない方向に手が捻じれてしまっている。
完全に骨が折れている。
火を見るよりも明らかだった。
右手の普通じゃない捻じれ方にショックを受け、思わず声にならない叫びを上げる。
が、言わずもがな助けに来る者はいない。
それどころかこの学校には自分以上に助けを求めている人間がたくさんいるのだ。
それはわかっていた。
わかっていたのに……。
「痛い……誰か……うぅ……」
情けない声が漏れてしまうのを抑えることが出来なかった。
一番弱音を吐いてはいけない俺が誰かに助けを求めてしまった。
それがまた堪らなく悔しくて……。
誤って噛み締めてしまった下唇が切れてしまったのか口いっぱいに血液特有の鉄っぽい味が広がった。
苦くて不味い。
でもその味が俺に再び覚悟を決めさせた。
折れたらそこで負けたことになる。
みんなを奪ったこのクソ野郎に俺が負けたことになる。
それだけは絶対に、死んでも嫌だった。
痛みを堪えて左手と両足で何とか立ち上がる。
幸い足に怪我は負っていないようだった。
つまり俺はまだ走ることが出来る。
無限に時間があるはずの世界で今だけは時間がいくつあっても足りない。
こいつと殴り合って勝てるのか?
無理だ、こいつの体?は攻撃がすり抜ける。
弱点はないのか?
現状それは見つかっていないし見つけるための時間も恐らくない。
こいつを学校から遠ざけるのは?
教室を飲み込んだあの時の速さを見るに難しそうだ。
いや……だけどもしもこいつがそうなのだとしたら?
限りなく少ない時間の中で俺はこいつからみんなを守ることが出来る方法を考え抜いた。
人生で一番頭を行使した可能性すらあるほどに。
そしてその甲斐あってか正しいのかもわからないが一つの策を思いつく。
そうと決まれば即時行動に移すべきだ。
「よし! 来いよクソ野郎!」
叫び過ぎでガサガサになった声を振り絞って力強く今も俺の真上にいる黒い人型を呼びつける。
顔がないのに奴はこちらを見ているような気がして気味悪く感じたが、そんなことはお構いなしで力なくだらんと垂れる自らの右手を気にかける暇もなく走り出す。
少し走り辛いが大きな支障は無さそうだ。
教室があったはずの場所を抜け廊下へと躍り出た俺は自分の中で練り上げた策を反芻しながらひた走る。
考えた策は至って単純。
走ってこいつを誘導してそのまま校外へと連れだしてしまうことだった。
いくつかの憶測から選んだ危ない橋だったがもはや俺にはそれしか思い浮かばなかった。
憶測その一。
あいつは何故か俺を狙っている。
どうしてなのかとかはもう考えている余裕がない。
だけど俺ごと教室を飲み込まなかったこと。
わざわざ姿を変えてまで俺に迫ったこと。
そして現に今他の生徒たちに目もくれず俺を追ってきていることからも恐らくこの仮説は正しかったと言える。
憶測その二。
人型になったあいつは放送室前の廊下で会った時の黒いぼやっとした何かでいた時、そしてクラスを飲み込んだあの時よりも速度が遅い。
何故か人型になったこいつの動きはやたらおっとりしていた。
それを最初は俺を舐めきっているからだと憤慨したのだがもしかすると姿が変わったせいなのかもしれない、ともとれた。
これに関してはほとんど可能性以上にお祈りの要素が強かったのだがこれまた現に追ってきている奴のスピードがさほどでもない辺りから間違いなかったと言えるだろう。
というわけで俺はこいつを誘導してこのまま下駄箱のある昇降口へ向かってグラウンドを経由し校外へと連れていく予定だった。
外に連れ出せば自分と似た境遇の人間を見つけられるかもしれないし、そうなればこいつを打倒する術もみんなを解放する術も、この世界を元に戻す術もわかるかもしれない。
それにこの脅威から学校に残る他の生徒達を救うには考える限りこれしか方法がなかった。
そうなるとあいつにパンチを当て損ねて一階へ落ちてきたのは不幸中の幸いだったといえる。
おかげで一階にある昇降口までの距離は格段に近くなっているから。
振り返るとやはりそこにはこちらを同じかそれ以下くらいの速度で追尾してくる黒い人型が。
そのままゆったりと付いてこい。
これ以上みんなのことを奪わせてなるものか。
もうすぐで昇降口に辿り着く。
グラウンドを横切るのが最短ルートだがそこそこ距離があることを思うと追いつかれないかどうかというのが懸念だった。
それにこの学校はちょっとした丘の上に建っていることもあって街の方まで坂を降りるのも一苦労。
このプランにおいて試されるのはこれまでろくに運動をしてこなかった俺の基礎体力でもあった。
しかしそんな弱音も許さないのが差し迫る仇敵である。
本当に忌々しい。
だが幼馴染二人とクラスメイトを失ったどん底の中でようやっと見えた幽かな光を掴まないわけにいかない。
厳しい戦いになることはわかっていたが昇降口までやって来た時点で折れたかに見えた俺の心は間違いなく持ちこたえていた。
あぁ、やって来た時点では。
「――ッ!」
何とか追いつかれずにかつ距離を離し過ぎないようにと調整しつつ走っていた俺は昇降口の方を向きかけてすぐに体を反対の二階へ上がる階段の方に向けていた。
そのまま動揺を隠してスピードだけは落とさずに階段を上る。
けれど頭は既に真っ白だった。
何も考えることの出来ないまま二階に到着する。
そのまま二階へ移動しようかと思いかけてやっぱり目の前の光景にすぐに次の階段を上った。
何でだ? どうして? 意味がわからない。
有り得ていいのかそんなことが。
もし俺の考えていることが現実なら勝算とかあるはずがない。
それにもうここまで来てしまったのなら――。
考えを改めた俺は三階まで上って来てもなお足を緩めることをしなかった。
目的地は昇降口から書き換えられて三階のもう一つ上の屋上へと設定される。
ある最悪の可能性を信じなくて済むようにと。
その間何度も振り返りながら進むが奴が追い付く気配はない。
離れすぎないようペースを考えながら階段を上る。
屋上はもうすぐそこだ。
丘に建つ高校の屋上ということもあって眺めも良く、普段ならどのタイミングでも人がいて告白スポットとも囁かれている場所だ。
今の俺にとっては窮地でしかないのだが。
ようやく階段を上り切ったがそれをいちいち喜んでいる場合ではない。
荒い息を抑えつつ重たい鉄の扉を開く。
と、名物の景色には目もくれず急いで落下防止の鉄柵まで近づくと下のグラウンドへと目をやる。
昇降口のある方向だ。
するとやはりそこには。
「やっぱりうじゃうじゃいやがる……」
グラウンドを埋め尽くすほどに大量の黒い何かがいた。
人型ではなく放送室前にいた輪郭の朧げなタイプの奴だ。
あれがもう面白くなるくらいの数湧いていたのだ。
昇降口を見た時に捉えた複数の漆黒は想像通りこいつらの姿だったのだ。
ただでさえ判断材料の欠如した危険な存在が数える気も起きないほどに発生しているのだとすれば、あの時昇降口を出てグラウンドを突っ切るなど自殺行為でしかなかったはず。
それにこの状況から鑑みれば奴らが高校を占拠してみんなが消し去られるのも時間の問題だろう。
だとすれば俺はどうするのが正解なのか。
他の人間が助けに来てくれるまで少しでも延命することか?
こんな敵だらけの校内で?
勝ち目のない逃避行の予感にもう俺は笑えてきていた。
そして目下のグラウンドから視線を正面に戻した際その笑顔は更に大きなものへと変わる。
「はは……なんだよあれ……」
あまりに巨大な黒い津波だった。
そうとしか形容できない。
ひたすらに黒い津波が街を穢し尽くすために遥か彼方から押し寄せてきていた。
あれが水なのかもわからないがどうせろくなものではないのだろう。
それは間違いない。
だとすれば街にいる家族の安否はどうなる?
あんな波どんな高台に逃げたって助かりっこないだろう。
街にいる人たちに助けが来るとも思えない。
つまりこちらに救援が来ることもないだろう。
街は直にあの波に呑まれるしあの波の高さからするにこの学校も黒に染まるし生徒たちも化け物に食われる。
救済への兆しなんて最初からなかった。
どん底の中で幽かに見えた光とか笑わせてくれるなよと思った。
最初から俺に教え込まれたのは塩と酸と血で出来た絶望の味だけだったんだから。
そういえばと思い出して振り向くとようやく追いつけたらしい黒い人型の姿が。
救いたかった大勢の死が確定してしまったせいで奴の存在が蚊帳の外だった。
正に絶望の袋小路というものだ。
もう悲しみに声を上げる気も起きない。
今の俺を満たすのはいっそ清々しいほどの脱力感だけだったから。
それでも俺を散々な目に遭わせたこいつには一泡を吹かせてやりたいという気持ちもあって、
「足の速さでは俺の勝ちだったな」
正面の黒い人型を笑ってやると再び鉄柵に向き直り、使い物にならない右手は使わずに左手と足の力だけで緑の鉄柵をよじ登る。
流石に両手がかりで登れないというのはハードだ。
ただでさえすり減らした体力が悲鳴を上げたがもうすぐで終いなのだから耐えて欲しいと鞭打つ。
今更気でも遣っているのか奴が邪魔してくる様子はなかった。
終わりきったこの世界に理不尽に殺されてやるのはどうにも癪だったし、死んでいったみんなの仇とはいかないがこいつがしつこく狙う俺の命までもくれてやりたくはない。
つまり俺の手で俺を殺す、お前には殺されてやらん。
それが目論見だった。
鉄柵越しに街の方を見れば俺の家のあるあたりはもう既に確認できなかった。
きっともう黒い波に沈んでしまっているのだろう。
生まれ育った街というものにやはり多少の感傷はあったようでこれまで過ごしてきた主要な箇所を思い出しては寂しさを覚えた。
今日で全てが終わると知っていたなら最近は行っていなかったショッピングモールも、昔三人でよく遊んだ公園ももっと色んなことを思いながら歩けていたのにな。
登り切った鉄柵の頂点でバランスを崩さないようにびちょびちょになったシャツの袖で腫れた右目を拭う。
丘の上に建つ霞ヶ丘高校の屋上にある鉄柵のてっぺん。
この付近で一番高い位置に俺はいる。
あんまり奴が何もしてこないので一つ深呼吸をする。
それにしてもやたらと長く感じる一日だった。
考えていたことが全て上手くいかず願ったことも全て叶わなかった。
異変が起きてから口にした言葉も「ぐえっ」とか「うわ」とかばっかりだったな。
その都度何度も折れそうになってそれでも自分の力を信じて頑張ってきたがやはり俺には何もなかったのかもしれない。
でもこれだけ不格好だったからこそ最後に一つくらい成し遂げたっていいだろ。
右手の苦痛と姿勢維持の困難に顔を歪めながら鉄柵の頂点を股に挟むと、やはり顔がないくせに何故か視線を感じる黒い人型を瞳に据える。
そして精一杯の報復と侮蔑を声色に乗せて、
「お前に殺されてやるもんか、ばーか」
憎まれ口をたたくと奴に手を出される前に思い切り体の重心をグラウンドの方へとずらした。
確認だが此処は屋上である。
このまま自由落下すればどんな人間であっても天に召されるだろう。
それこそが俺に出来るせめてもの抵抗だった。
そしておそらくだが実体のない奴に俺を止めることはできない。
死ぬのは怖いはずなのに思い通りにならなかったあいつのことを思うと自然に頬が緩んだ。
ざまあみろ。
大罪を犯したお前には軽すぎる罰だ。
全身が浮遊感を感じる前にどうしても最後にあの無機質な姿がどうなっているのか気になって視線を屋上の方へ。
悔しさを滲ませたりするのだろうか?
だが反転した視界はもうじき屋上が見えなくなりそうなくらいに降下しており、すぐに屋上のあった高さより下にいた俺からは角度的に奴の姿はほとんど見えなかった。
残念だ……そう思った刹那。
「――え」
ぐいっと身体に対し垂直に発生した浮遊感。
降下中であったはずの視界はむしろ鉄柵を越えた遥か真上の方に。
本来俺が浴びるはずだった下方向への力はいつしか上方向へと切り替わっていたのだ。
だが迫りくる不測の事態に対して理解が及ぶのは殊の外早かった。
というのも目に入った情報だけでもこの身を襲った出来事に関しては十分すぎるものだったから。
「お前……」
黒い人型から伸びた手が必要最低限の弱々しい力で俺の身体を掴んでいた。
実体がないはずだった奴の紛い物の手が落下する俺の身体を掴み取っていたのだ。
それは考えられていた二つの想定を打ち砕く有り得なかった出来事である。
人型になった奴は動きが鈍いはずだった。
人型になった奴は実体がないから俺の身体に触れられないはずだった。
そんな二つのはずが真っ向から否定されてしまった。
挙句決死の自決も阻まれて落ちていくどころか鉄柵に跨っていた時よりも高い位置まで持ち上げられている。
だがそんな拘束も束の間。
すぐに俺を縛る手からは解放された。
最悪なことに奴の身体が待ち構えているその真上で。
これで、終わる。
「嫌だ……嫌だ……!」
よく子供がグミなんかを上に飛ばして大口を開けて食べるみたいに。
グミのごとく腕から放り上げられた身体は当然空中に在って抵抗できるはずもなく奴の身体目掛けて落ちていく。
みんなと同じように消されてしまう。
ちくしょう……!ちくしょう……!
どれだけ恨もうとリアルは迫ってくる。
抗うことすら許さぬ冷たい世界が俺を嘲笑っている。
俺は自分の死に方さえ決められない。
自分の意思で死ぬことさえ叶わない。
あんなに努力したってこんな惨めな終わり方なのか?
張り詰めた空気を滑り落ちていく中でこの世界以上に俺が呪ったのは自らの弱さだった。
結局何もできなかった。
何もさせてくれなかった。
救うとか助けるとか喚いてるだけでその実人を見殺しにするだけのピエロだった。
これまでにしてきたどんな妄想にも意味はなくて、特別なんかでは毛頭なくて、唯一悠人の言ってくれた俺の力だって信じてみただけ無駄だった。
俺はあいつらみたいにキラキラしていなかった。
折れずにいれば負けないなんて嘘だった。
何もかも始まった時からとっくに敗北は決していたのだから。
憧れていた自分の姿は滑稽なくらい自分じゃなかった。
現に中学の頃力が宿っているとか言ってた右手だって簡単に折れた。
ただ悔しさと情けなさの狭間で俺は落ちていく。
身も心もズタボロにされて惨めに散っていく。
なのにこれだけ底を見ても。
「お前だけは絶対に! 絶対に! 殺して――」
最後に憤怒に満ちた怒号が響いてまもなく周囲を静寂が満たした。
本当の意味で世界から喧騒が消えた瞬間だった。
こうして秦瀬陽太の生涯は何も果たせぬままに終わっていく。
この世界の最期と共に。