第三十六話 戦いを作ると書いて
さて。
ここからが本番だ!風に意気込んではみたものの。
互いに相談なしで此処に来たためどう戦うかとかは一切考えていない。
一体どうしたものか……。
悩ましい展開ではあるが左手の小指から伝わる温もりがそれを和らげてくれる。
絶たれていた誓いは無事に結び直すことが出来た。
二人で戦うという俺のわがままも受け入れてもらったし、恐怖も何処かへ行ってしまった。
リザには感謝してもしきれないな。
そんなことを振り返って胸に温かいものが満ちるのを確認したら、俺はようやく結ばれた指を解く。
「あ……」
左隣から少し名残惜しそうなリザの声が聞こえた。
異世界産の新鮮な文化に触れるのが楽しかったのだろう。
初めて指切りをしたあの時を思い出す。
ただいつまでも指を繋いだままでいるわけにもいかないし。
しかし、なんだ。
寂しそうなリザの姿を見ていると戦いが終わったら後で元いた世界の色んなことを教えてあげたくなった。
きっと興味津々で話を聞いてくれるはずだ。
――いや、しかしこれだと死亡フラグになってしまうか。
こういうのは後で考えればいいことだろう。
今考えるべきなのはこんなことじゃない。
「それにしてもどうやったらあいつは倒せるんだろうな……。 リザは戦ってみた感じどうだった? 結構競ってたのか?」
「いえ、はっきり言って惨敗という感じでした」
「レベル吸収を使ってもってことだよな?」
「情けないですが……はい」
「なるほどなぁ」
話しながら悔しそうに眉間に皺を寄せるリザ。
そんな彼女を誰も責められない。
それにしてもリザのスキルを以てしても勝てなかったとなれば奴の強さというのは凄まじいものなのだろう。
俺と奴とのそれは戦いらしいものではなかったので正直強さを量りかねていたのだ。
強いのだろうなとは思っていたがまさかリザでどうにもならないレベルだとは思わなかった。
「取り敢えず詳細を聞かせてくれ。 なんでかあいつからはまだ動く気が無いみたいだし」
不気味さを漂わせ、しかし一切その場を動かないことは心から不思議に思えた。
でも時間をくれるというのであればありがたく頂いておきたい。
俺はリザが奴と戦い始めてからのことを、一体どのような内容だったのかを詳しく聞くことにした。
* * * * * * * *
リザの話から分かったのは二つ。
一つはやはり攻撃が通らなかったということ。
これについては俺にも経験があったためそこまで驚きはなかった。
あの日教室ごとクラスメイトを吞み込んだ奴に放った拳はすり抜けたのだから。
加えてリザは魔法による攻撃も水・風・土のうちどれも効果がなく、試していない火属性の魔法についてもあまり期待は出来ないだろうと口にした。
魔法も効き目がないとなればいよいよ八方塞がりなのではないかと思えてくる。
しかし話を聞いてみるにどうにもならないわけではない。
それがわかったことの二つ目。
リザには一度だけ当たった攻撃があるというのだ。
それは迫りくる黒手から逃れるためほぼ無意識に繰り出した右足での蹴り上げ。
弾かれた黒手はすぐさま引っ込んでいったという。
確かに手応えはあったそうで、少しはダメージを与えることが出来たのだと考えられた。
つまり攻撃が全く当たらないというわけではない。
これが何かの足掛かりになればいいのだが……。
なにしろ俺は役に立てそうにないからな。
「そういえば陽太君もさっきパンチを当てていましたよね?」
「――あっ!」
そうだ!当たったんだった!
無我夢中だったから完全に忘れていた。
あの時当たらなかった拳が間違いなく命中していた。
生憎効いている様子はなかったがそれでも当たらなかったのと当たったのとでは話が違う。
拳が当たったから黒手はリザを手放したのだ。
ひょっとするとこれって結構凄いことなんじゃないだろうか。
俺にもこの戦場に介入する余地が出来たのだから。
と、舞い上がるにはまだ早い。
依然として攻撃がヒットする条件がさっぱりわからないのだった。
あの時の俺と今の俺。
レベルが上がった分強くはなったのだろうが魔法を使えるわけでもスキルが使えているわけでもない。
何が違うのだろう?
考えたって攻撃が当たった回数よりも透かされた回数の方が遥かに多い。
検討しようにも手元のカードが少なすぎる。
なんとか共通項を探してみても、俺のパンチとリザのキックが互いに物理攻撃であるというくらいしか見つからない。
更に厄介なのはその物理攻撃も基本的には透かされているということだろう。
ではどうして当たる時と当たらない時があるのか。
わかる気がしなかった。
「それでも何か手を打たないといけません……」
顎に手を当てて真剣な顔をするリザの言葉に俺もゆっくりと頷く。
そうだ。
最初から勝てる見込みなんてなかったんだろ。
それでも何とかするためにここまで来たんだ。
奴は気まぐれだ。
今はまだ何もしてきていないがいつまでも待ってくれるとは思えない。
すぐにでも手を考えないと間に合わなくなるかもしれない。
最低限わかっていることを精査して、僅かでも勝率を高めることが大切になってくる。
ゲームの攻略を進める感覚を思い出せ。
俺は頭でまとめたことを言葉にする。
「話を聞いた感じだと魔法攻撃は効かないって考えた方が良いかもしれない」
「やっぱりそうなるんでしょうか」
「まだ試行回数が少ないから何とも言えないけど、そのつもりでいた方がいいと思う」
「いざという場面で攻撃が当たらなかったら困りますしね」
「あぁ」
リザも同じように考えていたようで攻撃方法に関してはすぐに考えがまとまった。
しかし。
「そうですか……魔法は使えませんか……」
「結構苦戦を強いられそうだよな」
奮戦を誓ったばかりの二人に若干暗い空気が漂う。
魔法が使えないというのはかなり不利な要素になるのだ。
それはただ遠距離での戦闘が難しくなるからという理由だけではない。
リザが魔法特化型のステータスになっているからである。
――ここで俺がこの世界に来て学んだ知識についておさらいする。
前にリザの話から知ったように、この世界の生物の強さというのは種を問わずレベルにて示される。
自分のおおまかな能力は心でステータスと唱えることで確認できるのだが、その時に見ることが出来るレベルが強さの物差しになるのだ。
そしてそのレベルというのは、ステータスから鑑みた総合力。
仮に筋力2、魔力2、素早さ2、防御力2の平坦なステータスの人間がレベル8だったとして。
筋力1、魔力5、素早さ1、防御力1の魔力特化のステータスを持つ人間のレベルも8なのだ。
つまりレベルというのはスキルや使用できる魔法を除いた個人ステータスのみでの評価値のようなもので、リザと同じレベル106の生物がいたとしても、あくまで総合的に実力が同等というだけで互いに得意不得意まで同じというわけではないのだ。
ここまで自分の理解を確認して、やっぱり苦しいなと感じる。
リザのレベルアップによるステータスの上昇には偏りがあるからだ。
主に魔法に関する能力が顕著である。
これはある意味得意分野において絶対的であると考えることもできるのだが、現況においてはデメリットでしかない。
得意を封じられるのだから。
これが俺とリザが揃って顔を顰めている理由だ。
「……あれ?」
そこまでおさらいして何か思い当たることがあった。
記憶を思い返してみなければ気付かなかったかもしれない。
でも凄く単純なことだ。
「リザ――あいつが魔法を使ってきたことってあったか?」
「ありませんでしたけど……あっ!?」
「やっぱりそうだよな? あいつ多分だけど……」
「魔法が、使えない?」
可能性は十分にあった。
リザは森の中を追いかけられていたと言ったが、魔法が使えるのならわざわざ追うことなく使うべきだったはずだ。
黒手をいくつも伸ばす必要もない。
リザの首を絞めていたあたり殺意だってあったはず。
だったら森ごと焼き払うようなこともできたわけだ。
それなのに魔法を使わない必要があるのだろうか。
いや、ないだろう。
検証は足りていないが俺は奴が魔法を使わないのではなく使えないのだと考える。
少なくともその可能性が高いと思う。
しかしだとしたら、どうなる?
あいつは筋力や素早さに特化しているということなのか?
そんな予想を裏付けるようにリザが口を開く。
「言われてみればレベルだと私が一つ勝っているのに、黒い手を振り解くことが出来ませんでした。 筋力が同等でない以上、身体能力が他の能力より高いという可能性は十分にあると思います」
「なるほど、つまりあれか。 魔法特化型のリザは魔法を使わずにフィジカル特化型の敵と戦わないといけないのか」
「わかりやすく不利な戦いになってしまいましたね」
もう何度目になるかわからない溜息を吐くリザ。
こんな状況じゃ無理もない。
加えて見ての通りリザは深手を負っている。
前向きになれという方が難しい。
「俺もリザのスキルがあればタイマン最強だと思ってたから頭を抱えてるよ」
「タイマン、というのはよくわかりませんが……私も褒められて少し調子に乗っていたのかもしれません。 まさかこんなにも早く自分の実力の限界を知ることになるとは……」
「別に調子に乗ってるようには見えなかったけどな」
肩を落とすリザに俺は微力ながら慰めの言葉をかけた。
なんだこれ。
考えれば考えるほど暗雲が立ち込めるぞ。
困ったことにおいおい早くも敗戦ムードじゃないか、というツッコミを入れてくれる人間がここにはいない。
互いに言葉を発さないまま辺りに僅かな沈黙が流れた。
本当は時間が残されているとは限らないのでもっとテキパキ方針を決めなければならないのだろうが……。
そう考えていた矢先。
「そうだ、忘れていました!」
さほど長くなかった静寂を破ったのはリザだ。
何か奴を打倒するためのヒントでも思いついたのだろうか。
異世界に精通する彼女の知識は期待できる――などと考えた俺の想定は早々に誤りだと気付かされた。
ふと、左隣の彼女から何かが高まるのを感じたからだ。
「傷を嫌う神子と黄金の鐘の音。 舞い降りた幼子の天使」
「え、なになになに!?」
隣にいたリザにうっすらと天から光の柱が差し始める。
その姿はさながら本物の天使のようで……じゃなくて!
感動している場合かと我に返った。
まさかここから攻撃でもしようとしているのか!?
だとしても一言くらいあっていいだろう、まだ作戦だって確定していないのに!
相談なし、唐突な詠唱にどうしていいかわからない。
だがその間にも彼女に詠唱を止める素振りはなく。
悲しいかな、あたふたする俺を他所に光柱はリザの言葉が紡がれるにつれて眩さを増していく。
そして――。
「聖者の祝福を以て穢れを祓い彼の者の不遜を救い給え。 セイクリッドヒール!」
「うわああああああっ!」
白光のあまりの眩しさに思わず俺は腕で視界を覆う。
俺、死ぬんだろうか。
そう思ってしまうほどに突然で、鮮烈な光景だった。
しかし、だ。
冷静に考えてみればリザがそんな暴挙に出るはずもない。
自分の身に何ともないと気が付いたのはリザの間の抜けた声を聞いた時だった。
「ふぅ。 陽太君、これで完全復活ですっ!」
目元にかざした腕をどけて見れば光の消えた時には傷一つない……どころか服さえも元通りになったリザの姿があった。
魔法だ。
回復魔法を使ったのだ。
切り傷や擦り傷が目立った痛々しい身体は何事もなかったかのように消えていて、表情にも朗らかさが戻ったような気がする。
言葉通り完全復活だ。
と、言いたいところだが。
俺は彼女の姿に微かな違和感を覚える。
多分だが気に留める程でもないような些細なものだ。
確かにリザの傷ついた身体は元通りになったのだが俺の直近の記憶にあるリザとは何か違うような……そんな違和感。
でも服ごと完全に元通りだし失敗したとも思えない。
深くは考えないことにする。
ともあれ、痛みが引いて平気そうなリザの姿にもちろん俺は安心した。
仲間だし当たり前だ。
嬉しく思うことはあっても怒ったりするはずない。
そう言いたいさ俺も。
言いたいが……。
「魔法を使うなら言えよびっくりした!」
「わわっ! す、すいません! 急にピカピカして驚きましたよね」
「驚くわ! 急に何か唱えだすし! まだこっちの文化には不慣れなんだから俺には優しくしてあげてくれ!」
「はい~、すみません~!」
悪気はないのだろうからあまり口うるさく言う気はないが本当にびっくりした。
もちろん怪我が治ったのは良いことだとも。
だがそんな医者泣かせな神秘は地球じゃありえないことで……リザは俺が異世界人だということをいまいち理解していないように見える。
いや、この場合むしろこちらが慣れないといけないのだろうけど。
だが言い訳をさせて貰うなら今の俺にそれを求めるのは尚早だ。
過去に見た魔法はファイアくらいのものだしレベル106となったスーパーリザの魔法を見るのはこれが初めてなわけだし。
それにあの魔法演出が派手過ぎないだろうか。
ただ回復をするのに毎度毎度あんな光が差していては目立って仕方ないだろう。
名前も確か「セイクリッドヒール」とか言っていたし、まさか消費魔力とか省みずかなり高いレベルの回復魔法を使ったのではなかろうか。
一応聞いてみる。
「もしかしてリザ、今の魔法ってかなり――」
「はい! 光属性の回復魔法でも上級にあたるセイクリッドヒーリングです。 大体の怪我はこれで治せますよ」
「まさか死者が生き返るようなレベルの?」
「流石にそれが出来る魔法はないかなぁと……。 セイクリッドヒールの場合は骨折とかであれば治りますが、欠損した部位が戻るほどではないという感じですかね」
「じゃあ別にオーバースペックってわけでもないのか」
リザの負っていた怪我は軽いというほどでもなかったがかといって歩けなくなったりするほど重症というわけでもなかった。
やり過ぎというほどの魔法は使っていないようだ。
魔法を使わないことになるとはいえここで魔力を消費しすぎるわけにもいかないしな。
いざという時だってあるかもしれない。
とにかく今はリザの怪我が治り戦いに支障が出なくなったことを喜ぼう。
「まぁ、これでもまともな戦いになるか怪しいところだけど。 俺たちに出来る精一杯のことは捻り出せたかな」
方針は決まった。
それを踏まえて俺がどう立ち回るのかもなんとなく想像することが出来た。
あとは負けないように頑張ってみるだけだ。
きっと大丈夫。
俺の武器である根気強さはあいつらも認める程なのだから。
戦いを前にドクドクと跳ねる鼓動を紛らわすように特に意味もなく屈伸なんかをしてみる。
「あのっ」
よし、と気合を入れ直す俺にリザはまだ何かあるのか、声をかけた。
確認することでもあったのだろうか?
「陽太君は、どうするおつもりですか?」
心配の二文字が顔に浮かんでいると言っていいくらいには情けない表情だった。
この様子だと俺が無茶をすると決めてかかっていそうなほどだ。
でも実際リザの立ち回りについては触れたが俺がどうするのかについては何も言っていなかったっけ。
屈伸を中断して俺はリザの方に向き直る。
不安そうな少女の瞳にあの時のような期待の色は浮かんでいない。
リザは俺のことをやたら高く評価する節があるが、強大過ぎる敵を前に俺が何でも解決してくれると考える程愚かではないから。
でもかと言って俺が役に立てないとも考えていないようで、だからこそ無茶をしないか心配なのだろう。
だが安心して欲しい。
俺だって死にたいわけじゃないしな。
あまり危なくならない程度に微力ながらリザを手助けするつもりなのだ。
根気強い俺だから出来る最大限のサポートを。
一度は主人公を目指した男の本気を……カッコいい姿を見せてあげよう。
これまで見せてきた俺の情けない部分を上書きするのだ。
そんな強い覚悟を胸に俺はリザに作戦を告げる。
「俺は――――」