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理想郷には遥か遠く  作者: 小犬
第一章 瓦解する世界と泉の少女
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第三十話 世界が告げた答え


 世界の時間が止まり、未知の何かが現れ、友達はみな目の前で消し去られ、これから闇に沈みゆくであろう街を見た。

 そんな冗談みたいな話をリザは一度も笑うことなく黙って聞いていた。



 だからこそ俺は彼女の気持ちに応えるよう嘘偽りない真実を話したつもりだ。

 逃げ回るだけだった情けない自分のことも隠さずに全部話した。



 リザは変わらず真剣な顔で聞いていたが、話は情けなさすぎてむしろこっちが自嘲気味に笑ってしまったほどで。



 「そういうわけで……要約すると俺は魔法やモンスターのいない異世界から来た人間で、同じ高校の奴らを一人も救えない一般人なんだ。 そしてあいつはその時俺たちを襲った何かってことになる」



 奴の接近を一時的に凌いだのは事実だが張り詰めた緊張は未だ解かれずに俺たちを包んでいる。

 二人の命が懸かっている以上当然ではあるのだが、これまでのそれとは何処か違うように感じるのはリザがいつもと違うからなのか。



 何を考えているのかリザは口元に手を当ててじっと動かない。

 が、やがて顔を上げたリザは不意に笑顔を見せると開口一番に的外れなことを口にした。



 「たくさん考えてみたのですが、やっぱり陽太君は童話の勇者様みたいな方ですね!」



 あまりに想定外する感想はかえって反応に困る。



 「――ちゃんと話は聞いてくれてたんだよな?」


 「はい!」



 何をどう聞き間違えたらそういう結論に行き当たるのか。

 普段であれば喜べそうなリザの発言も今回ばかりは無理しておだてているようにしか聞こえない。

 だって俺の過去のいつどこにそんな勇敢なシーンがあったのだろうか。

 明らかに醜く足掻いていただけの時間と日々は誰が見たって変わらないはずなのに。



 だがリザの屈託のない笑みを見てしまうと本気で言っているのかと思えて、



 「どういう理屈で俺をそう評価したのか一応聞いてみてもいいか?」



 彼女の考えていることを訊ねてみる。

 あれだけ考えていたのだから彼女なりの考えがきっとあるのだろうから。



 いくら賢い彼女でもまさか今の話だけで本当に全てをわかってしまっているとは思わない。



 「だって陽太君はまだ折れていませんから」


 「……」



 見え透いたかのような彼女の発言にハッとなるが平然を装う。



 「気付いているんですよね? 陽太君が今ここで生きているように皆さんがまだ生きているかもしれないって」


 「何を言ってるんだ?」


 「だからある日から窓の向こうを見つめていたり、外に出たがらなくなったんですよね?」


 「リザ」


 「この森にもあの黒い何かが現れるかもしれないってわかっていたからすぐに逃げ出せた」


 「やめろって」


 「やっぱり陽太君は折れていません。 きっとそのうち私と森を出ることを選んでいたと思います」


 「いい加減にしろよ!」



 いくら止めてもリザは迷いのない瞳で俺に言葉を重ねてくる。

 どう考えたのか聞いたのは俺なのに今は彼女の話を遮ってしまいたいと思っている。



 なのに思いは届かなくて、気付いていても歯止めをかけて抑えこんでいた思考は再び巡り始める。



 あの日――記憶が戻った日に思ったのは何故此処にいるのかということだった。



 此処に来てすぐの時はまだ高校での出来事を記憶に靄がかかったように思い出せなかったためわからなかったが、記憶通りなら俺がこの世界にやって来たのは奴に呑まれてからだ。

 流れていく景色を尻目にこれで何もかも終わりだと無意識に悟っていたが結果そうはならなかった。



 目が覚めた先は天国ではなく異世界だったから。

 俺は見慣れた制服に身を包む紛れもない秦瀬陽太自身だったのだ。



 死んで転生したのか転移したのかはさておき俺は奴に呑まれてここにやって来た。

 それは間違いない。

 そして奴に呑まれたのは俺だけでなくみんなだってそう。



 最初の一人は廊下に出て放送室に向かう時。

 保健室の後で向かった教室は奴によって丸ごと目と鼻の先で消え去ったし、その中には悠人や花恋を含むクラスメイト達がいた。

 見下ろした街も暮らしていた人々もあれから俺たちみたいに真っ黒な波に飲み込まれていっただろう。



 あの時はそれを人々はおろか世界そのものが殺されているという風にさえ感じていたのだが、俺がこの世界で生きている以上考えを改める必要があった。



 つまりみんなもまだこの異世界に来ている可能性は高い、と。

 こう考えるのは何も難しいことではなかった。

 俺の話を聞いただけのリザが同じ結論に行きついたのも頷ける。



 そう、俺もそんなことはすぐ思い当たった。

 身の回りにも不審な点は僅かながらあったのだから。



 異世界であるはずなのに元いた世界と同じように存在している冷蔵庫や洗濯機といった電化製品。

 この世界の知識を備えているリザも最初は使い方がわかっていなかった。

 冷蔵庫のことを魔法の箱と呼んでいたほどに。



 これまで生きてきた記憶のないリザが知らないだけでこの世界に電気を用いる文化がある可能性だってないわけではないが、魔法が存在する世界でも果たして俺たちの世界のように科学は発展するのだろうか。



 それに以前ゴブリンと戦う前日に作っていたレトルトのシチューだってそう。

 記憶が戻った後ゴミ箱を漁っていてわかったことだがあれは明らかに日本で売ってあるものと同じパッケージだった。

 この世界にあるとは思えない代物だ。



 例えこれだけでも異世界に俺たちの世界の名残を見つけると何らかの関わりを感じ取らざるを得ない。

 やはりみんながこの世界で生きている可能性は高いと思った。



 それでも可能性は可能性だ。

 この森より先のことは俺たちにはわからない。

 いざ外に出てみたら誰もいない、あるいはみんな死んでいたということだってあるかもしれない。

 だって奴に送り込まれた世界であるということはこの世界にだって奴が存在するとも考えられるから。



 もしこの世界へ俺を送り込んだ奴らが再び俺たちと出会ったとして、次に呑み込まれた時どうなるのかは誰にもわからない。

 そして都合よくまたあの世界へ戻してくれるという想像は、あの光景を見た限りじゃ出来そうにない。



 もしみんなが生きていても絶望の袋小路からは出られないと理解していたんだ。



 だから俺は……これ以上の挫折を知りたくなかった。

 希望を抱きたくなかった。

 運よく森を出られたとしてリザまでもを奪われたくなかった。



 みんなが生きている可能性を捨て去って今ある幸せを噛み締めることが身の丈に合った行動だと信じていたんだ。

 それをずっと自分に言い聞かせてここまでやって来たのに。



 リザはきっと俺を前に進ませようとしている。



 「そうだ!わかってた!ほんとはみんな生きてるかもしれないって!でもそうじゃない可能性だってある!そのために二人で危険を負うのか!? だとしたら馬鹿げてる!あいつのことだって見たんだろ? それなら尚更森を出るのが不可能だってわかったはずだ!」



 本心を暴かれた俺の口からはこれまで溜め込んだ汚い何かがぼろぼろと溢れ出た。

 もう既にリザを欺く余裕はない。

 闇を知らない彼女を必死に説き伏せる以外に術はない。



 「吐くほど頑張った!みんなを助けたくて走り回った!昔から憧れたヒーローに俺はなれるんだって……卒業式に諦めてたはずの特別を心の底では捨てきれてなかったんだ!だから痛いのにも怖いのにも耐えて頑張ったのに……全部叶わなかった」



 リザの表情に変化はない。



 「何にもなれない、何の力も持ってない俺だけが何故かあの世界で取り残されて、あれが悠人だったら、花恋だったら、他の誰かだったならみんなも!世界も!救えてたかもしれない!だけど俺は泣いて叫んで!死ぬこともできずに俺は……俺は……!」



 これだけ俺を切り開いてもリザが揺らいだ様子はない。

 どんなに醜く堕ちようと俺を見る目は変わらない。

 可哀想な奴を見る目じゃなくて、その綺麗な碧の双眸は真っすぐ信じ切ってるみたいな色で俺を捉えている。



 そして何処かで見たことがあるようなその目はかつての幼馴染たちのそれだと思いだした時、彼女は俺の過去を見てきたかのようにあいつと同じような言葉を。



 「陽太君には特別な力がありますよ」



 この期に及んでそんな冗談みたいなことをはっきりと澄んだ声で言ってのけた。

 勿論そんなのは俺の待っている言葉ではない。



 「もうやめてくれよ……」



 俺に俺を信じさせないでくれ。

 悠人や花恋もいつも信じてるんだ。

 何でもない俺のことをいつだって見ていてくれる。



 何もないって誰が見ても思うのに。

 昔とは違う、俺でさえ俺のことを信じられなくなったのに。

 諦められないだけで自信のない俺にいつもこいつらが言うのなら出来るかもって思わせるんだ。



 受験の時もそうだった。

 協力を求めない俺を手伝うことはしなかったけど、いつも受かるとだけ勇気づけてくれていた。



 なぁ、俺に一体何があるって思ってるんだ?

 お前らは俺の何を信じてるんだ?

 お前たちには……リザ、君には……。



 「俺に、何が見えてるんだ……?」



 自分でもわかるくらいにか細い声が喉から漏れ出した。

 当てのない答えを求めて助けを求めるような、小さな声。

 そんな俺にリザは少し微笑んで返す。



 「折れないという力です」


 「おれ……ない?」


 「はい」


 「それだけ?」


 「それだけじゃありませんけど……真っ先に思い浮かぶのはそれです」



 もしかしてと思って僅かな期待を含めて訊ねた俺の力というのはそんな力だった。

 性格とかそういう次元の話だった。

 悠人も同じことを思っていたのか?



 だとしたら……なんだよそれ。

 全然特別な力でも何でもないじゃんか。

 誰にだってある大したことないものだ。



 それに折れないって部分はそもそも間違っている。

 だって俺はとっくに……。

 見当違いな彼女の発言に強く反論する。



 「じゃあそんなの勘違いだ。現に今だってぽっきり折れちまってる。みんなを救うのを諦めて二人でここにいることを選んでる。俺が約束を破ってこの森を出ないようにしてることにももう気付いてるんだろ?」


 「ですよね。きっと私の安全の為に森へ行きたがらなくなったんですよね」


 「そうだ、何かを捨てて手近な幸せを得る。そういうことをしてるんだ俺は!幸せの取捨選択まで始めちまってんだよ!何が折れない力だよ!とっくに俺は――」


 「じゃあなんでそんなに苦しそうなんですか?」


 「――っ! それは――」


 「ある日から今日までずっとそうです。朝は汗だくで顔色が悪いし昼間はぼうっとしていて、夜はご飯を食べたらすぐに寝てしまって。ずっと悩んでいるんですよね?」


 「違う、もう決めたんだ!この森からは出ない!リザも俺も死なないしあいつらももう死んでる。それが真実だ。全部を都合良く救おうなんて傲慢はもう――!」



 忘れたんだ。

 それとも、忘れるんだ?



 言いかけて……なのに言葉を選べない。

 リザは黙って聞いてくれている。

 何も急ぐことはない。



 でも言葉が淀んでしまったことも、リザに見透かされてしまった狙いも、悠人や花恋が信じてた俺の力も。

 全部整理するのはどうも難しくて。



 「――くそっ」



 逃げ出したくなった俺はリザに背を向けると小屋の方へと歩みを進める。

 もう何も考えたくなかった。

 明日の俺に全部任せてしまいたかった。

 だから、



 「あの黒い何かがいなくなったら陽太君は……」



 背後から聞こえた消え入りそうな声も聞こえないふりをした。

 彼女の本気に気付くはずもなかった。


 * * * * * * * *


 その日の夜。



 胸のざわつきを覚えて日が昇るより前に目を覚ます。



 なんとなくわかっていたはずだった。

 彼女ならやりかねないと知っていた。



 だけどもう何も考えたくなくて普通そんな無謀は犯さないと都合よく考えていた。



 いくら悔やんだってあの瞬間の俺には戻れない。



 部屋にいない彼女を探して小屋の戸から外に出ると森へと続く道の途中紅い花が一輪落ちていた。



 彼女の覚悟を形にしたように闇夜にも煌めく綺麗な花だ。



 いつからか澱んでしまった星空はこんな時でさえ俺を嘲笑うように爛々と瞬いている。



 眩みそうなほど冷たい夜だった。


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