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理想郷には遥か遠く  作者: 小犬
第一章 瓦解する世界と泉の少女
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第三十七話 一寸先の光

一章が終わったら、今後の展望も含めて活動報告を書く予定です。そう、一章が終わったら……。


 「死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ――!」


 「陽太君、耐えてくださいいいいい!」



 森中に絶叫を響かせながら走るのは心機一転、この森を出ることはもちろん離れ離れになったみんなとの再会を誓った十七歳――秦瀬陽太。



 彼は元いた世界で心身ともに深い傷を受け全てを奪われたかに見えたが、この世界に存在する家電のようなものや明らかに地球産のシチューのパッケージからこれがただの異世界召喚ではないと考えた。

 この世界に住むリザも小屋にある冷蔵庫?について知識がなかったことで異世界産の文化ではないことは推察できている。



 自分が真っ黒な敵によってこの世界にやって来たように、他のみんなもこの世界にやって来ているかもしれない。

 まだ誰も失ってなどいない可能性があったのだ。



 彼はその一握りかもしれない希望を掴むべく戦わなければならない。

 スキルも魔法も使えないのに、目の前の巨悪と。

 心優しき異世界チックな容姿をした少女――リザと共に。



 さて、そこで俺が講じた策というのが……。



 「なんで避けれてるんだ俺は!」



 囮として少しでも奴を翻弄できるよう走り回る。

 それが火力として役立てそうにない自分に出来る唯一のことだった。



 チームで物事に取り組むうえで適材適所というものは重要だ。

 どれだけやりたくないことでも、この役目が俺に適したものだとするなら全うしない理由はないし、少なくとも俺は誰もがやりたがらないことでも必要なことなら努力を厭わない人間だと自負している。

 だから相変わらず情けないとかそういうのはいい、黙っててくれ昔の俺。



 過去を振り払うようにして泥臭い役目を背負った俺は木々を使って黒手から逃れつつ、慣れない体術で攻撃を仕掛けているであろうリザに望みをかける。

 生憎その姿を目に出来るほど回避に余裕がないので、俺にはその声を聞いてただ願うことしか出来ない。



 ふと思い返されるのはつい数分前のリザの姿だ。



 俺が囮になると知った時には「な、ななっ、何を言っているんですか!?」とかなり大きなリアクションをとってくれたリザ。



 もちろんいつも通り止められても俺は聞く耳を持たなかった。

 これしかない、というか本当にこれ以外に俺に出来ることがないのだから仕方がない。

 囮にすらなれない俺はあのまま小屋に一人でいるのと何も変わらないから。



 安全に戦って勝てるのならとっくにそうしている。

 でも危ない橋を渡らずして勝てる相手じゃないことを俺たちはもう嫌と言うほどに理解させられている。



 攻撃が当たったり当たらなかったり、転移させられたり、何を考えているのかもわからない。

 未知に満ちた死闘を制するには俺の命をいくつ賭けたって足りていないのだ。

 幸い何でかはわからんがこいつはリザに構わずしきりに俺を追いかけてくるしな。



 ――まぁ、しかしそんな中で、どうして。



 「せあっ!」


 「おあっと! 今横でヒュンって言った! ヒュンって!」



 どうしてここまで避けることが出来ているのか。

 リザの気合が入った声と黒手が耳元の空を切る音との間で板挟みにされては生きた心地はしないが、信じて縦横無尽に走り回る。



 相手はリザに半分レベルを吸われていることを踏まえてもレベル105のバケモノであるわけで、レベル27の俺がここまで無傷で立ち回ることが出来ているのはほとんど奇跡と言っても良いくらいの出来事だ。



 だがこれを辛うじて奇跡などではなく現実にしているのはリザの細やかな攻撃によるもの。

 俺が回避行動を取る中で隙を見てリザが割って入り、奴に攻撃を行っているのだ。

 というか俺はそのための囮だしな。

 作戦通り魔法攻撃は使わず物理攻撃を中心に、という策に則ってリザは奴の前でその華奢な拳を振るう。



 そしてその間奴は俺のことを追うことが出来ず回避行動を取らないといけないため、俺との距離はリセットされる。

 地道ではあるもののリザが安全に戦う土台ができ、少しずつダメージを与えることが出来る。

 それで俺も比較的安全に回避に徹することが出来たはずなんだ、普通の相手だったのなら。

 でもこいつは普通じゃない。



 やはりさっきまでと同じで攻撃が当たらないようなのだ。

 その証拠に奴の勢いは止まらないしリザの悔しそうな声が度々漏れてきている。



 結果としてこちらが優位に思えた状況は好転しないままで徒らに俺の体力が削れていった。

 レベル差があるぶんリザは平気なのだろうがこんな超次元バトルに参加している俺のか細い体力が続くはずもない。



 つまりこのままでは敗北必須。

 今すぐではないが数十手先で王手をかけられている、詰んでいるとも取れる状況だった。



 もうだめかもしれない。

 さっきまでの俺ならそう考えたと思う。

 だってそもそも気持ちで負けていたしな。

 勝てっこないと思ってたんだ。



 でも今の俺は違う。

 どう足掻いてでも勝ってこの先へ行くという強い決意がある。

 そんな感情だけが状況を打破するきっかけに成り得ることを俺は知っているんだ。



 だからこそ必死に黒手から逃れながらも打開策を練る。

 まだ見落としているだけかもしれない僅かなヒントを求めて沸騰しそうな頭を巡らせる。

 思考に足が鈍らないように常に全力で腕を振るが、



 「やべっ!」


 「陽太君っ!?」



 気持ちが前のめりになり過ぎたのか。

 パターン化されたように続いた俺たちの攻防は他でもない俺自身のドジによっていとも簡単に佳境を迎えた。

 もう少し先にあると思えた敗北はもっと違った形で、俺が木の根に躓くというなんとも憐れな形で突然にやって来たのだ。



 受け身もとることが出来なかった俺はドサッと顔から思い切り地面に倒れ込む。



 人間誰しも失敗くらいするだろうが、今回ばかりは間が悪い。

 絶対に失敗できないところでどうしようもないしくじり方をしてしまった。



 万事休す。

 這いつくばりながらも腕に力を入れ、泥だらけであろう顔で後ろを振り返ると、奴は既にどす黒い手を振り上げて佇んでいる。

 何を考えているかわからないこいつにしては珍しく、もう抗う術はないのだろう?とこちらを試すような視線を感じるから不思議だ。



 だがそれも一瞬。

 死を目前にそれでも俺は奴の姿から目を離せない。

 何か手はないのか?

 自問したって答えはない。



 そのまま事態は変わらず奴の黒手はすぐに振り下ろされる――はずだった。



 「まだ終わらせませんっ!」



 眼前で加速のついたリザの右足による蹴り上げが奴のいた場所を通過する。

 だがもうそこに奴はいない。

 それでも俺を救うには十分な一撃だった。

 俺の命を刈り取ろうとしたそれはこの一瞬の間で音もなく後方へと移動し、距離を取ったのだ。



 「え……?」



 不意に過る違和感は一旦無視。

 リザに窮地から救われた形になる。



 「大丈夫ですか陽太君!?」


 「あ、あぁ。それよりごめんなリザ、マジで危ないとこだった。ありがとう」


 「いいんです。 こんなに危ない役を務めている陽太君に文句なんて言えるはずありません」


 「こんな危ない役しか務められない、が正確なんだけどな……」



 4メートル先に奴がいて、すぐ正面にはリザがいる。

 何はともあれまた状況はリセットされたわけだ。

 レベル106の頼もしすぎる背中に再び俺の闘志が燃え上がる。

 負けるわけにはいかない。

 生きてこの森を抜け出すのだ。



 右の拳で左胸を軽く叩く。



 「――よし!」



 体力は……まだ持ちそうではあるが思っていたより限界が近そうだ。

 レベルが上がった恩恵かこの世界に来る以前より体力は増えた気がするのだが心なしか息が上がるのが早い。

 この世界では酸素があっちの世界より薄いとか、そういうのがあるのかもしれない。



 もうドジをしないとも限らないし、とにかくこれ以上の長期戦はどの面で見ても厳しいだろうことに変わりはなかった。

 それを踏まえて俺はさっきの違和感を検証する。



 感じたのは奴が俺を仕留めなかったことへの違和感だ。

 いや、仕留めなかったこと自体は別に変なことじゃない。

 奴にはリザの蹴りが迫っていたのだから、回避をするのは間違っていない。

 奴に言わせればダメージを受けてまで俺を攻撃するというリスクは負う必要もないのだから。



 ただあの状況で奴が俺に手を掛けなかったことは何処か変なのだ。

 だってあいつは攻撃を透かすことが出来る。



 あの時教室があったはずの場所で俺の拳を透かしたように。

 先刻リザの攻撃の悉くを透かしたように。

 ここまでの戦闘の中でも奴は俺を追いながらリザの攻撃を透かして――。



 いや、ちょっと待てよ?

 もしかしてこいつ、完璧じゃないのか?



 俺はそのまま奴と睨めっこした状態で、リザの背に問いかける。



 「ちょっと確認したいんだけど」


 「なんでしょうか?」


 「俺が逃げ回ってる間こいつはリザの攻撃を透かすんじゃなくて躱してたんだよな? だから俺と奴との距離は大きく縮まることがなかったんだよな?」


 「そうです。 そのおかげで成り立っていた攻防です。 だから見ていて凄くひやひやして――」


 「そっか! じゃあやっぱりそうなんだ!」


 「――陽太君?」



 俺の様子が変貌したことで警戒を解かず奴と目を離さなかったリザの首が僅かにこちらへ動く。

 こんな状況で喜ぶ俺を怪訝に思ったのだろう。

 そりゃそうだ。



 だがわからないこと塗れだったこいつを僅かでも知れたとすればこんなに喜ばしいことはない!



 期待を胸にリザへ俺の理解を伝える。

 これが当たっていたのなら、俺たちはようやく攻撃に転じることが出来るのだから。

 そう、こいつは――。



 「こいつは攻撃を透かさないんじゃない! 透かせないんだ!」



 これは大きな一歩だ。

 俺の読みが当たっているならこれでこいつへの攻撃が可能になるのだから。



 おぞましいと感じていた仇敵を前に少しだけ心が湧きたっているのが自分でもわかる。

 長らく苦汁を飲まされ続けたこいつに対してようやく明確な攻撃手段を手に入れたのかもしれないのだから。



 だが同時に俺はわかっていた。

 勝利をより確実にするためにはこちらのピースが大きく欠けていることに。



 どうする?

 どうやってリザを活かせばいい?

 どうすれば俺が脅威になれる?



 残念ながら考えている時間はもう残されていない。

 リザに全てを伝えられないままで、再びこちらへ動き出した影を前に舌打ちして俺たちはまた同じ攻防を始めざるを得なかった。


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