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理想郷には遥か遠く  作者: 小犬
第一章 瓦解する世界と泉の少女
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第二十三話 サプライズに赤い花を


 この時の俺の様子を伝えるのなら、唖然としていたという表現が最も適切だったろう。



 森は何処も木々が生い茂るばかりで開けた土地というのは珍しい。

 地図上に記されている開けた土地も二、三か所ほどしかなかったと記憶している。

 ゴブリンと戦った場所よりもう少し奥に行ったところにある河原なんかがそうだ。



 だから探索済みのエリアで俺の知らない開けた土地というのが存在したことにまず驚きがあった。

 更に俺を驚かせたのはそこにあったのが一面に広がる赤い花畑だったからだ。



 「すごいな……」



 爛々と咲き誇る花々の存在感は開けた空から太陽の光を浴びているのではなくむしろ花弁から発せられているのではと見紛いそうになるほど強く、それだけで来客(おれたち)の目を惹きつける。

 時折そよぐ軟風は微かに花々を遊ばせて、さあさあと擦れた音を鳴らして巡る。



 予想だにしなかった光景を前に何処へ連れられるのかとびくびくしていた自分の姿はもうここにはない。

 そんなこと忘れてしまうほどに鮮烈な光景だったから。



 そしてこうも思う。

 これは確かに赤く塗ってしまいたくもなる、と。



 「どうですか?」



 期待を隠すことのない無邪気な顔でリザは俺の目を見る。

 答えなんて聞かなくてもわかっているくせに。



 「うん、めちゃくちゃ綺麗だ」



 それでも俺は口にする。



 此処を内緒にされていたことや紛らわしいことに危険地帯を意味する赤色で地図上のこの場所を塗っていたこと、俺の色んな想像は杞憂に終わったわけだが本当に肝が冷えたのだからそりゃ文句も言いたかった。



 でもそれらをそんなことと思えるくらいに、俺の知る世界の広がりは驚きを与えてくれたから。

 今はこの花畑の感想をきちんと言いたかった。

 ――うん、今だけは。



 「でもそれはそれとしてだ。リザ」


 「はい?」


 「ちょっとお話をしようか?」



 これから何を言われるのか心当たりがあるのかリザの笑顔が一瞬ピクリと歪んだのを俺は見逃さなかった。



 * * * * * *


 「しっかり怒られました……」


 「こっちはどこに連れていかれるんだってひやひやしたんだからな。 これくらいは言わせてもらわないと」


 「はい……」



 花畑を前に陣取って弁当を食べる俺たち。

 こんなことがあった後で最初からいつも通り世間話に花を咲かせられるはずもなく、最初は俺がリザに文句を言う時間を過ごした。



 その間も別に本気で怒っていたわけではなかったためリザには食べながら話を聞くことを促したのだが、リザは律義にも一通り話が終わるまで正座をしてこちらの話を聞いていた。

 かなり反省しているらしい。



 そんな姿を見せられてこちらも食事など出来るはずもなく、結局二人が弁当に手を付けたのは話が終わってからのことだった。



 「それにしても何でこんなことしたんだ? この赤い花畑を見せたかったならそういえば良かっただろ?」



 おにぎりを片手に聞いてみる。



 「ただ見せるだけではつまらないかなと思いまして……」


 「確かに驚きはあったし、こういうドッキリ要素は嫌いじゃないけどなぁ」


 「そうなんです! そういうサプライズみたいなことにもちょっと憧れていて!」


 「そんなに目を輝かせて言われたらもうなんにも言えねえよ……」



 俺も俺で杞憂が過ぎた部分はあったし。

 記憶が戻ってからのあれこれで何もかも悪い方に考えてしまう癖がついたみたいで嫌だった。



 「でもまさかあの時地図で空白だった場所に向かっていると途中で気付かれるとは思っていませんでした。 一体いつお気付きだったんですか?」


 「あー、それか」



 いつ気付いたんだったか。

 確か森に入ってリザが地図を見ながら困っているくせにあまりにも俺に見せようとしないものだから、それで怪しんで。

 そうなるとあれは……。



 「だいぶ序盤だな。 森に入って少しくらい?」


 「わ、私ってもしかしてサプライズの才能ないんでしょうか?」


 「なんだよサプライズの才能って」



 一生でさほど役に立たなそうな才能が欠けていることがよほど残念なのか、リザは深刻そうな顔をするが間違いなく気にする必要はない。



 落ち込むリザを他所に俺は地図を手に取ると問題の部分をリザに見せてみる。



 「ここだよな? この花畑の場所。 前は何も塗られてない空白の場所だったのに赤く塗られてるんだもんなぁ」


 「それは単純にこの花畑の綺麗な赤色が地図を見る度によぎってしまってつい」


 「そんなことだろうと思った……」


 「ごめんなさい……」

 


 責めるに責められない落ち込み具合だしこの話についてはもういいか。

 それより俺には他に気になったことがあったのだ。



 此処に着いて花畑を見て、話があると言った俺の意図にリザは気付いているようだった。

 あの引き攣った笑みはこれから何を言われるか想像できていたような表情だった。

 座って説教を始めた時もずっと反省しているような態度だった。



 まるで最初から全部いけないことだとわかったうえでやっていたかのように。



 それらの言動がどうも俺の中のリザの姿と結びつかない。

 思うにこの子はいけないことは絶対にしない子だ。

 でないと彼女は自分のした行いによる罪悪感に簡単に押し潰されてしまう。



 だけど今回のゲリラピクニックも、美味しい匂いが漂う弁当を持ち運ぶのも、目的地を俺に告げないのも、全てが俺たちでいうところのいけないことに該当する。



 それなのにどうして彼女はピクニックを決行したのか?



 実際危険もなかったわけだし俺も大丈夫だろうと踏んだから付いてきたわけだがどうしてもそれが気になっていた。



 「なんでサプライズなんだ?」



 あれこれ考えていると言葉は口をついて出る。

 特に聞いて不味いようなこともないだろうとわかっていたのもあって軽い世間話をでも、というような感じで俺はリザに聞いてみたのだった。



 「それは……」



 だがリザの反応は俺が思っていたのとは違い、やや伏し目がちに答えることを躊躇うような仕草をした。

 前にも見た、触れてもいいのか迷っているようなぎこちない顔。



 でもそういう顔をする時彼女はいつもそれを越えられなくて、なんでもないと――。



 「最近の陽太君は元気がなくなってるみたいでしたから」



 そんな言葉が出ることはなく、いつものラインは唐突に踏み越えられてしまった。


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