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理想郷には遥か遠く  作者: 小犬
第一章 瓦解する世界と泉の少女
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第一話 主人公とヒロイン、それから親友


 「というわけで、もしも異世界に転生できたなら俺は魔法を行使してみたいわけ」


 「うん、相変わらずわけの分からない話をありがとう陽太」



 教室の隅でくっつけられた三つの席。

 その一つに腰かける幼馴染の佐原悠人さはらゆうとは箸で卵焼きを口に運びながらうんざりした顔で答えてくれる。



 反応はつれないし、というか多分ほとんど聞いてないんだろうけどこうして一緒に昼休みを過ごしてくれているだけでも感謝すべきだろう。



 高校生になって二度目の春。

 各学年に六クラスずつ設けられた我が校で俺と幼馴染である悠人が同じクラスになれたのは正直かなり運が良かった。



 別に友達がいないというわけではなかったが同中(同じ中学)の人間からは当時のイタ過ぎる言動のせいで敬遠されがちで、部活に所属しているわけでもない俺が五月のこのクラス替え間もない時期から一緒にご飯を食べることの出来る友人などいるはずがなかったのだ。



 因果応報というものだろうか。

 思い出したくもない過去くろれきしである。



 というわけで幼馴染という存在の大切さを今、俺は悠人の弁当箱から勝手に頂戴した唐揚げの味と共に噛み締めている所だった。



 「でも本当に変わったよね陽太は」



 唐揚げを盗られたことを特に気にする様子のない悠人は言う。



 「そうか? でも中学生なんて誰もがあんなもんだろ。 世間じゃ中二病なんて言葉もあるくらいなんだから」


 「そうは言うけど僕の周りで意味もなく眼帯をつけて登校したりするイタい人は陽太くらいだったよ」


 「おい、中学の話はするなって何度も言ってきてるだろ。 あとしれっとイタいとか言うな」


 「ごめんごめん、でもその眼帯の下に実は赤のカラコンをつけてたことまでは言ってないよ」


 「言ってるから、それ全部言っちゃってるから!あとお前実は唐揚げ盗られたの根に持ってるだろ!」



 いや、さっきまでの話は全て忘れて欲しい。

 幼馴染なんてものはクソだ。

 自分の恥ずかしい過去を知る人間など、クソくらえである。



 でも実際中学時代ってそういう異能力とかに憧れる時期だと思うんだ。

 みんなにもあっただろ? 写〇眼とか神々の〇眼とか格好いいなって思う時期が。

 その思いが他よりちょっとばかし強かっただけなんだ、いや本当に。



 「――はあ。 悠人、お前も少しは漫画やアニメの親友ポジションを見習ったらどうだ?」



 しかしこのままだとこちらが火傷しかしないように思えた俺はそっと話題の矛先を悠人へと向けた。



 「親友ポジションねえ……」



 そう言って悠人は少し考えこむような仕草をする。

 何か思うところでもあったのだろうか?

 しばしの沈黙を経ると、



 「いや、僕の人となりは案外陽太のいう親友ポジションってものに則ってると思うんだ」



 真剣な面持ちでそう言ってのけた。



 「詳しく」



 だから俺もまずは話を聞いてみることにする。



 「まず僕は比較的穏やかな性格だと思うんだ」


 「それは否定しない」


 「そのうえ勉強は出来るし運動も出来るし、顔もそこそこいい部類だから正直に言ってモテる」


 「自分で言うことじゃないだろそれ」


 「だから社会的に危うい陽太が本当に危ういことをしようとした時にアドバイスをすることもあるし、それって俗に言う親友っていうキャラ付けに当てはまることじゃない?」


 「よし、よくわかった。 お前はもう親友でも何でもない」



 こんなにおこがましいキャラクターいてたまるか。



 思うに創作における親友キャラというのは主人公の手助けに徹して、女の子からはモテるくせに主人公の意中の相手に限っては不思議と関係が深まらないという、ある意味可哀そうな立ち回りを要されるキャラクターのことを言うんだ。



 俺と親交のある唯一の異性とも仲の良い悠人はその点においても失格である。

 そしてなにより、



 「というかその話を聞くに陽太は自分のこと主人公か何かだと思ってるってことだよね……?」


 「もうこの話はいいからこれ以上俺をはずかしめるのはやめろ!」



 こんなにも俺を虐める男が幼馴染のはずがない。

 と、どこかラノベのタイトルにありそうな言葉を脳裏に過らせながら時計の針を気にしていると、同時にクラスの空気が変化したことを感じた。

 この感覚には覚えがある。



 俺はクラスの視線が集まる方へと……つまり教室の入口の方へと目を向けた。

 するとそこにいたのはやはり、



 「あ、陽太! 悠人君も!」



 入り口とはほぼ対となる位置に陣取る俺たち二人へと笑顔で手を振る東野花恋とうのかれんその人だった。



 「おい、東野さん来たぞ」 「やっぱり火曜と木曜なんだって」 「ほんっとに可愛いよなあ」 「死んでもいいから付き合いてえ……」



 新学期はもうとっくに始まっていて、一ヶ月が経った今でもこうしてクラスの男子がどよめくのはもはや圧巻の一言。

 我らが霞ヶ丘高校の誇るアイドル的存在。

 一部では象徴とさえ呼ばれる彼女はその抜群のルックスに加えて持ち前の優しい人柄も評判で比類なき存在として校内どころか地域単位で名を馳せていた。



 そんな彼女も本来は別のクラスの人間なのだが週に二回、昼休みにはこうして一緒にご飯を食べることになっている。

 だがそれは昼休みになれば花恋だけでなく俺までもが様々な視線……主に羨望と憎悪の視線を浴びることになるのと同義で。

 顔も気立ても良い幼馴染みを持つというのは気苦労も絶えなかったりするのだ。



 「ごめんなさい、生徒会の都合があって少し遅れちゃった」


 「そういえば今年から本格的に生徒会役員だったな、お前」



 そんな俺の気などつゆ知らず花恋は空けてあったもう一つの席に座ると手に持っていた二つの巾着袋の内一つを自然な動作で俺の席に置いた。

 中にはいつもの赤い弁当箱が入っている。

 これでようやく本格的に食べ物にありつけるわけだ。



 「大変だね花恋ちゃんも」



 俺に渡された巾着袋を見た悠人が苦笑まじりに言う。



 「お弁当のこと?」


 「んー、両方かな」


 「生徒会は確かに大変かもだけど、お弁当の件ならそこまで苦じゃないわよ。 ほら、一人分作るのも二人分作るのもさして変わらないってよく言うじゃない」


 「確かに聞いたことがあるけどその話って本当だったんだ」


 「そ。 だからこいつの分を作るのはあくまでもついで。 変なものばっかり食べ過ぎて死なれても寝覚めが悪いもの」


 「あのなあ、一年前強引に週二でいいから弁当作らせろって家まで乗り込んできたのはどこの誰だよ?」


 「そ、それはアンタが毎日コンビニで不っ健康なものばっかり買って食べてたからじゃない!」


 「だから何度も言ってるだろ、言っちゃ悪いが母さんは料理の腕がマジで壊滅的だって! 親父の愛を以てすら未だに完食できた試しがないんだぞ!?」


 「そりゃあ天音さんの料理はちょっと特殊っていうか奇抜っていうか過激っていうか劇薬っていうか……ちょっとあれだけど」


 「最後劇薬とか言っちゃってる時点で何のフォローにもなってないんだよ……」



 息子の同級生にすら気を遣われる母のあまりの不甲斐なさに思わず俺は頭を抱える。

 どうしてあの人の作る料理が美味しくないのか。

 その理由はわかっていた。

 レシピに縛られない料理をモットーにしているからだ(本人談)。



 母さんが弁当を作るのを断ることに罪悪感はあったがそんな料理を毎日食べるなど不可能に近く、結果として高校入学直後は毎日登校ついでに支給される三百円以内でコンビニで買ったものを昼食にしていたのだ。



 だがそんな生活に待ったをかけたのが花恋だった。



 ある日自宅まで押しかけてきた彼女は母さんに俺の昼食を作りたいと直談判。

 最初こそ毎日作らせろというのが花恋の主張だったのだが流石にそれは申し訳ないという母さんの思いとの間で折り合いをつけた末、現状の火曜木曜花恋の弁当制が取り入れられている。



 ありがたい話ではあるのだが普通に申し訳ないし、何より母さんが料理が出来ないことを前提として話をする容赦のない花恋に頭を下げる母さんの姿が見ていて痛々しかった。

 これを機にいい加減レシピを見てくれ、頼むから。



 あれから一年が経っている時点で伝わっているとは思えない願いを胸に俺は受け取った弁当に口をつける。



 「どう?今日は少し野菜とか多めにしてみたんだけど……?」


 「うん、美味い。 やっぱり母さんは一度花恋の下で花嫁修業をした方がいいな」


 「は、花嫁!?」


 「花恋ちゃん、声が大きいよ」


 「だって陽太が今結婚って!」


 「話が飛躍しすぎだよ。 花嫁って言葉が出てきただけで絶対そういう変な意味じゃないから」



 クラスのあちこちから怨嗟に満ちた視線を感じるがこうして俺の昼休みは穏やかに過ぎていく。

 特別じゃない俺と同じで、何でもない日々がただゆったりと続いていく。



 それは俺の知る物語の主人公の生活とはかけ離れているし、今も憧れは少し残っているけれど。

 こんなにも個性ある友人二人と一緒になれた縁というのはそれに負けないくらい大切なものだと思えた。



 「――あれ? どうしたんだ二人とも」



 しかしその平凡という前提は異なり、俺たちの生きるこの世界は移ろいゆくものだと。

 望んだままに世界が動いてくれるはずもないのだと。



 ()()()()()()()()()()()()()()()()()、いつしか人は向き合うことしか許されない現実の非情さを知るのだ。


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