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理想郷には遥か遠く  作者: 小犬
第一章 瓦解する世界と泉の少女
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第二十二話 赤い場所


 この日も本当に天気が良かった。



 小屋を出る際に壁に取り付けられた時計が指し示していた時間は十二時三十分。

 リザからどこへ行くのかは聞かされていないがこの時間であればどこに行って戻って来ても日が暮れるまでには帰って来られる。



 そんなことを考えながら額に浮かぶ汗を拭うのと一緒に、自然と俺の目は真上へと向いていた。

 原因はあまりある暑さからだろう。



 手をかざして見上げた太陽は丁度頭上で俺たちをじりじりと焼くように照らしており、ここ最近ろくに小屋を出ようとしなかった俺にはまさしく苦行とも呼べる環境だ。

 正直既に帰りたいと思っているのが中で支度をしているリザにバレていなければいいけど。



 まぁ暑さには目を瞑るとして、頭上に太陽があるという事実は俺の中で今がやはり十二時三十分なのだろうなという理解を深める結果にもなる。



 つまり小屋に備え付けられている時計にずれはないのだろうし、この星は今日も自転しているのだろう。

 朝は昼を通り越して夜を迎え、やがてまた朝になる。

 一日が循環することは当たり前のことで疑うこともしないのが普通なのだろう。



 「お待たせしましたっ」



 待ち人の声に振り返るとそこには普段通りの真っ白な衣服に身を包んだリザの姿があった。

 格好だけを見るなら何の変哲もないいつものリザだ。

 似合ってるね、とかいう誉め言葉はきっと必要ではないはず。



 しかし今日のリザの立ち姿はある部分だけがいつもと違っていた。

 視線がいったのはリザの手元。

 そこには図らずもリザの清楚な姿によく映えた木製のバスケットが携えられていたからだ。



 少なくともそれはこれから森へ入る人間の持ち物ではない。



 「――――」



 予想だにしなかったリザの装備【バスケット】に小屋の前にはいつしか沈黙が流れていた。

 心なしか頭上の太陽に笑われているような気さえする。

 それくらいリザの姿は様になっていたし、悪く言えば平和ボケしていたから。

 バスケットに蓋をするように被せられた赤地に白い斑点が並ぶカバーも尚更それを引き立てている。



 「陽太君どうしたんですか? そんなに目を丸くして」



 何てことないように訊ねてくるリザに俺も何と言ったらいいのかわからない。



 「いや、どうしたもこうしたもないっていうか」


 「――? というと?」



 きょとんとお手本のように小首を傾げるリザの姿の緊張感の無さといったら。

 俺が困惑している理由にちっとも覚えがないようだ。



 彼女の性格と状況に何となく中身の察しはついていたが、それでも一応俺にはそれを聞く義務があるのだろう。

 だから俺はある種事務的に訊ねていた。



 「あのさリザ。 念のために聞くんだけどその手に持ってる荷物の中身は一体?」


 「これはおべ――内緒です!」



 どうやらお弁当らしい。

 そうだろうな、と思った。



 「でも強いて言うのならそうですね……二人で食べたらもっと美味しいものですかね」


 「あー……なんだろな……」



 二人で食べたらってというのはいくら何でも的を絞り過ぎではなかろうか。

 ヒントというよりほぼほぼ答えに近いリザの発言に気付かないふりをする方が大変だ。



 「ではピクニッ――こほん。 散歩にレッツゴーです!」


 「ピクニックか? 今日の目的はピクニックでいいんだな?」



 気が(はや)っているのかどうもリザの言い間違いが多い日だ。



 それに散歩であれピクニックであれ同居人として彼女の計画を看過して良いはずがない。

 森の中にはモンスターがいて楽しく歩いている余裕なんてないのだから。



 しかし我関せずとばかりにリザはるんるんとスキップで先へ進んでいる。

 器用なことにバスケットに揺れが伝わらないようにして。



 一瞬此処が貴族の庭園か何かなのではと見紛うほどのどかな光景だ。

 毎度リザの素振りには現状を疑いそうになるが最近はそれくらいの方が気が楽な気もする。

 毎日毎日今日はどうしようかなんて考えていては、気が休まらない。



 もしかするとリザはそういうことも考えて俺を外に誘い出してくれたのではないか?



 そんな期待が急かしたのか、俺は危ないからとリザを止めることはせずむしろ駆け足で彼女のもとへと向かった。

 昨日からの約束を反故に出来るはずもないし、ついていかなければ間違いなくリザは拗ねるだろうし。



 それに何となく危ないことはないだろうという気もしていたから。



 確かに彼女が何処へ行くのかはわからないがそれでもピクニックというくらいならおそらく向かうのはスライム等の低レベルモンスターがいる辺りだろうし、その辺りならいざという時にもすぐに小屋に引き返せる。



 レベルが26になった俺であれば小屋周辺の敵に負けるようなことは考えられなかった。

 リザだっているわけだし楽勝だろう。



 加えて森の奥へ向かうわけでないのなら今回の外出はこの森を脱出することに繋がらない。

 つまり俺が彼女との誓いを塗り替えてでも立てた新たな誓い、「この森を出ない」は守られる。

 あの時のようなことはもう起きないし、起こさせない。



 すぐに追いついた俺に体ごと振り返るリザ。



 「それにしてもいい天気ですね」


 「そうだな」



 今目の前にある日常を守ることさえできればそれでいい。

 非日常を望み、全てを救おうとした過去の愚かな俺は真っ黒に塗り潰すのが正解だったのだ。



 そんなことを考えていたらいつしか俺もリザも森の中へと入っていた。

 いつも探索の為に使うのとは違う入り口から。


 * * * * * *



 「えーと、次はこっちですね」



 リザを先頭に森を進んで十分ほどが経った。

 目的地までは多少入り組んでいるのか地図を見ながらうんうんと唸るリザの姿は見ていて危なっかしいだけだったが、かと言って俺が、



 「やっぱり俺が地図を見てみるのは――」


 「大丈夫ですから! 陽太君は気を楽にしてついて来てくれればいいんです」



 そう言ってもこの始末。

 余程俺を休ませたいのかリザが俺に先頭を譲る様子はない。

 なんなら左手の地図を覗こうとしただけで手元を隠される徹底ぶりだ。

 地図なんて日頃一緒に見てるだろうにどうして今はだめなのだろうか……。



 彼女の持つ地図は俺が此処に来るより以前に彼女が小屋に置いてあった綺麗なコピー用紙とボールペンを使って作っていたもので、俺が見せてもらった頃には既に小屋の周辺の図が活き活きと描かれていた。



 活き活きと、という表現は決して間違ってはおらず、実際その地図にはわかりやすく上手なスライムのイラストつきで分布図まで書かれており、最初にスライム狩りをしていた時には大変役立ったものだ。



 彼女曰くペンが良いのだそう。

 このようなスラスラと細い線の引けるペンは初めてなのだとも。

 見るからにただの四色ボールペンなのだがそれを言ってしまうのも無粋かなと思い黙っておくことにした。



 そんな地図も今ではゴブリンやオーガ等の分布が書き込まれ彩りを増し、森の探索においては欠かせないアイテムになっている。



 が、その地図の作成には俺だって携わっていたわけで。

 今更彼女が俺に地図を見せようとしない意図がますますわからなくなってくるのだ。

 だからこうして森に入ってから今まで考えあぐねていたわけだが、ここに来てようやく一つとっかかりを得た。



 そういえばあの地図には俺が来る以前からリザが地図に書き込んでいたらしい白い空間があったのだ。

 危険なところは赤、水辺は青、必要事項の書き込みは黒、何もないところは森を意識してか緑で塗られていたのにそこだけは何も塗られていなかった。



 それがわざとなのか塗り忘れなのかわからなかったから、以前にこの空白の場所は何かと聞いたことがあった。

 しかしあの時は上手いことはぐらかされた記憶がある。



 もしやそこに行こうとしているのではないか?

 確かに入り組んでいたような気もするし、強いモンスターが出現するほど奥地でもなかった。

 そうだとしたら今俺に地図も見せないのも無理やりではあるが説明がつくような気がする。



 しかし隠してきたその場所をどうして今になって?



 また深い物思いに耽ろうとして、だが考えたってどうにもならないと頭をぶんぶんと横に振る。

 結局彼女の案内先に行けば全部わかる話だ。

 リザのことだって信頼しているし困ったことにはならないだろう。



 考えるのを止めにした俺は気持ちをリセットしてとにかく黙ってついていくことに決めた。



 そうと決めてしまえば突然視野が広くなったように森全体の様子が入り込んでくる。

 小鳥は囀っているしよく知らない虫の鳴き声はもちろん、足元で踏みつけられた木の枝が折れるぱきっという音まで。

 日の光も木々の広げる葉に遮られ、久々の森の中は少なくとも小屋の前よりは快適だった。



 「あっ」



 そして今になって気が付く。

 リザの右手の荷物を持ってやるという発想のなかった自分の浅慮に。



 間の抜けた俺の声にリザは振り返る。



 「どうかしましたか?」


 「凄く今更なのは重々承知なんだけど、そのバスケット持たせてくれないか?」


 「これですか?」



 リザは少しだけバスケットを掲げて見せる。



 「そうそう。それ」


 「別に大した重さではないですし気にしなくても大丈夫ですよ?」


 「いや、リザ。 俺が俺を許せないんだ。 頼むからそれを俺に持たせてくれ」



 自分の考え事にいっぱいいっぱいで女の子に気を遣えなかったとか普通に情けなすぎる。

 いっそ頭を下げようかと思ったし。



 「頼むっ! この通り!」



 というか下げた。

 深々と許しを請うように。



 「わかりましたから! だからこんなことで頭を下げるのはやめてください陽太君」



 俺の謝意が伝わったのか僅かに慌てた後柔らかく微笑んだリザは右手のバスケットを俺に差し出す。

 了承は得られたようだ。



 「そのかわり中身はあまり揺らさないでくださいね? あとカバーの下は見ないように。 中身は着いてからのお楽しみなんですから」


 「御意に。 命に代えても」


 「ふふっ、なんですかそれ」



 俺のくだらない反応にも本当にリザは楽しそうに笑ってくれる。

 この笑顔が見れたなら遅くなったとしても荷物のことに気が付けて良かったなと心から思う。



 差し出されたバスケットから漂う香ばしい匂いに腹が鳴らないか心配になるが、それを表情に出さないよう留意してリザの手から受け取る。



 と、不思議なことにリザは左手に持った地図まで俺に渡してきた。



 別に持つのは良いのだがさっきまであんなに隠していたのは何だったのかという疑問も当然浮かぶ。

 しかし差し出されたものを拒む理由もなく、俺はそのまま地図を受け取った。



 「リザこれ……」



 渡しても良かったのか?と言葉を続けるよりもリザの反応の方が早い。



 「はっ! いけない!」



 俺の手に地図が渡ってすぐに目を見開いたリザは、大して力のこもっていなかった俺の手から地図を取り上げた。

 どうやら渡してはいけなかったようだ。

 まさかこんな場面でリザが天然を晒すとは。



 やってしまった、とでも言いたげな眼差しに俺が妙な嗜虐感を覚えるということもなく、ただ空気が一瞬だけ重たくなっただけだった。



 それもそのはず。

 偶然見えてしまった光景に俺は完全に思考停止に陥っていたのだから。

 リザは窺うような声色で訊ねる。



 「――見ましたか?」



 彼女の見ましたか?が地図のあの部分のことを指しているのなら見た……というよりは見えたというのが真実だ。

 だがこの場においてその答えはきっと適切ではない。

 


 「――見てないです」


 「良かったぁ~」



 力の抜けたような声でそう嬉しそうに呟くリザの姿に俺は不安を覚えるだけだった。

 もっと言えば身の危険すら感じてしまっているほどに。



 なにせ今向かっていると思われる地図の空白の場所。

 気になっていたのもあって一瞬だけ見てしまったその場所は明らかに()()塗り潰されていたのだから。



 しばらく呆然となった俺はそれでも先へ進むリザについていくことを止めない。

 彼女についていくほかどうしていいかわからなかった。

 その中でも考えることが出来たのは彼女が隠してきた場所に今になって連れられている事実だ。



 さっきは考えたって仕方がないと諦めたわけだが、あの白い場所が赤くなっていたのなら思い当たらない理由がないわけではない。

 だって最近の俺は見るからに森の探索に協力的ではなかったし、足手まといというには十分な存在だった。

 実際に足を引っ張るつもりだったわけだし。



 だとすれば腹が立って裏切ってしまおうと考えるタイミングが今であっても全くおかしくはない。

 それとも考え過ぎだろうか?

 そうであって欲しい。



 「着きました」



 地図を見てしまってほんの数分でリザの声が。

 視線は自ずと前へと向かうのだが赤く塗られた場所を思い出すと前を見ることすら躊躇してしまう。



 それでもここまで来て帰るという選択肢は残されているはずもなく。



 「え……」



 おずおずと見上げた視線の先には息をのむほどに、地図通りの真っ赤な光景が広がっていた。


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