第四十話 エレメント
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その後は彼女の告げた通りになった。
彼女の姿が消えてすぐに黒手は迫ってくるが、それを聞いていた俺は当然奴の動きを凝視しており、咄嗟に反応することが出来る。
奴が動き出すのと同時に身動きが取れるようになった俺は黒手の攻撃を這いつくばった状態から右に思い切り転がることで回避して見せた。
知っていてもなお紙一重といえるギリギリの回避だったろう。
さっき吹き飛ばされた俺の体を受け止めた木は根元から爆ぜ、木片やら何やらが辺りに飛び散る。
「嘘だろおい」
木が爆散するなんて初めて見た。
あまりの威力に血の気が引いてしまった。
満身創痍の俺であればあれで確実に死んでいただろう。
元の世界に戻してもらえる可能性は望めそうにない。
やはりこいつはもう俺の命などどうでもいいのだと再認識する。
「おりゃあっ!」
命拾いしたのも束の間。
粉塵の中を間の抜けた声でリザが突っ込んできた。
フォローに入ってくれたらしい。
横やりに入る形で飛び込んだリザの不格好な蹴りを奴は透かさず距離を取ることで回避する。
殴られた俺が殺されるのを阻止しに詠唱を止めて来てくれたのだ。
色々あって結果的に助かったがあのまま何も起きなければリザの助けも間に合わずお陀仏だった。
「陽太君……!良かった、無事で!」
リザもまさか俺が助かるとは思っていなかったはず。
それでも俺の名を呼んでここまで走ってくれた。
死んだと思った人間が無事だった事実に、奴との間に立ちこちらを振り返る彼女の潤んだ瞳からは今にも雫が零れそうで……。
「うっ!目が!目がっ!」
大袈裟な身振りで目を抑えたリザ。
大きな瞳に爆散した木の粉が入ったのだろう。
俺の安否を確認したかと思うと何処かで見たことのあるようなフレーズを口にして苦しみだした。
ううん……なんというか……。
一瞬日常系アニメのような雰囲気が流れはしたが全くもってそんな場合ではない。
立ち上がり目を抑えるリザの隣まで歩く。
またこうして並び立つことになるとは。
ついさっき追うことが出来なかった背中に追い付けたような感覚がある。
さっきの誰かとは関係ないはずなのにな。
小指を結んだあの時からそんなに経っていやしないのに、どこか懐かしい気がした。
抗う力を手にした高揚からだろうか。
変な気分だ。
「目、大丈夫か?」
「はい……こんな時にすみません」
右目を拭うリザは潤んだもう片方の目だけでこちらを見た。
小動物のような弱々しさからはレベル106の貫禄を感じられない。
「こんな時だから良いんだ。和んだし可愛かったから落ち着けた」
「こんな時だからってどういう……?と、というか!えぇっ!?か、かわっ、可愛かった!?」
「え?あ……あぁ!いやいやいや、そんな深い意味なんてないからな。感情が変になってるだけだ」
「無しってなんですか!無かったことにはさせませんからね。帰ったら日記につけようと思います!」
「本当にやめてくれ」
小鳥さえ囀らなくなった森の中でなんて話をしているんだろう。
目の前には依然として恐ろしい闇が一つの圧倒的な「個」として君臨しているのに。
その前でこんな悠長に話している余裕なんてあるはずがないのに。
逆境の中でもこうして笑顔でいられる俺たちの明日は一体どんな風なのだろう。
「リザ。失敗して早々だけど、今度こそ本気でお願いしたい頼みがある」
「ふふ、さっきのは本気じゃなかったということですか?」
「ずっと本気だ。でもこれで本気の決着をつける」
俺が借りたこれが一体どういった質のものなのか。
わかる術はもうないし、考えたってわからない。
俺は天使に会いこそすれどラノベじゃテンプレの女神様と会うことなんてなかったはずだし、転移の際にチートな能力を授けられた記憶もない。
だったら異世界に来る前からそれを潜在的に俺が持っていたのかって、そんな風にも思えるはずもない。
包帯の封印が抑えてくれていたわけでもないだろう。
だからこの際授かった力が何なのかとか、正直どうでも良かった。
ただ俺は力を手に入れて、叶えたい願いを叶えられるのかもしれない。
その現実だけで十分だと思えた。
「リザと二人でこの森を出る」
これが第一の願い。
見たこともない森で、見たこともない少女に出会った。
二人きりの世界で絆を深め合うことで久しぶりにできた友達。
孤独で人との関わりを知らない彼女を森の外へ連れ出す。
星空の下――泉の淵で誓った穢れ無き願い。
「その先で皆に会う。困っているようなら手を伸ばしたい」
これが第二の願い。
そして前世界で俺が強く願ったある意味最初の願い。
記憶を取り戻したことでこの世界に送られたのが俺だけじゃない可能性に思い当たり、それでもこれ以上の悲しみを知りたくないと、リザとの誓いを裏切り星空を汚しても、黒一色の敵を恐れて引き籠った日々。
そんな日々を、あいつらとリザが俺に見出した「折れない力」とかいう地味な力を信じて乗り越えた。
自分が信じられなくなったから、皆が信じてる俺の力を信じることにした。
これまでよりエゴイストになった俺が勝手に皆の無事を知りたがっているだけの身勝手な願い。
そして最後の願いは……。
というよりこれは約束だろうか。
「未だ何も知らないこの世界を知る。世界の姿を目に焼き付けて……後のことはそれから考える」
あの僅かな時間を独占して俺に願いを託した彼女に報いる。
結局名もわからないままで別れてしまったが貰いっぱなしは柄じゃない。
ずっと誰かに救われっぱなしの人生に飽き飽きだった。
三つ全部口にしてなおのこと実感した。
負けられないのだと。
「あ、あれ……?というか陽太くんそれは……?」
独り言ちた俺を怪訝に思ったのかリザはようやく平気になったらしいリザの視線を感じた。
彼女は生物の能力を目視することが出来る。
その能力で俺のステータス変化に気が付いたのだろう。
ステータスは自らの力を映しだす鏡だ。
自身の強さを測るため便利なもので、実際俺もレベルの上昇を確認するためよく開かなければならなかったが内心嫌だった。
何もない自分を厭なくらい正確に映し出す鏡だから、嫌だった。
だけど今の俺はちょっと違う。
少しでも抗える力を。
彼女の知る限り最高の力――その一部を拝借したから。
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名前 秦瀬 陽太
スキル 『コード』
・エレメント:魔力に依らず四元素に干渉する。
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「先ずは一撃だ」
発動の方法や描くイメージについては好みに刻まれたように思い浮かぶ。
左手を奴にかざした。
イメージするのは草原を凪ぐ一筋の旋風。
詠唱は必要ない。
途端、かざした左手のあたりから柔らかい風が集いだし……そして僅かの間に大きな質量を持って奴へと吹っ飛んでいった。
「きゃあ!」
突風の発生に髪が大きくなびく。
隣に立つリザはワンピースの裾を押さえて甲高い声を上げた。
何か一言言うべきだったかもなと彼女を労わることもできずに、俺はこの攻撃の顛末を僅かでも見逃さないよう見届ける。
この一手はそれだけ意味のあるものだから。
奴は木の粉が消えた中でも胡乱げにそこに在った。
きっと余裕でいるのだろう。
何もできずにいた弱者が不意に知らない攻撃をしてこようと結局は透かすだけで済むのだから。
なら、透かすといい。
「――――!」
「あぁっ!」
声にならない声が聞こえた気がする。
隣でリザが息をのんだのがわかる。
この世界の全てがきっとこの一撃に驚いたはずだ。
かく言う俺も願った通りの結果に若干驚いているし。
「――当たった、な」
透かされると誰もが考えた俺の攻撃は奴に届き、吹き飛ばすようなことはなかったがそれでもその不明瞭な体躯が大きく揺らめいたのだ。
戦況を変えるには満足のいく一手になった。
そう、もちろんこれで終わりじゃない。
今のはあくまで検証用の一撃だ。
死に至らしめる一撃を放つのは今じゃない。
「いつまでもお前がいたんじゃ俺は前に進めないんだ。いい加減道をあけてくれ」
この声もきっと届いているのだろう。
恐怖も薄れてきたそれに啖呵を切ると俺はまた吹き抜ける風をイメージした。
 




