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理想郷には遥か遠く  作者: 小犬
第一章 瓦解する世界と泉の少女
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第二話 学び舎の秒針


 「――あれ? どうしたんだ二人とも」



 何でもないいつも通りの昼休み。

 花恋印の弁当を食べながら幼馴染みである二人と談笑していると、突然二人の表情が固まった。

 否、正しくは動きそのものが止まっていた。



 身を乗り出した花恋はいつもより頬を朱に染めて、悠人に対して何かを訴えかけるようにして。



 一方悠人の方はやれやれ、と今にも口にしそうなほどの困り顔で固まっていた。



 「おい、聞こえてるだろ? 何か言えよ」



 俺の問いかけにも一切答える気配のない二人。

 悠人の手が頭を押さえたままなのも花恋の拳が握りしめられたままなのも変わらないことから、彼らの変化というのが表情だけに限らないことがわかる。



 最初は悪ふざけか何かだろうと考えていたのだが、静止する二人の様子は不思議とオブジェのような無機質さを醸し出しており、その不気味さに思わず背筋に悪寒が走る。



 それに問題はこれだけではなかった。



 見渡すと二人以外にも例外なく教室にいた全員が物音一つ立てずそのままじっとしていたのだ。



 ただ食事をしていただけなのだろう。

 卵焼きを口に運びながらその寸前で箸を止めている者。



 友達の肩をはたいたのだろうか。

 隣に座る飯田の肩に手を当てたまま動かない者。



 何かを喉に詰まらせたのだろうか。

 必死な面持ちで水筒の水を凄い角度にして飲んでいる者。



 見ればどうしてか大きく口を開けて何かを飲む彼の口元からは水が溢れていない。

 ごくごくと水が喉を抜けていく音はこの静まり返った教室の中でも聞こえてこないし、そうなると中身は空なのでは?という疑問が浮かぶ。



 中身が空? なのに喉を詰まらせて咄嗟に水筒を? それに喉を詰まらせたのならこんなおふざけに付き合う余裕なんてあるのか?



 戸惑いが俺の思考をより深い場所へと誘う。

 悪ふざけだと思いたい自分とそうは思わせてくれないこの光景の異様さ。

 そのギャップに俺はある一つの突飛な考えが浮かんでいた。

 これはまるで……。



 「時間が……止まってる……?」



 そんな有り得ない可能性が真っ先に浮かんでしまうほどにこの空間は異常に満ちていたうえに、馬鹿げた考えだと笑い飛ばすには。

 少なくとも目の前の二人はこんな趣味の悪い冗談をやってみせるような奴らではなかった。



 「おい、悠人って!」



 悠人に近付いて肩を強めに揺らすが、その体は力なく揺れるだけで抵抗する様子は感じられない。

 生きているのかさえ怪しんでしまいそうなほどだった。



 「そうだ、息……」



 恥ずかしいとか何をしているんだとか、そういう常識はもう考えていられなかった。

 俺は悠人の鼻先に人差し指をかざして神経を集中させる。

 しかし指先に風が吹きつけてくる感触はない。

 つまりそれはどういうことなのか。



 答え思索するよりも前に俺は自分の指先を少し舐めると再び悠人の鼻先へと近付けるが、やはり彼の呼吸は感じられない。

 しかし触れた首筋からは温もりが感じられた。

 死んでいるわけではないらしい。



 それからは黙って他のクラスメイト達の様子をくまなく確認して回った。



 教室中に満ちた静寂が嫌になるほど自分を冷静にさせるのがわかる。

 最もこの状況でここまで落ち着きを以て確認作業を行えたのはある意味でおかしなことなのかもしれなかったが、それはこの際都合が良い。



 ――教室中を見て回った結果として導き出された答えは、懸念通り俺以外のクラスメイトの時間が止まっていることだった。

 人間だけでなく液体でさえその空間に固定されていた。



 最初は悪ふざけの類も疑っていた。

 なぜなら時間が止まるとか普通に有り得ないからだ。

 というかそれしかない。



 だが同時に有り得ない事象としてお茶が重力に従わず空間に固定されたようになっているのを見てしまった。

 先の喉を詰まらせていた彼の口に水筒の口から流れるお茶はまるで食品サンプルのように彼の口内には届かずに直前で止まっていたのだ。



 時間が止まるという馬鹿げた現象も液体が宙で固まっているという馬鹿げた現象を前にしてしまっては認めざるを得なかった。



 こうなってくると意味が分からな過ぎて何をすればいいかもわからない。



 そもそも俺は今起きている全てが現実でない可能性も、あまりにも緻密に練られた悪ふざけの可能性も本当はまだ捨てたわけじゃなかった。

 だからこその先のことを考えられない。



 教室でみんなの確認をしてそれから俺はどうする?



 「――そうだ」



 時計の針をまだ確認していなかった。

 時間が止まっているという可能性が浮かんだ時点でクラスメイトの様子とか以前にまず確認すべきだったはずだ。

 もし本当に時間が止まっているのなら時計の針は進まないはず。



 冷静だと思っていた思考は同様のせいかやはり鈍っていたのかもしれない。

 いや、それでもパニックに陥っていないだけまだマシなのか。



 少しずつ必死に考えを頭で整理しつつ黒板上の中央に位置する時計へと目をやる。



 十二時三十五分。



 昼休みが始まって二十五分、終わるまでは残り十五分。

 それが現在時計が指し示している時間だった。



 念のためバックから取り出したスマホにも表示された時刻は十二時三十五分。

 教室に備え付けられた時計の針にずれがないことを確認する。

 あとは時が経つのを待つだけだ。



 途端にやることのなくなった俺は教室の端、三つのくっつけられた席の一つに腰かけて頬杖をついた。

 さっきまでのんびりと花恋の弁当の味に舌鼓を売っていた場所だ。



 だから当然目の前には先程からびくともしない古くからの友人二人の姿がある。

 それをただぼうっと眺めていると不意に疎外感に見舞われる。

 少しでも楽しいことを考えて気でも紛らわそうか。



 本当は今頃悠人や花恋と無駄話に花を咲かせていたことだったろうに。

 頬を染めている花恋は何と言っていたのだろう?



 「悠人くん、好き!」だろうか。

 だとしたら早く付き合ってしまえばいいのに。

 学校が誇る美男美女カップルの誕生を俺は快く……祝えるのかな。

 正直あまり自信がない。



 だが表情だけを傍から見れば二人が恋人同士だったとしてもそれは全くおかしなことではなかった。

それに多分花恋は本当に悠人のことが……。



 いや、でももしそんなことを言っていたなら今の悠人の困ったような表情はどう説明する。

 まさか「やれやれ、またか……」等と答えたのだろうか。



 悠人はキザじゃないしそんな返事をすることは有り得なかったが、だとしたらそれはそれで凄い展開だ。



 ――あぁ、二人は何て話してたんだろう。

 ちゃんと聞いておけばよかったのに。



 …………。



 ……。



 * * * * * *



 「さて」



 どれくらいこうしていただろうか。



 時間を示す指標が使い物にならなくなった今となっては漠然としかわからない。



 少しのような気もするしそうでないような気もする。



 だがこれからを考えるには十分な時間だった。



 教室の扉を開けて廊下に出る。



 扉を閉める際についさっきまで眺めた二人の姿が目に入った。

 その心地いい空間に多少の名残惜しさを覚えつつもゆっくりと扉を閉める。



 物音の主が消え再び静寂が統べる教室で、時計の針は十二時三十五分を示していた。


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