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理想郷には遥か遠く  作者: 小犬
第一章 瓦解する世界と泉の少女
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第十七話 勝つか負けるかは生きるか死ぬかだから


 「リザさん、早速レベル吸収(ドレイン)をお願いします!」


 「はい!」



 決めていた作戦通りに行けばきっと勝てる。

 そう深く信じて俺はリザにスキルの使用を求めた。



 指示通りにリザは両手をゴブリンの方へかざすと真剣な面持ちで自らの力を使ってみせる。



 「『レベル吸収』!」



 リザがそう声に出すや否やゴブリンからはたちまち薄紅色の半透明な物質が魂が抜けたかのように滲みだし、すぐにそれはリザの方へと接近していく。

 その距離がゼロになって彼女の身体に溶け込むのにさほど時間はかからなかった。



 流れ込む力の波動に彼女の黄金色の髪がなびく。

 目を瞑る彼女の周囲にだけ一縷の風が凪いでいるような気がした。



 スライム狩りの際に一度スキルを使うのを見たことはあったが何度見ても不思議な能力だ。

 人の力をわがものにしてしまうなんて。



 俺の推測が当たっているのなら木から落ちてきたこのゴブリンは先日俺が殴ったゴブリンで間違いない。

 だとすればこいつのレベルは8であるはずなのでリザのレベルは現在ゴブリンのレベルを半分吸った5レベルになっていて吸われたゴブリンのレベルは4になっているはずだ。



 生憎自分以外のレベルは確認することが出来ないので正確にはわからない。

 だがスキル発動からの一連の流れを見るに成功したと考えていいだろう。



 「こいつのレベルは?」


 「ゴブリンは4で、私のレベルが5です。 今なら対等に戦えるかと!」


 「予想通りか……。 よし」



 やはりリザが5、ゴブリンが4、そして俺が5レベルだ。

 リザへの確認作業を終えた俺は再びゴブリンに向き直る。



 レベルを吸われたゴブリンはというとなんとなく自らの身に何かが起きたことに気が付いているようで両手を握ったり開いたりしては何が起きたか確かめているようだった。



 卑怯かもしれないが戸惑っている今ならきつい一撃をお見舞いできそうだ。

 そう思い立ち俺は立ち竦むゴブリンとの距離を一気に縮めた。



 ――拳に力を込めた一瞬、パンチに力が乗らずノーダメージに終わった一昨日の一幕が脳裏をよぎる。

 だが何故ダメージが入らなかったか理解した今なら攻撃も通るはず。



 接近に気が付いたらしいゴブリンははっとしたように視線をこちらへと向けたがその時にはもう俺の拳は以前と同じようにゴブリンの頬めがけて放たれている。



 つまり命中することは間違いなく、問題はきちんとダメージが通るかどうかなのだが……。



 「げえっ!」



 うめき声を上げて僅かな距離を飛んだゴブリン。

 殴った俺の拳にも確かな手ごたえがあった。

 拳に問題なく力が入ったことも確認できたし後顧の憂いは完全に断たれたというわけだ。



 つまりこれからは俺とゴブリンとの純粋な力のぶつかり合いによって勝敗が決まる。



 レベル5の俺とレベル4のゴブリン。

 リザの話の通りならレベルというのは基本的に種族の差とは関係なく等しくおおよその強さを示した数字ということらしいので戦況は俺に有利な状態だ。



 そう考えて思い出す。

 ゴブリンの手には棍棒が握られていることに。



 「ぐいいいい」



 口からぼたぼたと赤い血を垂らすゴブリンは苦痛に顔を歪ませてそれでもこちらを血走った眼で睨みつけている。

 一昨日との力の変化に驚いているといった様子は見られず二つの眼からはただただ激しい憎悪が感じられるだけだった。



 初めて受けるその激しい悪感情に怯みそうにもなるが目は逸らさない。

 こちらも強い意志を以て睨み返す。



 再び戦いの火ぶたを切ったのはゴブリンの方だった。

 口元の血を拭うと唸り声を上げつつ棍棒を振り上げてこちらに走ってくる。



 レベル差ではこちらが一つ上回っているものの武器の有無は戦力差を埋めるに十分な力を持っている。

 つまり奴と戦う上では脅威となる棍棒の排除をまずは優先すべきだろう。



 そう思った俺は急接近するゴブリンに対して攻撃を加えるのではなくむしろ受けの姿勢を作ることを意識した。

 振り下ろされる棍棒を避けて取り押さえ、棍棒さえ奪うことが出来れば俺がむしろその棍棒で優位に立つことが出来る。

 勝利をよりこちら側へと手繰り寄せることが出来る。



 ゴブリンとの距離は残り僅か。

 振り上げられた棍棒が振り下ろされればもう俺に直撃するであろう位置。

 それでも俺は逃げることも攻撃することもなくギリギリを見定めるためにただゴブリンの一挙手一投足に目を凝らす。

 そして――。



 「陽太くん危ない!」


 「今!」



 ゴブリンが軌道をずらせない限界のタイミングで俺は棍棒での攻撃を真横に避けた。

 耳元でひゅっという棍棒が風を切る音がする。

 間一髪だったようだ。



 だが避けられたことを喜んでいる場合ではない。

 すぐに棍棒を思い切り振ってしまったことで隙の出来たゴブリンの背後に回り込み、羽交い絞めにする。



 「捕まえた――って! くっさあ!」


 「ぐいいいいいっ!」


 「こ、こいつ臭すぎる! 絶対風呂入ってないだろ!」


 「ぐえあああああ!」


 「陽太くん一体何を……?」


 「気にするなリザ! それより今のうちに棍棒を!」


 「――っ! なるほど! わかりました!」



 悪臭に鼻が曲がりそうだったが手を放すわけにいかない。

 「棍棒」という言葉だけで意図を汲んでくれたらしいリザはこちらに駆け寄ると力いっぱいゴブリンの手から棍棒を奪い取ろうとする。

 しかしゴブリンの力も強いのか中々棍棒は手を離れない。



 「んー! んんー!」



 いくらレベル差でリザが1(まさ)っているとはいえそう簡単にはいかないようで拮抗した棒引きが行われている。

 懸命に棍棒を奪おうとするリザに対して俺はただこいつを抑えているだけで何もできない。

 この状況でもなお足を引っ張っている。



 せめて俺にスキルが使えていれば……。



 ないものねだりをしても棍棒が奪えるわけではない。

 両手が塞がって何もできない俺が頑張るリザにできることと言えば一つしかない。


 

 「リザ! 頑張れ!」


 「はいいいいいい!」



 傍から見ればどれほど滑稽な光景かわからない。

 三人で固まって大声を出して棍棒を奪い合っているのだから。



 一人は「頑張れー!」と叫びながら一人を羽交い絞め。

 一人は「はいー!」とか可愛らしい踏ん張り声をあげて抑えられているゴブリンの手から棍棒を奪おうとしており。

 一体は口元から血を流しながらも必死の形相で拳に力を入れているのだ。



 まるで漫才トリオのコントのような一幕はそれでも俺たち当事者にとっては命のかかった戦いだ。

 間違いなくこの戦いで誰かが命を落とす、そんな戦いなのだ。



 数分が経って平行線に見えた戦いにピリオドを打ったのはリザの声。



 「やった、獲りましたっ!」


 「よし!」



 リザの勝利宣言に俺は抑えていた両腕から手を放して背後からゴブリンを蹴飛ばす。

 これからどうすればいいのか、考えずとも体が勝手に動いていた。



 前のめりに倒れてこれから起き上がろうとするゴブリンの後頭部めがけてリザから受け取った棍棒を思い切り振り下ろす。



 ついさっきゴブリンがリザにしようとしたように。

 これは命の奪い合いなのだから。



 「ごめん……!」



 ぐしゃっと鈍い音がして棍棒を通じて肉を潰した感触が右手に伝わってくる。

 再び正面から地面に突っ伏したゴブリンの頭は丁度棍棒の形に歪んでいて、しばらくピクプクと震えるとそのまま動かなくなった。



 右手に残るのはスライムを倒している時とは違う気持ちの悪い感触だ。

 これが生き物を殺したということなのか。



 昨日からわかっていたはずなのにそれでも現実が辛かった。

 この森を脱するうえで生殺与奪は必要不可欠だと理解していたはずなのに、それでも。



 目の前で奪い取った命を前にして握られた棍棒は力なく俺の右手からぼとりと落ちる。

 そして何か胸からこみ上げてくるものを感じて近くの木陰まで走った。



 「おええええっ」



 潰れた緑色の頭部が海馬に焼き付いて離れない。

 嫌悪感に何度も吐き気が押し寄せる。



 嘔吐するなんて小学校の時以来だ。

 吐くってこんな感覚だったか。

 こみ上げてくるたびに息が出来ない。



 何かが死んでいくのもそう目にすることはない。

 命が奪われていく取り返しのつかなさはそう感じられるものではないはずなのだ。

 それなのに、それなのに……なんでこんなに……。



 何もかも()()()()思うのだろう?



 荒く息をする俺の背中を駆け寄ってきたリザがさすってくれる。

 すると不思議と吐き気は増すよりも遠のいていった。



 「大丈夫です……大丈夫です。 陽太くんはよく頑張りました」



 命を摘み取る恐怖がやがては涙へと変わっていく。

 棍棒を振り下ろすのに躊躇しなかった自分に、散っていく命と吐き出された吐瀉物の既視感に。



 何よりこんな悲しい涙さえ流した覚えもないのに、ただただ溢れ出る懐かしさに説明がつかなくて泣いていた。


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