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理想郷には遥か遠く  作者: 小犬
第一章 瓦解する世界と泉の少女
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第二十一話 思いの先


 結局この日は本当に何もしないまま夜を迎えて、俺はリザと一緒に夕食を食べていた。

 仮病を使ったことは記憶が戻ってからこれまでで何度もあるので何もしなかったことを憂うこと自体今更なのだが。



 今日の献立はこの異世界では広く親しまれている料理であるらしい「レブリ」という料理。

 具材はどれもよくわからないものだが見た目でいうと地球のポトフによく似ていた。

 じんわりと温かさが感じられる料理でじゃがいも?のほくほく感が味わい深い。



 思わずここ最近影が差していた心が晴れていくような心地よさを感じていた。

 少なくともこの感覚が今この瞬間だけのものだと忘れるくらいには。



 「どうかしましたか?」



 スプーンを持ったままで固まっていた俺に真正面に座るリザが問う。

 ぼうっとしていたのを見られてしまったようだ。



 「――あぁ、地元にも似たような料理があったから懐かしいなって」


 「レブリは確か王国が発祥の料理ですが、あちこちで食べられている料理みたいですから。 そのせいかもしれませんね」



 丁寧に異世界の豆知識を披露してくれるリザ。

 記憶がないというのにあっさりと口にする知識の数には度々驚かされる。



 それにさっきも広く親しまれているはずの料理を知らない俺にリザは深く追求してくることはなく、丁寧に教えてくれていた。

 相変わらず俺の来歴について聞いてくる様子はない。



 三ヶ月の月日が流れても彼女は俺が触れて欲しくないと思う部分に一切干渉してこないのだ。

 その気遣いが今の関係を築いている。

 良い意味でも……悪い意味でも。



 だから元居た世界の話をしていないのはもちろんのこと。

 ましてやあの世界の最期のこと……止まってしまった世界と黒い存在についてまでは話せるはずもなかった。



 少なくとも常人なら実際に目にしたわけでもない異世界や奴らのことまでは、話を聞いただけじゃ信じてもらえるはずがないのだから。

 いくらリザであってもきっと理解はしてくれないだろう。



 そうやってつい思い出してしまったあの日のことを考えると無意識に視線は右手に移ってしまう。



 もう何もかもなかったように平然としている俺の右手。

 不都合なくスプーンを持つことが出来てしまっている事実は当然のようで、しかし本来ならこんなにもしっかりと機能するはずもなくて。



 今ならこの世界に来てから違和感を感じていた右手の疑念の正体を明確に理解できる。

 初めて出会ったゴブリンを殴り飛ばそうとしたあの時、全く右手に力が入っていなかったことも。



 おそらく体は気付いていなかったんだ。

 右手の()()()()()()()()ことにさえ。

 それぐらいあまりに急な変化だったから。



 俺の右手はあの日奴を殴ろうとして失敗した時、二階から落ちた拍子にひしゃげてしまっていたはずだから。

 以前の姿のままこの世界にやって来た俺の右手が元通りなのは違和感以外の何物でもなかったのだ。



 「あ……」



 自分がじっと右手を見ていたことに気が付いて反射的にリザの方を見る。

 するとリザも俺がまたぼうっとしていたことに気が付いていたらしく、レブリに手を付けることもせずただその碧い双眸でじっと俺のことを見つめていた。



 流石に二度も立て続けに気が抜けていたのは不自然だったか。



 リザの俺を見る目は僅かに揺れていて、悪いことをしたような後ろめたい気持ちになる。

 それくらい、初対面の人間でさえわかるだろうと思えるほどに感情的な眼差しだった。



 だとすれば俺が慌てるのはおかしなことじゃない。



 「いや、えっと、あれ!? この料理食べれば食べるほど美味いな! ほらリザも遠慮せずもっと食べろよ! ――俺が作ったんじゃないけど」



 俺は無意識に馬鹿みたいな身振り手振りをしておどけて見せる。

 後で自分の言った発言を聞き返したのなら何を言ってるんだこいつはと頭を抱えるだろう。



 ただ道化を演じることも今に限った話ではない。

 記憶が戻ってここを出ないと決めた時からずっとだ。



 でもリザはそんな俺を叱ることも不思議がることもなかった。

 何かを言いたげだった彼女はただ少し戸惑ったようにして、必死に言葉を探しているように見えた。



 「あの、陽太くん。 陽太くんはその……」


 「ん? どうしたんだ?」


 「どうしたというか……」



 さっきまではしっかりとこちらを向いていたというのに今では何かを言いかけては視線をちらちらと動かしながらリザは「えっとえっと……」と繰り返している。

 が、すぐにリザは、



 「いえ……。 やっぱり何でもありません」


 「お、おう。 そっか……」



 小さくため息を吐くのと一緒に肩を落とすと何かを言うことを諦めたようだった。



 こういう時、いつもなら何を言おうとしたのか気になって話して欲しいと思う(たち)なのだが、今回ばかりはそうではなかった。

 今の俺には聞かれたくないことが多すぎる。



 彼女の中に不満や疑問が溜まっているのなら聞いてあげるのが共にこの小さな世界で生きる俺の役目だと知っていながら、それでも彼女の口から何かを聞くことは出来そうになかった。



 明日は久しぶりに彼女と小屋の外へ出る日だ。

 一体何処に行くのかすら聞かされていないうえに、今のようなリザの様子を見ると彼女の目的が気にならないはずもなく、その晩はいつも以上に寝付くのに時間を要した。


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