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理想郷には遥か遠く  作者: 小犬
第一章 瓦解する世界と泉の少女
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第十六話 来るリベンジの日に


 窓から差す陽光に目を細めるとともに朝の訪れを確信する。

 しばらく目を瞑ってぴよぴよと聞こえてくる小鳥のさえずりに耳を傾けてから足を振り上げ、反動をつけて勢いよく体を起こした。

 朝の温かな布団の誘惑から逃れる最善の方法はこのように勢いに任せてしまうことだ。



 さて、どうして無理にでもこんな朝に起きる必要があるのか。



 簡単な話だ。

 今日はゴブリンを倒す予定がある。

 朝からのんびりしていては士気が落ちるかもしれないと早めに起きるつもりだったのだ。

 早起きが出来て良かったなとほっと一息。



 俺が眠っていた部屋はもともとリザも使っていなかった部屋で、白服が大量に入った押し入れがあるだけの部屋だ。

 同時にここに初めてやって来た時に汚い制服から白服に着替えた部屋でもある。

 衣服を取り出す際にはリザもここに来るのだがそれ以外の目的では利用していなかったらしい。



 そういうわけで俺の部屋として使わせてもらえることになったのだ。



 この小屋にある部屋は全部で四つ。

 居間とリザの部屋と洗濯機や洗面台のある少し狭い部屋とこの部屋だ。

 そう考えれば見た目よりもこの小屋は広々としていることがわかる。



 部屋の戸を開けて居間に入るともう起きていたらしいリザがテーブルを前に椅子に腰かけて本を読んでいた。

 体はこちらを向いているが本に集中しているのかこちらに気付く様子はない。



 おそらくリザの部屋にあるというでかい本棚から取り出してきたのだろう。

 電子機器や暇つぶしの道具が少ない退屈な小屋暮らしにおいて本やチェス盤のような暇つぶしアイテムは欠かすことの出来ない代物だ。

 今度俺も読ませてもらおうと思った。



 「おはようリザさん」


 「あ」



 テーブルを挟んでリザの正面にあたる椅子に手をかけたタイミングで朝の挨拶をするとようやく気付いたらしいリザが柔らかな笑みを向けてくれる。

 一瞬女神か何かかと見紛いそうになる爽やかな朝に実に映えた微笑みだった。



 「おはようございます陽太くん」



 作戦決行の朝とは思えぬほどの和やかな空間に本当に今日ゴブリンに挑むのかと疑いそうになるがこの平穏はかえって俺のやる気を引き出してくれた。

 彼女の笑顔を見ていると二人で森を脱出するんだという思いが強くなるから。



 緊張であまり眠れなかった事実を悟られぬよう強く目を拭って眠気を散らすとしっかりとリザの目を見据えて言う。



 「今日はいつもより頑張りましょう」


 「はい!」



 過去に囚われても、自身の身体に不安が残ろうと、先に進まない理由にはならないのだ。



 * * * * * *


 「んー、前はこの辺にいたんですけどね」


 「一昨日私たちに会ったことで場所を移したのでしょうか?」


 「ありえなくもないですけど……」



 朝食を食べ終えると俺とリザは早々に小屋を出た。

 以前ゴブリンと遭遇した場所については覚えていたのでさして苦労はなかったのだが困ったことに辺りを探してもゴブリンの姿は見当たらなかった。



 まだ森に入ってからはそれほど時間が経っていないのでもう少し探してみようとは思うのだが一体何処に行ってしまったのだろうか。

 リザの言うように俺たちを恐れて場所を移したのか?



 近くの茂みをかき分けてゴブリンを探すリザを見ながら考えてみる。



 あの日の森の探索はパニックになった俺たちがゴブリンから敗走するという形で幕引きとなった。

 俺たちが狩られる側でゴブリンが狩る側の構図となっていたわけである。



 だとすれば全く太刀打ちできず逃げまどっていた俺たちを相手にしてあのゴブリンは引くという選択肢を取るだろうか?



 それはないように思う。

 あのゴブリンだってよっぽどの馬鹿でなければ一昨日の出来事でこちらの戦力くらい理解しているはずだ。

 自分の方が奴らよりも強いと。



 それに俺は一度奴の頬を殴っている。

 毛ほどのダメージも入っていないようだったが一応攻撃は加えたのだ。

 ゴブリンからしてみれば腹が立ったに違いない。



 つまりあのゴブリンは俺たちにかなり敵意を持っていたわけだ。

 しかし小屋まで逃げた俺たちに(つい)ぞ追いつくことは出来なかった。



 この状況、もしも俺がゴブリンの側だったならどう考えるだろう?



 ちょっかいを出されたが逃がしてしまった獲物。

 だが二人はまた森にやって来ることがあるかもしれない。

 あの日からはまだ二日しか経っていない。

 だとすればゴブリン(おれ)がすることは?



 ――嫌な予感がする。



 「リザさん、ちょっと辺りを警か――」


 「え?」



 そう言いかけて見えたのはリザのいる真上の木の緑に擬態したごつごつと隆起した体。

 あれは一昨日にも見た姿と全く一緒で。



 瞬間考えるより先に体が動いていた。

 僅かに見えたゴブリンの手には鈍器のようなものが握られていた。

 わざわざ木の上に潜んでいるゴブリンが真下にいるリザに何かしようとしているのはさっきまでの考察からも容易に理解できる。



 リザのもとへと駆けだした俺はそのまま頭から飛び込んでリザと一緒に地面に倒れ込む。

 すると、



 「きえええええっ!」



 甲高い声と共にリザがいた場所にずどんっと鈍い音が響く。

 木の上から鈍器を持ったゴブリンが落ちてきた音だ。

 あと少しずれていたらリザは大けがをしていたかもしれない。



 だが幸いにも俺の飛び込みは間一髪のところで間に合ったようで押し倒されたリザはいつもの澄んだ目を見開いてこちらを見ている。

 驚いたのか頬が赤い。

 急に突き飛ばされたのだから無理もないだろう。



 「わわっ! 陽太くん私に一体何を!? まさか――!」


 「そのまさかです! ゴブリンが俺たちを狙ってたんですよ」


 「え、あ、あのそれはどういう……って、え?」



 それでもようやく状況に気付いてくれたらしいリザはすぐに体を起こしてゴブリンに向き合った。

 「何を言ってるの私のばかばか……」とか聞こえてくるが特に問題は無さそうだ。



 俺もリザと一緒とゴブリンと対峙する。

 拳にも力が入るし体調も万全だ。



 対するゴブリンはというと計画が水の泡になったことで腹立たし気に顔を歪ませているが不思議と恐怖はない。

 丸二日木の上で待っていてくれたのならそれはご苦労なことだ。



 「この前は焦ってあんな結果に終わったけどな。 今回はそう簡単にいかないぜ」


 「えっと……? 陽太くん?」


 「あ、やべ」


 「口調が変わっていませんか?」


 「いやほら、緊張で……」



 むしろリザに隠している俺の性格がバレそうだったこの瞬間の方がヒヤッとしたくらいだった。


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