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理想郷には遥か遠く  作者: 小犬
第一章 瓦解する世界と泉の少女
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第四十一話 俺と彼女とクソ野郎のすべて


 力の使い方ならわかっている。

 魔力は必要ない。

 ただ干渉する対象――四元素(エレメント)を強く意識して思い描く。



 それだけで心象にしかなかった質量を持つ風が、現実に反映されて彼の者に届いた。

 窮屈だった世界が吹き抜ける風に拡がっていく。

 ずっと追いかけていた特別な力を手に入れることが出来たんだ。



 だがそれで十分、なんてことは毛頭なく。



 「まだまだいくぞ」



 特別な力など二の次だ。

 早くも作戦は第二フェーズへ。



 イメージした風に背中を押される勢いで俺はまた同様に逆巻く風を球状にして奴へと放つ。

 先程は間違いなく当たった。

 透かされることはなく僅かながらダメージが入っているようにも見えた。



 であれば次も通用するはず。

 ただ一人この状況を目に焼き付けることが出来るリザは隣でそんなことを考えているかもしれない。

 が、実際はそんなに甘い話ではないだろう。

 あまり気負わずに次の攻撃のために構える。



 風球はかざした右手から再び奴の方へ飛んでいき――案の定今度は透かされてしまった。



 目標に当たり損なった風球が奴の真後ろに立つ木々の間を掠めていく音だけが森に鳴っている。

 奴はその場から一歩も動かなかった。



 ようやく通用した俺の手は通用せずまさに万事休す……ということではない。



 むしろ当たってしまえば予定が狂っていた。

 この二度目の攻撃は透かしてもらわなければならなかったのだから。

 おかげで可能性は一つの形としてまとまりを成し、確信へと昇華した。



 検証を終えてこれからの流れを頭で反芻しつつちら、と隣にいるリザを見る。

 俺の放った風がもう通じないことに動揺していないか不安だった。

 また失敗してしまう俺を励まそうとするんじゃないかと心配だった。



 「陽太くん……!」



 しかしそんなもの、彼女の前では杞憂だと今更理解した自分を恥じた。



 戦う者の目。

 気遣いなんて感じさせない、今にも「私が行きます」とでも言いたげな戦乙女の碧い双眸に俺の不要な憂いは霧散した。



 彼女にならこの戦いの結末の全てを委ねられる。

 心からそう思えた。

 だからこそ、



 「さっきのは本気の魔法じゃないよな?」



 奴に聞こえないくらいの小声でリザに問う。

 それが事実だという根拠ならあった。



 「そ、それは……」



 図星だったのだろう。

 リザは目を逸らして言葉を濁した。



 「『我、暴風の紡ぎ手なり』。さっきやろうとした魔法は俺が来る前に一回使った風属性の魔法だ。話を聞いたから知ってる」



 確かウィンドブラスト。

 その際は透かされたと聞いている。

 だが問題は一度透かされた魔法を使ったことじゃない。



 二度も撃てるような魔法を使おうとしていることが問題なのだ。



 「俺はリザの魔力が空になるくらいの、全身全霊、完全無欠、本気の魔法が欲しいんだ」


 「でもそれでは!」


 「全力でないと駄目なんだ。小出しにして勝てるような相手じゃないのはもうわかってるだろ?」



 俺の考える結末に彼女の超魔法は不可欠。

 だからこそ出し惜しみして詰めが甘かった、ではもう終わりなんだ。

 今度こそ失敗が許されない。



 そのためにこの短い時間で二つの準備をした。

 事の顛末が俺次第になるような準備を。



 「――確かに一つ、凄い魔法ならあります。ですがあれだけ魔法を使った今それを撃ってしまえばそれ以降、私は正真正銘本物の役立たずになってしまいますよ?」


 「それでもリザの身体能力は俺より高いんだけどな……って訂正する必要はないか。取り敢えず全部わかったうえで考えは変わらない。リザはその凄い魔法ってやつを頼む」


 「言いにくいのですが、魔力の構築が複雑なので詠唱の間身動きも取れません。また陽太君が時間を稼ぐことになってしまいますよ?」


 「ああ。そのつもりでお願いしてるんだ」


 「さ、さっきは二十秒と持たなかったのに、ですか?」



 とても口にしたくなさそうに先の事実を告げるリザ。

 その光景がなんだか可笑しく思える。

 思わず笑みが漏れて、

 


 「わかってる。全部、わかってる」


 「――ではもう何も言いません。私は陽太くんを信じます」



 珍しく睨むように俺を見つめていたリザが諦めたように目を伏せる。

 俺を過大評価しがちなリザだが妄信的というわけではない。

 きちんと現実を加味したうえで俺を思ってくれる。



 そんなリザにとってはやっぱりこれからのことは無謀だったのだ。

 俺の変化を目にしてもなお。



 だから彼女なりに説得しようとしてくれた。

 そして最終的には何もわからないままでただ俺を信じてくれた。



 だとしたらそれは……報いたいよな。



 「何があっても、詠唱を止めないでくれ」


 「――っ」



 かざした手の平から再び風球を飛ばす。

 それとともに俺は倒壊した木が並ぶ方へと駆けだした。



 振り返ると攻撃を開戦の狼煙と取ったのか奴はリザの方を気にすることもなく俺の方へと迫る。

 風球は当然のように透かされていた。



 しかしこの状況は望ましい。

 奴はさっきと同様にリザよりも俺に関心を抱いていることがこの戦いの肝なのだから、スタートダッシュには成功している。



 あとはリザが言う凄い魔法を放つその時まで俺が時間を稼げるか、ということなのだが。

 周辺視野で最後に目にしたリザは蹲り、頭を押さえていた。



 あれもきっと凄い魔法とやらを行使するうえで必要なことなのだろうが、少し不安になるような光景でもあった。

 が、今は俺も彼女を信じることしか出来ない。



 「――来るっ!」



 思考がよそ見をしていた折、黒手が走る俺の背に手を伸ばしてくるのが気配でわかる。

 さっきまでは避けることしか出来なかった。

 リザが割って入ることでしか攻防の均衡は保てず一人では僅かな時間さえ稼ぐことは出来なかった。



 では、今はどうだろうか。



 顔だけで僅かばかり振り返ると直ぐそこにあった黒手へと手を払う。

 すると手先で風が逆巻いて黒手へと向かっていった。

 今回の攻撃は――。



 「――――ッ」



 風が巻き上がる高い音と鞭で何かを叩いたような音が響く。

 奴に俺の攻撃が命中したのだと知るのにわざわざ目を向ける必要もなかった。



 ただ全力で前に進む。

 前に進んで、つまりは元に戻る。



 俺には色々考えがあってもと来た道を戻っていた。

 奴に追われる中で崩れた木々を飛んで跨いで、それでも速度は落とさずに必死に走っていた。



 そこまで距離の離れているわけではないそこでならリザの魔法は届くはず。

 時間を稼ぐうえでも何かと都合が良かった。



 「またか」



 振り返るとやはりまた黒手は迫ってきている。

 レベルに開きがある分どれだけ意表を突いたところですぐに距離を詰められる。

 攻撃を当てられていることに少しは驚いているだろうがダメージとして大したことはないのだろう。



 「喰らっとけ!」



 またさっきまでの要領で風の攻撃を放つ。

 今回は黒手がまだすぐそこまで迫っていないタイミングで。



 そしてその攻撃を今回は透かされた。

 奴はすぐに速度を上げると一息に俺のすぐ真後ろへと迫り、黒手を振り上げる。

 このままでは間違いなく地べたに叩き潰されるだろう。



 が、この距離感もまた予定通りだ。

 突如俺の足元がブロック状に盛り上がり俺を前へと吹っ飛ばす。



 盛り上がった土に飛ばされてそのまま加速した俺とは反対に、奴はというと俺を飛ばした後倒れてくる隆起した土を黒手で破壊することで()なしていた。

 透かすことはしなかった。



 地面を削りながら着地した俺は再び開いた奴との距離に安堵する。



 このままいけば勝てるかもしれない。

 今のところ全てが上手くいっている。

 それもこれも新たに得た力と奴の実態を見抜けた成果だ。



 もう断言してもいいだろう。

 この馬鹿に吠え面をかかせるために。



 「お前、物理か魔法か。どちらかしか透かせないだろ?」



 立ち止まり俺が見抜いた事実を口にする。

 こうやって話している間は奴もこちらを攻撃することはない。

 それさえもうわかっていた。



 「お前には二つの姿があるんだ。物理攻撃をする時は物理的干渉が出来るよう実体化しなければならない。その間はこちらからも物理で攻撃することが出来る。が、魔法は透かしてしまう」



 リザが戦っていた時の話からもこれは早い段階でわかっていたことだ。



 だから俺を黒手で掴む時、殴る時。

 こいつには物理での攻撃が通る。

 距離がある時は俺の風を警戒して物理化を解いていたから当たらなかった。



 「もう一つの姿は魔法に干渉できる状態――とは言ってもお前は魔法を使えないようだから、実質物理攻撃を透かすための状態にしか過ぎないんだろうな。その状態の間は魔法が当たる」



 これに関しては未だ一度もこいつに魔法を当てていないことから断言するのは難しかった。

 それでも俺がこの推測に自信を持てたのは()()があったから。



 「あとお前……考える脳みそがちゃんとあるな」



 きっかけはどこからだったか。

 初めは無機質で感情の見えないそれがよくわからない行動を取るようになった。



 執拗に俺を狙ったり、俺とリザが話しているのを攻撃せず観察するようにただ眺めていたり、攻撃を当てられた時には動揺する素振りすらあった。



 思考することも出来ないのならただ俺たちの命を狩ろうとするだけの行動を取るだけで良いはずだ。

 少なくとも俺とリザが作戦を立てるのを放っておく必要はない。



 そして極めつけは――。



 「だってお前さっき俺の攻撃を魔法と勘違いしたろ」



 この一連の行動があったから俺はこいつに魔法が通用すると信じられた。



 俺が初めて放った風球。

 それをこいつは透かせずにその身で受けたのだ。



 俺の推測通りなら物理攻撃は魔法化――魔法に干渉できて物理を透かす姿になれば透かせるはずだ。

 しかしこいつはそれをもろに喰らっていた。

 魔法化をせず物理化した状態で風球を受けたのだ。



 奴は知らなかった。

 俺の持つスキル『エレメント』が魔力に依らないものであると。

 魔力を介していないのだから俺の放つ四元――火も水も風も土も全て物理攻撃という判定なのだと。



 結果パッと見は魔法攻撃であるそれをそのまま魔法攻撃と捉えて、魔法を透かし物理を受ける魔法化した状態になってしまった。



 だからあの一撃は奴の勘違い(エラー)によるもの。

 目視して魔法だと認識したそこに思考がある。

 魔力を感知してどう回避するか判断するシステムが形成されているわけではない。



 現にその後の二発目は透かすことで対応して見せた。

 自らのミスに気が付いてようやく俺の攻撃が物理だと知ったのだ。



 間違いなくこいつは物を考えることが出来る一つの生命だ。

 こいつと重なった最悪な記憶の数々がそうだと声を上げている。

 未知は既知となり恐れは限りなく薄まっていた。



 色々と話したが、奴に鼻を明かされたことで憤慨する様子はない。

 だが必ず聞こえているはず。

 でなければこうして向き合っている時間があるはずもない。



 目的は終ぞわかりそうにないがこうしている間にも時間は稼げているわけだし、こうなってくると益々勝利が待っているように思えるのだが――。



 「――ひぅっ」



 余裕が生まれたタイミングでの出来事に変な声が出た。



 一瞬だ。

 一瞬の間に目の前が真っ暗になった。



 夜になったのか?

 馬鹿みたいなことを思いそうだった。

 そんなわけがあるまい。

 無意識に堅い鎧をイメージしていた。



 「ぐふ」



 腹部を殴られた俺は重さなんてないみたいに吹き飛ばされる。



 前回背中を殴られた時より強かったかもしれない。

 実はちょっと怒っているのだろうか。



 例のごとく木に直撃することで吹っ飛びは収まる。

 話の途中でこんなことになるのは俺も見誤っていた。



 「やっぱり……そう上手くは……いかないよな」



 鳩尾への衝撃に呼吸が辛い。

 それでも膝を立てて起き上がる。



 寸でのところで身体の前方だけ土塊(つちくれ)を纏えたからよかった。

 呼吸はいずれ整うし身体は動く。

 まだこいつを押さえられる。



 気合を入れ直して正面を向くと、奴は既にそこにいた。

 明らかに速さが上がっているし、容赦もない。

 手を抜かれていた可能性すらある。

 どうしても命がけの帰路からは抜け出せないようだった。

 それでも、



 「皆のところに……帰らなきゃならない」



 やることは……今後の予定は変わらない。

 俺はまた振り返り走り出す。

 いずれくる彼女の全てを信じている。



 皆が信じてくれる折れない俺の全てを、信じている。


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