第二十六話 いくら停滞を望んでも
地図でも確認したがここから目的であるオーガの生息地帯までは割と距離がある。
理由は明白で花畑自体が森を攻略するうえでのルートから大きく外れているからだ。
そこで普段であれば小屋の前の泉をぐるっと半周して森へ入るところを、今回の道は花畑に行くために小屋を出てそのまま右に向かうルートを採用している。
到着までは二十分から三十分ほど歩くことになると考えていた。
もちろん途中から攻略用の道に入るとあって道程にはモンスターが現れる。
だがレベル1のままのリザとは違い俺のレベルは27でありオーガと遭遇するまでは基本的に困らない。
スライムやゴブリンのレベルは個々によって差はあれど高くても15くらいがいいところだ。
群れにでも遭遇しない限りは何ともないと考える。
「よっと……。 今日はやたらモンスターが多い気がするな」
蹴り上げられたスライムが完全に飛び散ったのを確認して俺は不満を漏らす。
少なくとも靴底に溜まるスライムの体液を気にしなくなるくらいにはスライムを倒すのにも慣れてきたらしい。
以前は敢えて裸足でスライムを倒していたが最近では普通に靴を履いたままで倒すようになった。
命の大切さとかを忘れたつもりはないけど、命を奪っているという感覚が薄れてきていることは否めない。
だがそれもスライムのようなへんてこなモンスターの話。
人型のゴブリンのようなモンスターを倒すのはまだまだ慣れないし、あの日の頭を押し潰す感触もまだ忘れられないけど、それでも何とか俺は前に進んでいる――いや攻略自体は進めちゃダメなんだけども。
「そうですね……陽太君の言う通りまだあまり奥の方へは来ていないのですがモンスターたちによく出会う気がします。 どうかしたんでしょうか?」
「でも別に苦戦したりとかはないし大丈夫だろ」
「ですね」
「じゃあこのまままっすぐ行ってみるか」
俺の後ろでリザは地図を片手に辺りを見回す。
レベルが上がらないうえに女の子であるリザは後方で支援と道案内を、弱い俺が前線にというのが探索の時の基本的なスタイルだ。
いざという時には恥を忍んで初めてゴブリンと戦った時のようにリザに前線での共闘をお願いする形になるのだがそのいざという時はあの日以来訪れていない。
意図して探索の回数を減らして危険な戦いを避けているのだから当然だろう。
そもそも探索に前向きでない俺がわざわざ危険な戦闘を選んでまで道を急ぐ必要はないのだから。
それからしばらく道を歩くと二体のゴブリンが現れた。
リザに確認すると右が11レベルで左が12レベル。
いずれも普段の生息地からは離れた場所で遭遇した。
ふとそのことに違和感を感じるが襲い掛かってくるゴブリンたちを前に気にしているほどの余裕はない。
考えるのはこいつらを倒してからでいい。
ゴブリンとの戦闘も相変わらず地味なものだ。
素手で殴るか偶然落ちている木の棒で殴るか。
異世界らしい魔法やスキルを使えない俺には端っから物理攻撃という手段しか用意されていないのだから肉弾戦になるのは避けられない。
だから決まって俺の戦闘は泥臭くなる。
それでも決着が着くのにそう時間はかからない。
こちらには最強の後方支援がついているから。
俺は殴りかかってきた右側のゴブリンの拳をいなすとすぐリザにスキルの発動を求めた。
「リザ!」
「レベル吸収!」
リザの声に呼応するように左のゴブリンから滲み出た半透明な薄紅色の物質はスキル使用者のもとへ迫っていく。
力が抜けていく感覚に身構えていたゴブリンの身体がたじろいだ。
リザのスキルが持つおまけ程度の効果だ。
それでもその反応をわかっている俺にとっては好機でしかない。
「今!」
目先の隙を見逃すまいと予めもう一人のゴブリンの拳を躱したのと同時に俺は左のゴブリンとの距離を詰めていた。
既にそのぼこぼことした肉体は拳の届く位置にある。
レベル6になってしまったゴブリンにレベル27の俺の拳はどの程度通用するのか。
俺は隙だらけのゴブリンの顎を全力の拳で打ち抜いた。
「グゥェ!」
低い呻き声と共にゴブリンの重そうな体躯が僅かに宙に舞う。
元いた世界ではテレビでも見たことがない漫画みたいな光景だった。
確かな手応えに嫌でも自分の成長を実感する。
いつしかこれほどの力を手に入れていたのだ。
リザの足を引っ張ろうともがいている惰性の日々の中でも顕著に。
こうした経験がますますここを異世界であると俺に認識させる。
視線を移すとリザの身体から力の波動が抜けていくのがわかる。
スキルの対象がやられると元の宿主を失った力は霧散するのだ。
それを見て俺は先のゴブリンの死を悟る。
敵が二体いたって関係ない。
リザがレベルを吸って、弱っている方を先に叩く。
次に残党を同じやり方で倒せば負けることはまず考えられないから。
リザのレベル吸収がおまけとして対象を一瞬怯ませることができることも理解しておけば、より敵を倒しやすい。
一対二での戦いはこれでどうにでも出来ると思えた。
片割れを倒してしまった以上そこからの展開は想定し易い。
グーパンチ一発で仲間が倒されたことに驚いた様子だったもう一体のゴブリンも同様のやり方で倒すことが出来た。
俺たちはこの数ヶ月で明らかに強くなっていたのだ。