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理想郷には遥か遠く  作者: 小犬
第一章 瓦解する世界と泉の少女
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第三十一話 あなたのために出来ること


 暗がりの森を私は走る。

 全ては彼の笑顔を取り戻すために。

 彼が彼の愛する人たちを選べるように。



 陽太君に内緒で小屋を出た私は諸悪の根源を倒すために森を駆けながら彼のことについて考えていた。



 最初こそ予期せぬ出会いを迎えてしまったものの。

 不器用ながらも一人ぼっちだった私に笑顔を与えてくれた彼。

 出会った時のへんてこな格好も思い返せば愛らしい。



 本当は気付いていた。

 不可抗力とはいえ彼の視線が一度私のその、なんというか、裸体……に向いていたことにも。

 女の子はそういう視線に気付くものだと何故かそんないつ使うともしれない知識が頭にあって、それが本当なんだとその時初めてわかった。



 『細部までは』なんて言っていたけれど、遮るものは何もなかったし……きっと全部見られてた。



 だけど彼は茶化して私が恥ずかしくないように振舞ってくれたし、それから凄く申し訳なさそうだった。



 そんな態度をされてしまうとこちらも怒るに怒れない。

 結局あんなことがあったのに私は彼をすんなりと受け入れてしまったのだ。



 これは私が寂しがりだったからなのか、はたまた彼が取り入るのが上手なのか。

 きっと両方だと思った。



 それから彼との楽しい毎日が始まる。

 移ろいゆく日々の中でこれまでの記憶がなくてもこれからの思い出を作ることが出来た。

 彼と笑いあっているといつしかもう寂しくないってことに気付いた。



 もう一人だけの世界じゃないということが私には凄く嬉しかった。



 だから正直に言ってしまうと彼とした約束も心からのものじゃなかったんだ。

 だって私は既に幸せだったから。

 彼との毎日が宝物だったから、森を出ること自体はもうそんなに大切なことじゃなくなっていた。



 だけど彼が私を外に連れ出してくれると言ってくれたこと。

 彼を育んだ世界に興味が生まれたこと。

 それらが私に彼と約束をさせたんです。



 彼を騙しているような気持ちにもなりましたが二人の目標が出来たのは良いことだと思いました。



 しかしある日突然にです。

 彼の笑顔に影が差すようになったのは。



 悪夢にうなされる彼を、一人で泣いている彼を、休みがちになった彼を、呆然とする彼を、あまり笑わなくなった彼を、私は今日まで見てきました。

 その姿はここに来たばかりの無邪気な彼の姿ではなくて。

 彼に何かがあったのだと考えるのにそう時間はかかりません。



 私はその理由についててっきり私のことを嫌いになったのだと考えていました。

 だってこの場所にはほとんど何もないから。

 原因が私にあるかもと考えることができないほど私は馬鹿ではありませんでした。



 実際彼は私と顔を合わせる機会も減っていましたし十分に可能性は高いとわかっていました。

 それでも笑顔が見たくて私は彼を花畑へ連れて行ったんです。

 到着するその時まで内緒にして。



 ふと頭に手で触れてみるとそこに在ったはずの感触が消えている。

 走っている途中で落としてしまったのかあの花が何処にも。

 せっかく似合っていると言われたのに。



 思い出が一つ抜け落ちてしまったような気持ちに悲しさを覚える。

 でも今は落ち込んでいる場合じゃないんだ。

 倒さなければならない敵がいるから。



 だって彼の笑顔を曇らせたのは私じゃなかった。

 彼のご友人や家族、世界までもを奪い取った恐ろしい存在。

 それが彼を苦しませていたのだと知った。

 それが彼に涙を流させたのだと知った。



 ――許せない。



 彼のこれまで話を聞いた時に真っ先に湧き上がった感情はそんな単純な怒りと。

 あとは彼が異世界から来たという事実に対しての僅かな驚き、それから一人きりでも彼が諦めずに戦ったという事実への誇らしさ。



 彼が自身に抱いているような醜さや弱さというのも私は間違っていると否定できる。



 彼は強い人だ。

 折れない心を携えた心優しい勇者。

 今はただ少し混乱してしまっているけれど時間が経てばいずれはまた立ち上がるはず。

 そう言い切れる。



 けれど時間は有限だ。

 早くご友人のもとに向かわないと後悔する日が来るかもしれない。



 私があの仇敵を彼に代わって倒すことが出来たのならきっと彼はすぐに立ち上がることが出来る。

 私という存在より元いた世界の人々を選ぶことが出来る。



 それが彼の幸せに繋がることは彼が友人のことを語っている姿からも容易に想像できた。

 彼に必要なのは私じゃない。



 そして何より私が今あの敵のもとへ走っているのは。



 「陽太君を散々苦しめたこと……償わせてみせます」



 彼を苦しめた敵への怒りを抑えられなかったから。

 あんなに優しい彼を泣かせたこと。

 たとえ私がどうなっても必ず報いを、と。



 そう決意して私は今敵の前に立っている。

 森に入ってからそこまで時間は経っていない。

 あちらも私が来るのを待っていたのかもしれません。



 目の前の暗黒は夜の闇より深く果てしない。

 なのに不思議と怖くはなかった。

 決めていた覚悟は恐怖なんかよりずっと強かったから。



 私が彼の闇を晴らす。



 だから……陽太君は私のことなんて忘れて皆さんのことを迎えに行ってあげてください。

 これまで私を救ってくれたように。



 いつも格好いい陽太君が再び自分を信じられるように、私が道を作るんだ。



 そんな固い意志と共に。

 私は目の前のそれにレベル吸収(ドレイン)を発動した。


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