第二十話 仮病
昼食を食べ終わると椅子に座ったままでただのんびりと窓の外を見ていた。
変り映えすることもない何てことない景色を前にしていても退屈することなく呆然とそうしていた。
まぁ別に景色を楽しんでいるわけでもないのだから飽きないのも当然の話ではある。
何も考えたくなかったから、こうしているだけなのだから。
「寝ていなくてもよかったのですか?」
丁度頬杖をついていた右手が痺れてきて左手に入れ替えようとしたタイミングでリザが。
おそらく俺が仮病を使っているということにも気が付いていないのだろう。
声色からは俺を労わる彼女の優しさが伝わっていた。
だからこそ心苦しい。
記憶が戻って以来俺に森を出る気がなくなってしまったということを直隠すのは彼女を騙しているのと同義だ。
かと言って彼女の外への気持ちを考えれば森を出たくないと直接言うわけにもいかず、だから現状俺がもたもたすることで進行を滞らせているわけで。
本来今日予定されていたオーガ退治だって別に本当に体調が悪いから休んでいるわけではない。
全ては俺とリザがこの森を出なくて済むようにするため。
それだけのために俺は彼女に嘘を吐く。
「食後は上手く寝付けなくてさ」
「あ、それは私もわかります」
何とか微笑みの仮面を貼り付けて少しでもぎこちなさを感じさせないようにそう口にした。
同調して頷いてくれた彼女の和やかな反応に僅かながら救われる。
「でも、陽太くんのレベルももう20台まで上がっていますし。 今日は気にせずのんびり休んでください」
「あぁ……そうだな」
リザの言葉に返事をして、同時に俺は頭でステータスと唱える。
と、すぐに半透明な文字列が見えてきた。
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名前 秦瀬 陽太 Lv26
スキル コード
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映ったのはレベル以外特に変わった様子のない自らのステータス。
この世界にやって来てから三か月以上経つ今でもレベルは26。
つまり一月に十レベルも上がっていないということになる。
明らかにペースが遅いというのはリザに言われなくてもわかる。
事実記憶が戻ったのはゴブリンを倒した数日後だったわけだが、それまでのレベルの上り幅とそれ以降の上り幅とではわかりやすく効率が落ちている。
レベルが上がっていくにつれ伸びが悪くなっているだけでは?というのも考えられたがそもそも自分から意識的にレベルを上げないようにしているため伸び悩んでいるというわけでもない。
当然の結果なのだ。
それにスキルも発動できていないままだ。
これに関しては正直お手上げだった。
意識的に上げようとしていないレベルとは違ってこのスキルに関しては幾度使おうと思ったって使えた試しがない。
半ば諦めてすらいるほどだ。
ステータスを見る時のように頭で念じればいいのかと念じてみたが駄目だった。
リザに聞いたところスキルというのは口に出すことで使えるものもあると聞いた。
だから試した。
駄目だった。
スキルというのは基本的にイメージが大事なのだとも聞いた。
自分のスキルがどんなものか理解して強くイメージする。
声に出さずともそれが出来ていれば使用できると。
だがこれも結果から言えば駄目だった。
これに関しては簡単な話で、そもそもこの『コード』という能力が一体どんなものなのか俺には理解が出来ていない。
そんなスキルのイメージをどうしろというのか。
そういう話だった。
「はぁ……」
視線を再びリザから窓辺へと逸らすと、また思考を外へと飛ばした。
最近はずっとこうしてぼけーっとしている時間が増えたように思う。
だが今回は遮られた。
まるで俺の意識を小屋に留めるようにしてリザが頬杖を突く俺の左手を揺らして、
「陽太くん陽太くん」
「なんだなんだ」
「探索とは関係なく、実はついて来て欲しい所があるんです」
「ついて来て欲しい所?」
「はい、絶対に来て損はさせませんから! 明日でいいので行きませんか?」
「明日はそれこそ今日行けなかった分オーガを倒しに行くんじゃ――」
「そんなことはいいんですよ!」
「そんなことってリザお前……」
「返事は、はいかいいえです」
「は、はい……」
いいえって言わせる気ないだろ、という言葉はぐっと飲み込んだ。
何せリザの笑顔の圧が強すぎる。
まさか俺何かやらかしてしまったのだろうか。
そうとなればついに森のどこかに置き去りにされるのかもしれない。
知っての通り今の俺は誓いを蔑ろにしているわけだし心当たりならありすぎるほどある。
或いは探索ではないと言いつつオーガのもとへと向かうのだろうか。
もしそうだとしたら道を知っている俺には途中でバレてしまいそうなものだが。
何はともあれいくつかの可能性を想定したって意味がない。
見てくれリザの笑顔が放つ凄まじい圧力を。
俺を怪我させてでも連れ出すぞこの子は。
おおよそリザは小屋引きこもり男と化してしまった俺を真っ当な人間へと更生させてくれようとしているのだろうが、二人で森を出ないと決めた俺の意思はそう易々と曲げられるものではない。
あの黒染めの地獄を見てきた俺の意思は鋼よりも硬いのだから。
だから俺はきっと彼女のいかなる手にも屈しない。
「では、明日を楽しみにしていてくださいね」
「あぁ」
この三か月、今でも彼女の考えていることの多くは見透かせる気がしなかったが、決意だけは揺らぐことがなかった。
もう何も奪われたくはなかったから。